大部俊哉
2015年11月5日16時38分
大阪府知事選では、橋下徹氏が知事・市長の8年間で取り組んだ「橋下政治」の是非も問われる。経済、教育、公務員制度の各分野における橋下流改革は、当事者たちにどう映ったのか。
■企業誘致に注力、中小支援は課題
「色んな改革をしようとした点は良かった」。関西経済同友会の村尾和俊・代表幹事は、橋下大阪市長、松井一郎知事が進めてきた経済政策をこう見る。
府と大阪市は2012年末、府内の特区に進出した企業への地方税を5年間全額免除する制度を始め、企業誘致による経済活性化を図った。13年には府と市などが連携し、大阪観光局を立ち上げた。村尾代表幹事は「外国人観光客によるインバウンド効果も出ており、観光戦略が大きく動き始めた」と評価する。
中小企業が集まる東大阪市。金属加工の工場を経営する藤川達也さん(49)は「大阪のものづくりをどうするのか。方向性が見えない」と言う。苦しい経営を後押しするような効果的な政策がないと感じている。研究開発の補助金も減った。「都構想で中小企業にどんなメリットがあるのかの説明も不十分だと思う」
今回の選挙で、各陣営は北陸新幹線の大阪までの延伸や高速道路の整備などを訴えている。東大阪市のメーカーなどでつくる東大阪産業政策会議の菰島(こもしま)克彦事務局長(59)は「インフラ整備は大企業が潤う政策。地道な支援が必要な中小企業のものづくりをどう支えるのかも、しっかり選挙で語って欲しい」。
■教育に競争原理・中学給食導入
橋下、松井両氏が競争原理を打ち出し、進めてきたのが教育改革だ。府は高校入試の学区撤廃や中学1、2年生の独自の学力テスト、大阪市は全国学力調査(学テ)の学校別結果の公表や、小中学校の学校選択制など、賛否が割れる制度を次々と導入してきた。
大阪市の中学校長は「次々と物事が決まるが、行き当たりばったりの印象。子どもの将来に関わる制度の変更には慎重な議論が必要」と話す。
今年は中学3年の学テの学校別結果を、高校入試の合否に影響する内申評価に利用すると決めた。決定が学テ実施11日前で、学校現場からは「拙速」との声が上がり、文部科学省も「趣旨から逸脱している」と反対。府教委は来年度以降の利用を断念する方針だ。
予算で重点配分したのが、中学校給食だ。府は11年度から市町村に中学給食の施設整備の補助を開始。11年3月末に12%だった府内の公立中学校の実施率は今年3月末で66%。大阪市では12年9月から給食か自前の弁当かを選べる選択制給食を導入。14年度の入学生から段階的に、全員に給食を提供する完全給食に切り替えた。
大阪市立の中学3年女子生徒の母親(46)は「疑問を持つ改革もあるけど、給食は子どもの栄養面を考えるとありがたい。私のような働く母親の助けにもなっている」と話す。
■公務員人事に相対評価取り入れ
公務員の身分保障を「特権」と問題視する橋下氏の考えのもと、府市は2012年、職員評価に相対評価を導入する「職員基本条例」をそれぞれ成立させた。2年連続で最低ランクの評価を受け、指導や研修で改善しなければ、免職や降任の対象となる。
4年前の市長選で労働組合が現職を支援したとし、職員の政治活動を規制する条例も成立させた。
こうした姿勢は他の自治体にも影響を及ぼした。大阪府泉佐野市の千代松大耕市長は「公務員はよく働いても、働かなくても身分保障されていた。橋下さんはそこにメスを入れた。すばらしいと思った」。府市の例を参考に、泉佐野市も職員基本条例を制定した。
大阪市では今年9月、職員基本条例に基づき、指導や研修を重ねても仕事上のミスが改善されないとして、職員2人が民間の解雇にあたる「分限免職」となった。職員評価をしたことのある大阪市の幹部は「多くの職員はまじめに仕事をしている」とした上で、「同じくらいがんばった職員でも、ランクを分けなければいけないことがある。職員には不平等感が広がり、モチベーションの向上にはなっていない」と指摘する。
■有権者に聞きました
◇大阪府吹田市 野田和生さん(65) 吹田市商業団体連合会会長
JR吹田駅近くの商店街で老舗の婦人服店を営む傍ら、食べ歩きイベントを企画するなど、街おこしにも奮闘する。「大型店舗が増える一方、全体の店の数は減っている」と地元商店の厳しい現状を語る。
この秋、市内の万博記念公園にJリーグガンバ大阪の新スタジアムが完成。大型複合施設「EXPOCITY(エキスポシティ)」も近く開業する。「市内の交通渋滞が増すことも予測され、地元商店街にマイナスの影響があるかもしれない。補助金の見直しなど、中小店舗対策も議論して欲しい」と期待を込めた。(大部俊哉)
◇大阪市中央区 高(こう)亜希さん(35) 病児保育のNPO法人「ノーベル」代表
子どもが病気になった時、保育ノウハウがあるスタッフを自宅へ派遣する事業を府内7市で展開する。府市は子育て支援に力を入れてきたが、「支援のニーズは多様化しているのに行政は制度設計で終わりがちだ。現場の声を反映した仕組みづくりと、課題の検証をしてほしい」と話す。
選挙戦で議論を望むのは、大阪でも増加傾向の「ひとり親家庭」の支援だ。「ひとり親家庭には貧困層も多い。必要な人に支援が届くよう、『子育て支援拡充』のスローガンだけではない具体的なアイデアを出してほしい」と話した。
◇大阪府寝屋川市 増田松太郎さん(76) 寝屋川市防犯協会会長
8月に市内の中学1年の男女が犠牲になる事件が起きた。「安全・安心なまちづくりのために活動している身としては本当に残念」と悔やむ。週1、2回の夜間パトロールや子どもたちへの声かけなどの活動を続ける。「出来ることはやっているが、ボランティアのため、活動には限界がある」と語る。
行政には、警察官の増員や防犯カメラの増設といった犯罪抑止力の向上のための施策を求める。「悲惨な事件を二度と繰り返さないようにどうしたらいいか、政治は知恵を絞ってほしい」と訴える。
◇大阪市天王寺区 川口加奈さん(24) ホームレス支援NPO法人「Homedoor(ホームドア)」理事長
3年前に放置自転車を修理し、観光客らに貸し出す事業を大阪市内で始め、自転車修理が得意なホームレスを20人近く雇用する。「民間の取り組みを広げるのも行政の役割。私たちのような地道な動きにも目を向けて欲しい」と訴える。
大阪市が運営委託するホームレスの自立支援施設のあり方にも注文がある。路上生活から抜け出そうと施設にたどりついても、相部屋での生活になじめずに出て行く人もいる。「これでは、プライバシーも尊厳もない。個室を設けて、自立しやすい環境整備が必要だと思う」
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