コスパ、効率、ミニマリスト界隈ではこのような言葉で溢れています。私がどこか違和感を感じるのは「人生は効率だけを求めてもうまくいかない」のを体感しているからだとわかりました。
「人生ゲーム」のように人生を歩んできた人がいた
そんな面白みのない人とおつきあいした事があります。中学校受験から大学まで全て予定通り、職業も予定通り「このまま30歳にはどこのポジションについて、40歳にはどの現場でどうなっていて、家庭は何歳までに何人子どもがほしいし、ココちゃんの外見と頭の良さの遺伝子が欲しいから結婚しよ?」(ほぼ原文まま)と言われたことがあります。
彼にとって私は「人生ゲームの『妻』というコマ」以外の何でもないのです。
一般的には超玉の輿ですが、根本的なものが違っていました。俺はコマじゃねえと反論する前に、彼の求める「理想の人生ゲームの妻の親(義両親)と私が不仲」のため婚約破棄されました。彼の脳内では、妻と義両親は仲良くあらねばならぬ、らしいです。知らんがな!
将棋だって、プロは数百、数千と先の手を読めます。でも思う通りにはいかないんです、人間対人間がさしてるんですから。
人間対人間のやりとりで、コスパを異常に強調する人は正直苦手です。
元々「値段のわりに品質がいい・サービスがいい」という意味のコストパフォーマンスだと思うのですが、今は「お得感」が先行して使われている気がします。無駄なことがあったっていいじゃないか…