BPO意見書:事実歪曲を批判…NHKやらせ問題
毎日新聞 2015年11月06日 21時41分(最終更新 11月07日 01時20分)
◇視聴者と認識のずれ
放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が6日公表した意見書は、事実と異なる映像を「やらせ」と受け止める視聴者と、NHKの認識のずれを指摘。問題の映像を「過剰な演出」と片付けたNHKを「自己検証が足りない」と断じた。
川端和治委員長はこの日の記者会見で「(取材制作の基本姿勢を定めた)ガイドラインに違反し、番組は事実との乖離(かいり)があるのに、NHKが『やらせでない』と結論付けたのは、やらせの矮小(わいしょう)化だ」と厳しく批判した。
委員会は、昨年5月14日に放送したNHKの報道番組「クローズアップ現代」のやらせ疑惑を半年間にわたって審議してきた。全28ページの意見書は、事実の歪曲(わいきょく)や、NHKと視聴者の認識のずれを指摘したが、盛り込まれた委員会の結論も「『やらせ』があったとは言い難い」だった。
升味佐江子委員長代行(弁護士)は、その意図を「『やらせ』の境界線は、同じ放送でもドラマや生活情報番組では違う。それをひとくくりに『やらせ』かどうか、まとめること自体が危険だ」と、やらせの定義には踏み込まず、視聴者の疑問に応えきれなかった。
一方で、委員会は報告書で3ページにわたり、政府・与党の放送界に対する圧力をけん制する意見を書き込んだ。
記者会見でも川端委員長は、語気を強めて批判を展開。BPOに政府が関与することなどを自民党が検討していることに「世間がBPOを受け入れているのはその第三者性と専門性にある。政府の口が直接入ることになれば『政府の別動隊』と言われ信頼されなくなる」と、政治の側にも放送局の側にも立たない姿勢を改めて示した。
NHK放送センターで会見した板野裕爾放送総局長は、「我々の調査結果がおおむね認められた」との認識を示し、再発防止策の実行を誓った。【丸山進、須藤唯哉】
◇対応時機逸した…服部孝章・立教大名誉教授(メディア法)の話
重大な倫理違反だと指摘したが、それよりも、番組に「やらせ」があったかどうかを積極的に解明してほしかった。意見書は自民党や総務相を批判したが、昨年11月に自民党が衆院選を前に在京テレビ局各局に「公正中立」を求める要望書を出した時点で、BPOとして声明を出すべきだった。対応は時機を逸したものだと言わざるを得ない。
◇解説…取材活動、萎縮するな
BPOが「事実を歪曲」したと断じた「クローズアップ現代」の報道によって、NHKは視聴者の放送に対する不信感を増大させ、政治の介入を招いた。報道の自律性を揺るがす事態で、責任は重い。NHKはそれを自覚し、再発防止策を加速させなければならない。
しかし、それは「クローズアップ現代」の放送枠を見直すという方法で、ではないはずだ。報告書も「不祥事が起きると制作現場の管理を強化する方向に傾きがち」として取材活動の萎縮を招かないよう配慮を求めている。放送を通じて信頼回復に努めることが求められる。
一方、政治の干渉や威嚇がしばしばなされるのは民放も同じだ。放送業界全体が萎縮することなく良質な報道を続け、視聴者の信頼に応えなければならない。それが報道の自由を守る道であり、国民の知る権利に応える方法だ。【望月麻紀】
◇BPO意見書の骨子◇
・番組には重大な放送倫理違反があった。事実と著しくかけ離れた情報を数多く伝え、正確性に欠けており、裏付け取材もしていない。
・NHKの調査報告書は、放送倫理の観点からの検証が不十分。さらに深い自己検証が期待されていた。
・今年4月の総務相によるNHKに対する厳重注意は極めて遺憾。NHKが自主的に問題を是正しようとするのに、政府が行政指導で介入するのは、放送法が保障する「自律」の侵害行為だ。
・自民党情報通信戦略調査会がNHK幹部を呼び、番組について説明させたのは、放送の自由と自律に対する政権党による圧力そのもので厳しく非難されるべきだ。