芥川賞と日本SF大賞の両方を受賞した唯一の作家、それが円城塔である。小説製造機械を自認し、ジャンルをまたぐ異能の書き手だ。惜しくも夭折(ようせつ)した盟友・伊藤計劃(けいかく)の遺稿『屍者(ししゃ)の帝国』の執筆を引き継ぎ、映像的な作風を「完コピ」しつつ完成させた偉業から3年が経過し、久方ぶりに世へ問われた長編が本書である。
タイトルからして、いかにも人を食っている。しかも、本作が「SFマガジン」に連載されるのと同時期に、「文学界」では「プロローグ」と題する長編が綴(つづ)られてきたのだ。「プロローグ」では、本が何部売れるか、校正刷りをどうするか、故郷・北海道への想い……といった、身近で「私小説」的なモチーフが、執筆に用いたコンピュータの機能を駆使する形で大胆に変奏されていた。単線的な一人称視点の語りが、テクノロジーを経由することで、どこまで輻輳(ふくそう)的になりうるのかという実験が行われたのである。
一方、三人称的に語られる物語の可能性が追究される本書は、ちょうどベクトルが反対。コンピュータは手段ではなく、宇宙全体を構成するデジタルな論理の隠喩となっている。「はじめに言葉ありき」ではなく、存在するのは「ビット=情報」なのだ。量子機械工学者セス・ロイドの『宇宙をプログラムする宇宙』を彷彿(ほうふつ)させる。
キーとなるのは、人間と機械とを峻別(しゅんべつ)するチューリング・テスト。これを人間より器用にクリアしてしまうOTC(オーバー・チューリング・クリーチャ)と呼ばれる存在が、世界観の核となっている。OTCは現実を侵攻し、情報としての宇宙に「階層」を加え、時間や空間を「改築」しさえもするのだ。
数学的秩序さえ超越するOTC。特化採掘大隊(スカベンジャーズ)の朝戸連と支援ロボット・アラクネは、その構成物質(スマート・マテリアル)を求めて旅する。一方、刑事の椋人(クラビト)は、「人類未到達連続殺人事件」の調査を命じられ……。見え隠れする「イザナミ・システム」の正体とは? 宇宙のすべてがフラットで、結局はただのモノにすぎないのならば、そこでは、いかなる物語が可能になるのか?
というのも、本作は随所にSFやゲーム絡みの小さな物語が差し挟まれている。だが、それらを統制する大きな物語は意志を持って自走する。語られることの暴力から、自らを徹底して引き離そうとするのだ。しまいには、語るという仕組みそのものが、終焉(しゅうえん)の危機を迎えてしまう。その先をも見据えた本作は、現代文学とSFの限界を同時に突破する、期待通りの野心作だ。
(文芸評論家 岡和田 晃)
[日本経済新聞朝刊2015年11月1日付]
円城塔
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