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イエイリ建設IT戦略

新国立競技場の問題解決にBIMの活用を!

2013/11/20

ザハ・ハディド氏による新国立競技場の設計案が「巨大すぎる」と、建築家の槇文彦氏ら約100人が待ったをかけた。2020年の東京オリンピックの象徴であるこの建物を、関係者の合意形成を図りながら予定通りの工期、コストで完成させるためには、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)の戦略的活用が必要ではないか。

 新国立競技場の設計コンペで選ばれた、ザハ・ハディド氏のデザイン案が「巨大すぎる」「景観や維持管理に問題がある」と議論を巻き起こしている。

新国立競技場の国際コンペで最優秀賞を獲得したザハ・ハディド アーキテクトの作品。だが、その巨大さが議論を巻き起こしている(資料:日本スポーツ振興センター)

 しかし、新国立競技場は2020年には東京オリンピックのメーン会場として使われるほか、その1年前にはラグビーのワールドカップでも使われる予定だ。完成までに残された時間は5年しかない。

 限られた時間で国、東京都、国立競技場を運営管理する日本スポーツ振興センター、そして今回の要望書を出した建築家などの間で合意形成を図りながら、実現可能で多くの関係者が納得できる設計をまとめなければならない窮地に陥っていると言っても過言ではない。

求められる早期の合意形成と説明責任

 ザハ・ハディド氏による新国立競技場の設計案は、スポーツカーのような流線形のデザインが特徴だ。これまでのスタジアムの常識を打ち破るデザイン上のインパクトはあるが、スケールの点で巨大すぎることが様々な問題の源となっていると言っていいだろう。

 建設コストやオリンピック後の維持管理費というコスト面、閑静な地区の原風景を破壊するという景観面、そしてテロや災害時に避難するための周辺スペースが十分にないため安全面など、指摘される多くの問題点は巨大すぎることに起因している。

 そして11月7日、建築家の槇文彦氏など4人は文部科学省を訪れ、計画の見直しを求める要望書を提出したことは、広くマスコミでも伝えられた。要望書には日本の著名建築家など約100人が名を連ねている。この「待った」によって、工期面の問題も急浮上してきそうだ。まさに、建設プロジェクトで考慮しなければならない「Q(品質)」「C(コスト)」「D(工期)」「S(安全)」「E(環境)」すべての面を解決しなければならない事態に陥っているのだ。

 そして、このプロジェクトには世界オリンピック委員会や海外のオリンピック関係者、そしてオリンピック後も運営管理費を間接的に負担することになる納税者にも、最終案に至る過程を納得いく形で説明する責任も求められてくるだろう。

 従来の図面ベースによる設計・施工プロセスだと、詳細設計に進まなければ間に合わないとばかり、既存の設計案に微修正を加えて落としどころをつけて進むということになりがちだ。しかし、今回はこうした小手先の対応で批判をかわし切るのは難しいのではないか。

 そこで事業主に提案したいのが、BIMと「IPD(インテグレーテッド・プロジェクト・デリバリー)」の戦略的な活用だ。現在の基本設計を多くの人たちが納得できるように改造する過程で、BIMを活用する。そして事業主や建築家のほか、国や東京都などのコスト負担者、施工や維持管理の専門家、環境、防災の専門家、そして近隣住民の代表者などが1つの設計チームを組み、BIMモデルを見ながら、様々な観点で意見を出し合うのだ。もちろん、ザハ・ハディド氏とのコラボレーションも必要となるだろう。

合意形成とIPDによるフロントローディング

 今年の9月30日から10月4日まで開催された仮想BIMコンペ「Build Live Japan 2013」に参加した芝浦工業大学のチームは、まさにIPDを実践した。設計案を3Dモデル化してグーグルアース上で様々な立場を代表する関係者に公開し、意見を募り、設計に反映する、という作業を100時間の制限内に4~5回も繰り返したのだ。

Build Live Japan 2013に参加した芝浦工業大学のチームが使ったWEBによる合意形成システム。設計案をグーグルアース上に公開し、施工者や近隣住民など様々な立場の人から意見を集め、設計に反映していく(画面:芝浦工業大学澤田研究室)

 多くのプロジェクト関係者の意見を短時間で募り、フィードバックしながら設計をよくしていくプロセスは、まさにBIMならでは、といえる。こうした作業を通じて、関係者間で「言うべきところは言い、引くべきところは引く」といった相互の理解も生まれてくるだろう。自分たちが参加して議論した設計案だからこそ、合意形成にも至りやすくなる。

 初期段階で問題がありそうなところを徹底的に議論しておくことで、問題を先送りにしない「フロントローディング」こそ、早期に行うべきではないだろうか。

 ただし、こうした方法は一歩間違えると議論が発散し、収拾がつかなくなる危険もある。そこで設計をとりまとめるBIMマネジャーには、ルールを決めた上で参加者の意見を取り入れながらも、設計をまとめていく合意形成のリーダーシップも求められるだろう。

 時には相反する意見も出てくるに違いない。そこは「2020年の東京オリンピックを成功させる」という共通目標を尊重しながら、必要に応じて大胆な意思決定をしていくことが必要だ。

様々なシミュレーションで結果を「見える化」

 設計案に対して合意を得やすくするためには、その設計がもたらす結果を「見える化」によって分かりやすく示す必要がある。そこではBIMモデルによる様々なシミュレーションがものを言う。

 2009年12月に行われた国際的な仮想BIMコンペ「Build London Live 2009」で、日本チームは見事に最優秀賞に輝いた。その原動力となったのは、他国チームにはない様々なシミュレーションを行ったことだった。

国際仮想BIMコンペ「Build London Live 2009」で日本チームが最優秀賞を獲得する原動力となった様々なシミュレーション(資料:チーム「BIM Japan」)

 その中には建物の景観や日影解析をはじめ、建物周囲の風の流れ、ヒートアイランド解析、そして施工シミュレーションや非常時の避難解析まで、あらゆる視点で建物完成後の影響を「見える化」したのが勝因だった。

 前述の設計見直しについての要望書には、これらのシミュレーションにより結果を定量的に推測できそうな問題点がいくつもある。IPDで初期設計を固めていく中で、設計案に対する各種のシミュレーションを行っておくことで、合意形成はさらに確固たるものになりそうだ。

4D、5Dによるコスト、工期の計画

 IAI日本が主催する仮想BIMコンペ「Build Live」では、2011年の大会では既にBIMモデルを使った意匠、構造、設備の干渉チェックによる施工性向上や、施工シミュレーションによる施工手順の検討などは当たり前になった感がある。

 実際の工事でも、竹中工務店やNTTファシリティーズ、日本アイ・ビー・エムが「バーチャル竣工」という取り組みを行っている。BIMモデル上で細かい部材を含めた施工手順を徹底追求し、手戻り作業をなくすと同時に、維持管理コストを約2割削減するというものだ。

維持管理コストの2割削減を可能にした「バーチャル竣工」におけるBIMとFMシステムの連携イメージ(資料:NTTファシリティーズ、竹中工務店、日本アイ・ビー・エム)

 またUNIGENの岐阜工場の建設では、工場の建物の施工を担当した千代田テクノエースが、新菱冷熱工業に施工段階でのBIMによる設計調整業務を発注し、約20社のサブコンで設計の干渉問題を徹底的に解決してから施工したことで、数億円とみられた手戻りがほとんどなく、予定通りの工期で完成したという実例もある。

UNIGEN岐阜工場の外観(左)と内部の複雑な設備(右)(資料:新菱冷熱工業)

約20社のサブコンによる設計調整会議(資料:新菱冷熱工業)

 昨年あたりから、日本でもBIMによる設計とコスト計算を連動させて、設計内容に応じてかなり正確な見積額が自動算出できるようになりつつある。

 新国立競技場は東京オリンピックでは「日本の顔」にもなる場所だ。それにふさわしい品質とコストのトレードオフも、合意形成の要になる。もちろん、2019年のラグビーワールドカップに間に合うように工期も計画しなければならない。

 こうした議論には、3DのBIMモデルに時間軸を加えた「4D」と、さらにコスト軸を加えた「5D」によって、品質とコスト、工期を分かりやすく説明することで、納得いく説明ができるのではないだろうか。

ウェブサイトやSNSで説明責任を果たす

 仮想BIMコンペ「Build Live Japan」の特徴は、主催者のIAI日本が公式ブログサイトでコンペのスタート前からルールや現場条件などを説明したり、スタート後は各参加チームの進ちょく状況や直面している課題などをリアルタイムに情報提供したりしていることだ。

 また、各チームもブログやFacebookなどのSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)を開設して、自チームの情報を随時、発信している。そのため、設計段階で解決しなければならなかったことや、完成したデザインに対する理解もいっそう深まる。

各チームの進ちょく状況をリアルタイムに伝える「Build Live Japan 2013」の公式ブログ(資料:IAI日本)

「Build Live Japan 2013」で優秀賞を獲得した前田建設工業を中心としたチーム「スカンクワークス」のFacebookページ。設計場の課題や検討内容がリアルタイムに公開されている(資料:スカンクワークス)

 新国立競技場の設計でも、考慮はしたものいろいろな事情であきらめざるを得ないことも出てくるに違いない。こうした途中過程を知らない人は、出来上がった設計案に対して不満を抱きがちだ。

 そこで、Build Liveのブログ方式を見習ってみてはどうだろうか。設計チームの公式サイトやSNSの公式アカウントで、現在の進ちょく状況や課題について、随時、情報発信するのだ。その発言は記録にもなり、様々な問題が検討されていたことを、後からでも知ることができる。

 こうした説明責任を果たせるのも、BIMならではことだろう。

建設業のイメージアップにも絶好の機会

 1990年の談合事件や耐震構造偽装事件などで、建設業を見る世間の目は厳しい。新国立競技場の設計・建設の現場で、BIMやCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)という新しいツールを使って仕事をしているプロセスをアピールできれば、建設業界にとってもイメージアップにつながるのではないだろうか。

 “日本のBIM元年”とよばれた2009年から既に5年がたった。その間、日本のBIM活用力は実際の建物の建設によって実力が培われてきた。建設業に身を置く人も、仮想BIMコンペの制限時間である48時間であれだけの設計やシミュレーションが行えたことに驚いたことだろう。

 ましてや、一般の人はいまだに建設業を遅れた産業と見ている。新国立競技場の問題に国民の目が集まっている今、BIMやCIMの力によってスピーディーに問題解決を図る、新しい建設業の姿をPRする絶好の機会となるはずだ。

 新国立競技場の問題を解決する上で、短期集中によるBIM/CIMの活用による事態の打開を提案したい。これから5年後までに、日本のオリンピックを象徴する高品質な新国立競技場を予定通りの工期とコストで、安全面や環境面を満足させて完成させることができるかどうかは、 “日本のBIM力”が試される正念場となるのではないだろうか。

家入龍太(いえいり・りょうた)
1985年、京都大学大学院を修了し日本鋼管(現・JFE)入社。1989年、日経BP社に入社。日経コンストラクション副編集長やケンプラッツ初代編集長などを務め、2006年、ケンプラッツ上にブログサイト「イエイリ建設ITラボ」を開設。2010年、フリーランスの建設ITジャーナリストに。IT活用による建設産業の成長戦略を追求している。
家入龍太の公式ブログ「建設ITワールド」は、http://www.ieiri-lab.jp/ツイッターやfacebookでも発言している。

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