屍者の帝国
2015年 日本 120分
監督:牧原亮太郎
配給:東宝映像事業部
声の出演:細谷佳正,村瀬歩,楠大典,花澤香菜,山下大輝,三木眞一郎,斉藤次郎,石井康嗣,桑島法子,武田幸史,高杉義充,大塚明夫,菅生隆之,二又一成
伊藤計劃の遺稿を円城塔が受け継いで完成させたSF歴史改変小説のアニメ化作品です。Project Itohの一環として今後公開される『ハーモニー』,『虐殺器官』の先陣を切る作品でもあります。原作は未読。設定的には大変興味があるのですが,機会を逸して積んだままになっています。よって,原作との比較が出来かねるのが残念。結構な部分が改変されているようではありますけれども。今回の映画鑑賞を契機として改めて読んでみたいとは思っています。フランケンシュタイン博士による屍体蘇生術が普及した19世紀の欧州を舞台に諜報機関の一員として迎えられたジョン・H・ワトソンの冒険が描かれます。実在の人物であるバーナビー大尉や山澤静吾,トーマス・エジソン,グラント元米大統領に加えて,主人公であるワトソンにハダリー,カラマーゾフと文学作品に登場する人物たちが入り乱れる世界観は大変に楽しい。屍体蘇生術とともにスチームパンクな技術が発達しているのも好みであります。或る種の趣味的な世界観だけでも存分に満足することが出来ました。物語としては割合に王道かなあ。それ程予想を覆されるような展開はなく,期待通りに物語が進行していったように思います。舞台がロンドンからインド,アフガニスタン,日本,サンフランシスコ,そして再びロンドンと目まぐるしく変わるのも楽しかった。原作に触れていると違った感慨があるのでしょうが,原作に触れていない身としては十分に楽しむことが出来た作品でありました。
主人公のワトソンと屍者として蘇らされた親友のフライデーの関係は切ない。ワトソンがフライデーに意思を取り戻すことに固執する心情はよく分かります。屍者の蘇生が禁忌ではなく,既に技術として確立しているのであれば,猶更でありましょう。それ故にフランケンシュタイン博士が遺したヴィクターの手記を巡る争いの中で中心的な役割を果たすことになります。そんなワトソン博士に同行することになるバーナビー大尉の年長者としての視点が非常に格好いい。その強靭な肉体と豊富な経験がなければワトソンの旅を頓挫していたことでありましょう。その真っ直ぐな心意気が大変魅力的であります。そして,序盤から中盤にかけて幾度か謎めいた形で登場する美女ハダリーも素敵。トーマス・エジソンに作られた人造の美女という設定はヴィリエ・ド・リラダンの『未来のイヴ』に由来するものでありましょう。その悲しい美しさは心惹かれます。彼女の行く末は意外ではありましたが,ちょっと無理を感じざるを得ません。そこはワトソンではなく,彼の本来の相方の方が相応しいのではないかなあ。また,『カラマーゾフの兄弟』の主人公アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフの立ち位置は面白かった。彼と友人であるニコライの狂気に満ちた結末が印象的です。しかし,それがワトソンにとってひとつの指針になったことも事実。その意味でも重要な存在と言えます。ところで,ワトソンをウォルシンガム機関に招いたMの正体は相方の兄にあたる人物ではないですよね。如何にも誤読を誘う感じでの登場だったのですけれども。全体的に説明不足の点が多くて,分かり難かったのが残念です。ワトソンの動機から生じる行動は首尾一貫していたのですが,周囲の状況には常に戸惑う印象がありました。
物語として分かり難い部分があったのは否めませんが,世界観を含めて概ね楽しむことが出来ました。エンドロール後はやや余計に思えた気がしないでもありませんが。というか,その直前の場面ときちんと繋がっていない気がするのですよね。また,ザ・ワンとMという物語上で悪役を担うふたりが二重構造になっていたのも分かり難さのひとつ。機能していない登場人物も多かったので,このあたりはもう少し整理されていればなあと思いました。とは言え,やはり19世紀を舞台とした歴史改変SF冒険物語は心踊らされるものがあります。物語の分かり難さはいずれ原作小説を読むことで解消したいと思います。少なくともその世界観に酔いしれることを堪能出来た作品でありました。
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