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*はじめに
 このSSはセイバー及び桜ルートの重大なネタバレを含みますので、まだ未プレイの方にはお勧めいたしません。

 




砕けた呪縛

  それは、文字通り天を切り裂く閃光だった。   蒼い流星を象る天馬の騎兵はその刃を逃れることが出来ずに漆黒に散り、   聖碧の瞳を持つ騎士王の聖剣は伝説に違わぬ黄金の光りを持って夜の漆黒を両断する。   交錯は刹那を持って霞となり、再び静寂が夜を覆った。  「セイバーの宝具、か………」   堕ちた神の騎兵と最強の騎士王との激突を紅い弓騎士は因縁深い、冬木の街の中央にある枯れた公園から眺めていた。   召還され、ランサーとの一戦の後にセイバーに負わされた傷によって今日まで戦線に復帰できなかったアーチャーは現状を把握す るために単独で市内を探索し、そしてライダーとセイバーの激突を眼にすることになった。  「令呪を使ってライダーを逃がしたな………」   夜の漆黒を見上げながら、確認するように呟く。彼の千里眼は、黄金の剣がライダーを絶つその瞬間、『ナニカ』とてつもない力  が働いて彼女だけを逃したことを見逃してはいなかった。唯の空間転移程度であれば、あの聖剣は歪んだ空間ごと切り裂くのだろう  が、令呪を用いての強制退去ならば、あるいは逃れきれたかも知れない。   彼女の力量ならば、それも可能であろう。  「さて、これからの行動をするべきか………」   独白しながら、やれやれと肩を竦めながら、ビルの中に潜んでいる強大な力を睨む。透視の力など持たないアーチャーは、それ故  に幾多の戦場を越えたことで得た危機察知能力とでも言える感覚が、その視線の先に絶対の死を滲み出てくるのを感じていた。これ  ほどの存在感を持つのは今回のバーサーカーを除いて他には居まい。そのバーサーカーが待ち受けるビルの中に、ライダーの敗北に  怖じ気づいた間桐慎二は慌てた様子で飛び込んだ。   放っておけば、まず間違いなく間桐慎二はイリヤによって、正確にはその従僕たるバーサーカーの手によって殺害されるだろう。   その事自体はどうと言ったことなど無い。魔術師として、マスターとしてこの『戦争』に身を投じ、そして自身もマスターとして  振る舞ったのであれば、相応のリスクを負って当然。そして、間桐慎二はアーチャーが知る限り、もっとも非道なマスターとして、  この戦いに参加していた。   殺されようと、文句は言えまい。   しかし、  「………ドブネズミの始末は、掃除屋の仕事だったな」   軽い嘆息をついて、紅い騎士は既に死地となって居るであろう鋼鉄の塔に足を踏み入れた。   その胸に、かつて守れなかった決意を秘めて。  「ライダー………大丈夫?」   意識が薄れ欠けていた私の耳に、聞き慣れた主の声が響いた。  「サク、ラ………?な、ぜ………わたしは、確かセイバーの宝具で………」   状況が把握できない。思考に掛かった霞を払うように頭を振るう。そんな私に、私の主、マトウサクラは声を潜めて答えてくれた。  「喋ったら駄目。まだ、きちんと魔力補給が終ってないから………ライダーを助けられたのはコレのおかげだよ」   言いながら、サクラは自分の左腕に浮かぶ聖痕を見せてくれた。魔眼殺しの眼帯を通しても、その左腕に私の主である証拠となる  刻印が浮かんでいるのが分かった。  「令呪を使ったのですか」  「………うん。ライダーには悪いと思うけれど、セイバーさんの攻撃をまともに受けていたら、消えてしまっていたのはライダーの  方だって、わかっちゃったから………」   本当に申し訳なさそうにしながら、サクラは頭を下げた。  「そんなことはありません。貴女は私の命の恩人だ。サクラ」   心優しい、このような戦いに巻き込まれるには余りに優しい私の主に出来るだけの感謝を込めて言う。  「サクラ、シンジの救出に向かいます。セイバーのマスターに襲われているかもしれませんから」   巧く力の入らない躯をどうにか立ち上がらせようとする。聖剣の直撃は免れたが、もとより魔力供給が満足でなかった状態で宝具  を使う羽目になり、正直魔力が空っぽで動くのも辛い。   それでも、主が兄と呼ぶ男を助けなくては。サクラが悲しむ顔だけは、どのようなことがあっても見たくはないのだ。   しかし、そんな私にサクラは苦笑を浮かべて、  「大丈夫だよライダー。衛宮先輩はそんな人じゃない。きっと、兄さんを見逃してくれているはずだから、兄さんが此処まで逃げて  来たら、一緒に離脱しましょう」  「ですが、彼とて魔術師なのでしょう?ならば………」   信用できるわけがないと続けようとして、私の耳が屋上から駆け下りてくる何者かの足音を捉えた。慌てふためいているようで、  壁にぶつかり、足をつっかえ、何度も転倒しながらこのフロアを目指している。それに魔力は感じられないところをみると、どうや  らそれはつい先ほどまで仮初のマスターであったシンジのものなのだろう。  「呆れました。彼は本当に魔術師ですか?」   あれほど凶悪なセイバーの主と言うから、相当好戦的なのだろうと思っていただけに生きてシンジが降りてくるとは露ほども思っ  ていなかった。サクラは私の言葉でまた苦笑を浮かべている。  「さ、とりあえず此処から離れましょう」   もう間近に聞こえる足音に、サクラはすっと立ち上がって、屋上へと続く階段の入り口へと向かう。   ————————その首を打ち砕くように、岩剣は振るわれた————————  「サクラ!!」   咄嗟に主を押し倒し、死の塊としか表現できない一撃を避ける。しかし、神速と言っても過言ではない剣速を持って、横薙の一撃  から唐竹へと連携が繰り出される。だが、その巨躯が災いし、唐竹の一撃は一瞬だけ天井で止まる。そんなもの関係ないと言わんば  かりに、丸太のような腕をさらに隆起させて天井を砕き、床を穿つ一撃が放たれる。   だが、私もその一撃を受けるような下策はとらない。天井を砕くその一瞬、私は主を抱えて跳躍した。  「な、なんだよこれ!?」   シンジが恐怖すら滲ませた声を挙げたのはその時だった。  「な、なんだよこれ!?」   自分の口から漏れた悲鳴のおかげで、ようやく僕は自分のいまいる場所を認識した。   そこは、文字通り戦場————————いや、死地だった。   視界には、立っているだけで天井に頭が届くほどの巨躯の戦士。その向こうには敗退し、消滅したはずのライダーが居るが、その  腕の中で眼を白黒させている桜を見て納得した。その左腕にはサーヴァントを使役するための紋章が刻まれている。あの一瞬、令呪  を使ってライダーを逃がしたのだろう。  「ラ、ライダー!!こいつは一体………————————」  「五月蠅いわよ。マキリの蛆虫さん」   なんなんだと叫ぶ僕の声をかき消すように、その少女の声が響く。それまで気がつかなかったけれど、巨躯の戦士の足下に十歳ほ  どの銀髪赤眼の少女が佇んでいた。少女はつまらなそうに、退屈で鼠を殺す猫のような眼をしながら小さな唇を動かした。  「あ〜あ。感知されなかったら恐くないだろうと思って折角気配を消していてあげたのに、ライダーってば気づいちゃうんだもの」   くすくす、と小さな笑い声だけが広いフロアに響く。   その姿は無防備で、文字通り人外のスピードを持つライダーなら、いまこの瞬間にもその少女を殺すことも出来そうなのに、桜を  庇うライダーはぴくりとも動かない。   いや、ただしくは動けない。   少女の背後にそびえ立つ戦士。それはヒトの姿をした『死』だ。僕らが僅かにでも動けば奴は即座に僕らを圧殺するだろう。  (はん、そくだ………)   正しく蛇に睨まれた蛙。呼吸することすら忘れて、僕はその鈍色の巨人を見つめていた。二メートルを軽く超える巨体。鎧のよう  な身体は鈍色をし、その腕は僕自身の胴回りとほぼ同じ。手には冗談じみた、斬ると言うよりも潰す事を目的としているらしい斧剣  が握られている。   そして、何よりもその存在感。こいつは在るだけで、前に立つだけで眼前にある敵を粉砕し続ける魔神だ。   マスターでも、まして、魔術師ですらない僕が動けるはずがない。   そんな僕らをまるで眼中とにない言いたげな少女は「どちらにしようかな」なんて言いながら僕と桜を交互に見やる。そして、そ  の視線が桜の方を向いて止まる。  「そうね。蛆虫君を殺しても良いけれど、やっぱり最初にマスターを殺しておかないとね」   楽しそうに、まるでお遊戯でも始まるような口調で笑う少女。   桜は、びくり、と震え。泣き出しそうになるのを必死にこらえ、すっと立ち上がって少女を睨んだ。  「………分かりました。戦います。でも、その代りに兄さんは逃がしてあげて下さい。兄さんは魔術師ではないんですから」  「ええ。かまわないわよ。私の邪魔をしなければの話だけれど」   にやりと、少女は余りに不釣り合いな笑みを浮かべて桜と対峙する。もはや僕など眼中にないとばかりに無防備な背中を晒す。   その向こうで、桜は僕を見て、  「兄さん。屋上の衛宮先輩と一緒に逃げて下さい。セイバーさんと一緒なら、逃げ切れるはずですから。それと————————」   役に立てなくてごめんなさいと、俯きながら呟いた。   ————————それは、かつて僕が一番嫌いだった仕草————————                マキリ  「さて、そろそろ死になさい。蛆虫の魔術師さん」   にこりと微笑む。それは厳然たる死刑宣告。桜にも、ライダーにもあの巨人を止める術など在るはずがない。だから、このまま放  っておけば一方的な殺戮が始まって、僕はその間に逃げることが出来る。アイツは僕の妹なんだから、僕を守るために戦うのは当然  で、あいつ自身逃げろと言ったじゃないか。   バーサーカーが体を桜に向ける。僕など眼中にないとその鋼鉄の背中は語っている。   その姿は城だ。僕みたいな武器も何もない人間では万に一つの勝機もない城。   だからこの場はすぐに離れて逃げることこそ、大事なんだって、だから————————  「ち、ちょっと待てよ」   さっさと逃げろと言う理性の声を押し殺して、僕の口は勝手に開いた。  「………なにかしら?」   少女は、あからさまに不機嫌な表情を浮かべている。その視線だけで僕は動けなくなりそうになるって言うのに、僕はなにを言お  うとしてるんだ。  「マ、マキリの………マキリの魔術師は、僕だ。そんな出来損ないと間違えるな」   身体が震える。喉はからからで、自分でなにを言っているのか分からない。   なのに、いまこの瞬間にも僕の身体は粉砕されるかも知れないと言うのに、なんで僕はこんな事を言っているのだ。  「だから、お前が狙うのは僕で良いんだ」   訳が分からない。理由が分からない。なんだって、僕は桜なんかを庇わなくちゃいけないのか。なんで………あんな爺の手で弄く  り回された人形を助けなくちゃいけないのか。   分からない。   分からないのになんで————————   ————————桜は、花を見るときだけ上を向くんだな————————   なんでそんな遠い昔の記憶を今更思い出すのか。  「桜、ライダーの令呪を渡してお前は早くどっかに行けよ。お前が居ると、邪魔でしょうがないんだから」   まるで思い通りに動いてくれない身体を、それでも右腕だけを挙げて桜の側に佇むライダーを見る。  「ライダー、お前の主は僕だ。主の命令に従え。………って言ってもお前じゃ役にたたなそうだな。そこのノロマを連れて上の衛宮  たちの所へ行けよ。あんなのでも、居ないよりはマシだろ」  「………良いでしょう。その気概に応じ、いまこの時のみ、貴方の指示に従います。シンジ」   闇に似たダークスーツを纏った美女はそう言って立ち上がり、巨人の戦士と対峙する。しかし、少女はつまらなそうな表情のまま。  「ふぅん。折角見逃してあげようと思ったのに。それじゃあバーサーカー。面倒くさいから貴方の好きな方から殺してかまわないわ  よ。でも、上にいる二人に聞こえないように、静かにね」   ズシンッと響くような足音を立て、バーサーカーと呼ばれた戦士が僕の方に一歩。次の瞬間には僕は奴の間合いに捕捉される。   咄嗟にライダーが手にした短剣を投擲する。しかし、その一撃は巨兵の肉体を傷つけることも叶わず弾かれ、バーサーカーの突進  は止まらない。あとコンマの時間で僕はただの肉塊と化すだろうが、こいつがこっちに来た分だけ、桜との距離は出来た。これだけ  の距離が在れば、ライダーならばこの場所から離脱することも出来るだろう。   迫り来る死を目の前にして、僕は静かに、一瞬だけの夢を見た。   自分が古い魔法使いの末裔であると分かってから、僕は書斎に入り浸っていた。   使えもしない神秘を読みふける、無意味な毎日。   だけど、その頃の僕はそれだけで十分だった。   昔々。時折祖父が、気まぐれで聞かせてくれた魔法使いのお話。   憧れるだけの存在に触れることが出来る。たったそれだけで幸せだったあのころ。   けれど、何時しか僕は魔術を学ぶだけじゃなく、『魔術師』になりたいと、真剣に思っていた。   本当は、いくら神秘を学んでも意味がないことなんて分かり切ってる。   なら、どうしてそんなあり得ない幻想を求めたのか————————  『桜は、花を見るときだけ上を向くんだな』   ああ、思い出した。   11年前に得た、新しい家族。   僕よりも一つ年下で、黒い髪に紅いリボンを大事そうに付けた女の子。   いつもは滅多に部屋からでない彼女を連れて、父さんが珍しく連れてきてくれた公園。   桜という、少女と同じ名前の花が咲き乱れた公園で、僕はその言葉を口にしたんだ。   まったく、呆れてしまう。   いつも俯いて、滅多に部屋からも出てこない桜が、たった一度だけ、桜の花を見上げて微笑んだ。   ただ、それだけが嬉しくて、  『なら、桜がいつも上を見て歩けるように、僕が魔法使いになって花を咲かせ続けるよ』   そんな、子供っぽい理想を胸にして、僕は魔術師という存在に固執していたんだ………  「呆れたな。僕の初恋がよりにもよって桜なんて」   苦笑を浮かべて、僕は既に目の前に迫る死を見続けた。  「兄さん!!」   桜の声は、広いフロアに良く響いた。怪力のスキルを発揮した私の一撃は、しかし鋼を連想させる鈍色の肉体に弾かれ、その巨人  の突進から仮初のとはいえ、主を守ることが出来なかった。バーサーカーはなんの躊躇もなく、その斧剣を振り下ろし、天井ごと、  シンジが立っていた場所を穿っている。斬撃の威力は、未だにもうもうと立ちこめる煙からして推し量れる。あれではまるで爆弾で  も炸裂させたようなものだ。生身であれを受けて無事で済む存在など、少なくとも純粋な人間ではおるまい。   バーサーカーの主、銀髪の少女は己の従僕を労うように頷き、  「良くやったわ。さ、次はそこの二人の番。犯そうと殺そうと別にかまわないけれど、あくまで静かにね?」   簒奪者たる余裕か、少女は美しい微笑みすら浮かべて私たちに死刑宣告を下す。  「くっ………」                                                  ベルレフォーン   一歩後退してあの巨人を妥当する術を模索する。しかし、あの巨兵を打ち倒せるとしたならば私の宝具『瞬霊の手綱』以外に手段  はない。だが、再び天馬を呼び出すには魔力に溜めがいる。あの巨兵がそのような隙を与えてくれるとは思えない。   要するに手詰まり。   じりじりと後退する私たちを愉快そうに眺めながら、  「さあバーサーカー。殺しちゃいなさい」  「ふむ。それは無理な相談だな。イリヤスフィール」   低い声音はバーサーカーが穿った穴から聞こえてきた。  「え?」   狂戦士の主は一瞬、なにが起こったのか把握できない様子で振り返る。   その時には既に勝敗は結していた。   バーサーカーの穿った穴から飛び出してきた長身の男は、それに反応するように放たれた暴風じみた横薙ぎの一撃を、手にした槍  のような武器で防ぐと、同時に柄ごと己の身を回転させて威力を殺し、逆に石突きの部分でバーサーカーの鳩尾に一撃を放った。宙  に浮いた状態の、不完全な体勢から放たれたはずの一撃は、しかし狂戦士に苦悶の表情を浮かべさせる。   しかし、それも一瞬。   狂戦士はなぎ払った剣を返して、袈裟懸けに必殺の一撃を放つ。それを受けられぬと察知した男は瞬時に間合いを離し、手にした  武器————三叉に分かれた鉾を構えなおした。  「なっ………!?」   驚きは、私の口から漏れた。   褐色の肌を紅い外套で包み、短い白髪を逆なでにし、鈍色の瞳は真っ直ぐに動かぬ狂戦士とその主を見据える。   弓の騎士・アーチャー。   サーヴァントたる私は彼がどのクラスに属する英霊なのか瞬時に分かった。   しかし、その手には弓騎士が本来持つべきではない武器を持っている。   三叉に分かれた、何よりも鋭い海神の鉾。『海』を象徴しているその鉾は紛れもない神の武器。  「うむ。流石のヘラクレスも、伯父に当る神の武器を持ってすればその鎧は貫けると見えるな」       トライデント   『七つ海を統べる蛇の鉾』   アーチャーがいま手にしているのは正しくそう呼ばれる神々の武器だ。  「アーチャー………貴方、弓使いじゃなかったのね」   イリヤ、と呼ばれたバーサーカーの主は従僕のダメージを推し量りながらアーチャーとの間合いをとる。当のアーチャーは肩を竦  めながら、  「凛にも言ったことなのだがな。サーヴァントのクラスなどに惑わされていると、痛い目を見ることになるぞ。イリヤスフィール」  「………………」   苦虫を噛みしめるような表情を浮かべて、じりじりと後退するイリヤ。その目には焦りと言うよりも困惑の色合いが強い。弓兵の  サーヴァントであるはずの彼が、海神ポセイドンの武具を持つなどと言う事態に出くわして混乱しない方がどうかしている。   そんな少女の困惑を尻目に、鉾を構える弓騎士。狂戦士はそれを迎え撃つようにして斧剣を構える。  「どうしたヘラクレス。貴様は十二の命があるのだろう。私如き弓兵に臆したと在ればギリシア最大の英雄の名が泣くぞ」   アーチャーが軽い挑発をいれ、それに反応するバーサーカー。   互いの殺気がフロアを満たし、もはや結界と呼べそうなほどに濃くなっていくその空気の中、  「バーサーカー。止めなさい。今日の所は退くけれど、次はないわよ?アーチャー」   正体不明の英霊を警戒したのだろう。イリヤはバーサーカーを霊体に戻すと、ゆっくりとした足取りで、地上へ降りるエレベータ  に乗り込み、  「じゃあね。リンに宜しく。正体不明のアーチャーさん」   そう言って、死を従僕とした少女はいとも簡単にこの場所から去った。  「……………………」  「……………………」  「ふぅ。どうにか退いてくれたか」   呆気にとられている私たちを無視して、アーチャーは安堵の息を吐きながら手にした三叉の鉾を消した。  「む?どうしたライダー。ぼうっとしていると、折角守った主を殺されるぞ?」   にやりと、意地の悪そうに口元を歪めるアーチャーの言葉で、私はようやく思考が回り始めた。  「アーチャー………手助けには礼を言いますが、貴方は一体………」  「何処の誰だ?と言う質問にならば答えるつもりはないぞ。少なくとも、あの鉾の正式な持ち主ではないがな」  「そんなことは分かっています。私が聞きたいのは、何故貴方がその鉾を持っているかと言うことです」  「自分の能力を敵に教える馬鹿はいまい。ライダー、君は私が思っている以上に単純なのだな」  「なっ!?あ、貴方は言うに事欠いて良くそんな暴言を………」  「まあ、君が怒るのは別にかまわないが、そろそろ下の男を助けに行った方が良いぞ。全身打撲で、身動きも出来まい」   言って、アーチャーは自分が飛び出した穴を指さす。よくみると、その穴はバーサーカーの一撃で開いたにはおかしい箇所がある。  つまりは円が綺麗すぎるのだ。斧剣の一撃で砕けたので在れば、ありえないほどに。  「!!ライダー、あの穴を降りて!!」   なにかを感じ取ったのか桜は慌てた様子で命じた。私はアーチャーの動向に注意しながらその穴を降りると、そこには落下の衝撃  で気絶したらしいシンジが倒れていた。所々ぶつけたらしく、ついでに落下の時に打ち所が悪かったのか、腕が奇妙な方向に曲がっ  てはいるが、それ以外に致命的な外傷は見あたらない。  「馬鹿な………何故貴方がシンジを助けたのですか?」   大きな穴の縁に立つ騎士を見上げて当然の疑問を口にする。しかし、彼はまるで気にした様子もなく、  「さてな。単なる偶然だろう。私が奇襲を仕掛けようと作った穴の上に、偶々その男が居ただけの話だ」  「そんなことを信用するとでも思いますか?アーチャー」   肩を竦めて、なんでもないと答える。しかし、聖杯戦争中のサーヴァントが他のマスターを守るというのはあり得ない事態だ。   彼が本気で奇襲を仕掛けるつもりであったならば、下の階から天井を貫いて攻撃できたはず。すくなくとも、大海を統べる海蛇の                   トライデント  如く、標的へとその牙を伸ばす『七つ海を統べる蛇の鉾』ならば地上からですら、バーサーカーの肉体を貫く事が出たはずだ。それ  をしなかったということは、その三叉を全て防御に回し、シンジを守ったことに他ならない。  「もう一度問う。何故貴方がシンジを助ける必要があったのですか」  「しつこいなライダー。ならば、こういう理由でどうだ?いま君は主から離れている。そこの仮初の主ではなく、君を現界させるの  に必要な魔術師から、だ。いまこの瞬間ならば、容易に君を敗北させられるとは思わないか?」  「なっ!?」   なにを言い出すのだ、と言う間もなく私の左股にとてつもない痛みが走る。   気づいたときにはなにもかも遅く、私は奇怪な、鎌のような形状の武器で床に縫いつけられていた。   それは、この身にとっては最大の効果を発揮する『不死なる物を滅ぼすための刃』————————  「ハルペー!?馬鹿な、貴方はペルセウスでは………」  「無論。唯の偽物だよライダー。しかしな、君がその刃で首を刎ねられて死ぬという伝説は根強い。引き抜こうとしても無駄だ。し  ばらくそのまま待っていろ」   真紅を纏う騎士は、それだけ言って私の視界から消えた。  「さて………」   背後から聞こえてくるライダーの罵声を物ともせず、アーチャーと呼ばれた男の人は私に向き直った。   その手には陰陽二対の双剣が握られている。  「君を殺す。恨むな、とは言わないが呪うならばこの身だけを呪え」   右手の剣をあげ、その切っ先を真っ直ぐ私に向けて構える。。その瞳に迷いはなく、確かに彼は躊躇うことなく私を殺すだろう。  「………それは、遠坂先輩からの命令ですか?」   その真摯とも言える眼差しから、僅かに目をそらして訊ねた。かつて、姉であった女性は、必要で在れば絶対に私という魔術師を  殺す。魔術師として完璧な彼女なら、それは間違いのないことだ。   しかし、アーチャーは静かに首を振り、  「いや。これは完全に私の独断だ」   真っ直ぐに視線を合わせて、その言葉だけを絞り出した。   一瞬だけ、その姿が殉職者のそれに視えた。   深い悔恨を背負い、けれど、その道を往くと決めたが故に歩みを止めないという、   私のよく似たヒトと同じ眼差しで、彼は言葉を続けた。  「間桐桜。君が生き続ければ、いずれ多くのヒトが命を落す。そうならないためにも、今この場で君を殺す」   訣別の言葉。   一方的にそれを告げ、ゆったりとした動作で双剣を持ち上げ————————  「それはちと困るの」   彼の表情が、凍る。  「え!?」   突然の乱入に驚きの声を挙げたのはけれど私だけだった。振り向いた視界には、背後の闇から音もなく現れた枯れ木のような老人  と、それに付き従うようにして佇む黒ずくめのサーヴァントがはいる。。  「え?」   状況を把握しきれていない。さっきからずっと混乱しっぱなしの私の頭は、ここに来てとうとう限界を超えそうだった。   サーヴァントアサシンを従えて現れたお祖父様はそんな私を嘲笑うかのように、一度甲高い声で嗤う。アーチャーは先ほど私に向  けていたものよりもさらに純度の濃い殺気を、お祖父様とその従僕に向けていた。  「ほお。血の繋がった孫の窮地にも出てこないと思ったが、存外情が薄いというわけでもなかったか。………しかし、わざわざ柳洞                ソレ  寺の門番を倒して得た駒はアサシンか?マキリ臓硯」   皮肉混じりにはなったその言葉には、滲むような怨嗟が籠もっている。お祖父様はそれを気にしないようにもう一度嗤い、  「ひょひょひょ。言いおるな弓兵。桜はマキリにとってなくてはならぬ存在。おいそれと見捨てることも出来ぬわ」  「マキリのため?ふん。貴様の浅ましい欲望のためだろうに」   皮肉げな口元から紡がれる言葉に、お祖父様の表情がやや曇る。  「………何を知っておるのかは知らぬが、年長者に対する口をわきまえよ。小僧」  「これは失礼。そうえいば、御身は既に魂から腐り始めるほどに永く生きておいでだったな。もっとも、そのような腐臭を纏ってい  ては死体になっていた方が幾ばくかお似合いだが」   吐き捨てるように、いや、もはやその嫌悪のみがその視線に籠もる。   改めて白と黒の陰陽を表す双剣を構える。  「さて詰まらぬ問答は冥土の道すがらその従者とでもするのだな………もっとも、今代のアサシンは知能が低いようだが」   にやりと、最大の皮肉を込めた笑みを浮かべた。                                                          ダーク   瞬間、無音で佇んでいた暗殺者のサーヴァントが弾けるようにアーチャーに突進する。記憶にある物とほぼ同じ、左手に投擲向き  の短剣を握り、獣じみた動作で攪乱しながら闇の中から弾丸と見紛うほどの投擲を放ってくる。赤い騎士は襲いかかってくる短剣を  双剣で迎撃しながらそれでも私たちに間合いを詰めようとする。   現在彼と、私たちとの間合いは五メートルほど。サーヴァントのみであるなら、雨のように放たれる短剣を捌きながらでも、その  間合いを瞬時に詰めて一刀のもとに私もろともお祖父様を殺すことが出来るはず。   しかし、アーチャーは敢えてそれをせず、その場に止まりながらアサシンの猛攻を受けている。双剣は烈風の如く振るわれるけれ  ど、しかし、ヒトならざる暗殺者の投擲は着々と彼を圧倒しつつあった。   そして、一瞬の不意をつかれ、彼は左の脚を短剣によって床に縫いつけられた。  「ひょっ。王手じゃな弓兵」   勝ち誇った声。それに応じるようにしてアサシンは右腕の封印を解き、異常な痩身の中であって尚異形の右腕を伸ばす。声帯がな  いのか、ぎぎぎぎという蠱の鳴き声のような音を立ててその宝具を解き放つ。  ザ・バニーヤー   妄想心音   その能力はエーテルを用いて擬似的に対象の心臓を映し出し、それを握り潰すことで相手を抹殺する必殺の宝具。   その必殺の呪いが真紅の騎士の胸に伸びる。  「っ!!」   左脚を縫いつけられ、回避しすることも出来ないアーチャーは苦し紛れに己の外套を持って魔腕を防ごうとする。しかし、この宝  具にたいしていかに防壁を敷いたところで無意味。決まれば確実に対象の心臓を握り潰すと言う必殺こそが、アサシンにとって唯一  絶対の強みであるのだから。   そして呪いの腕が騎士の心臓を掴むため、その体に到達する。  「な………」   声を漏らしたのは、惚けたように目を見開いたお祖父様からだった。   けれど、それは仕方のないことだ。   だって————————  「残念だったな蠱の翁」   左脚を短剣ごと引き抜き、伸びきった呪いの腕を力一杯握りしめるアーチャー。呪いの魔腕は彼の疑似心臓を掴むことも出来ず、  ただ伸びきったままになっている。  「我が身を包むこの赤い外套は伊達ではなくてな。これは外界から内界を保護する概念武装。故に、外界から鏡移しに臓器を写しだ  し、間接的に対象を破壊するその宝具では私を殺せない。判断を誤ったな。短剣を投げつけていれば、或いはかわしきれずに殺せた  かも知れないというのに」   言うや、瞬時にアサシンに向かって間合いを詰める。腕を掴んでいた左腕を引き、右手には見たこともない歪な短刀が握られてい  る。  「いかん!!戻れアサシ————————」   即座に不利を悟ったお祖父様が叫ぶ。しかし、それよりも速く、その手にした刃がアサシンの体を捉える方が速い。    ルールブレイカー  「『破戒すべき全ての符』」   真名によって効果を為した短刀は、主とアサシンとの繋がりを完膚無きまでに破戒した。  「ちっ。小賢しい真似をしおる」   ばしっと音がなって臓硯からアサシンを束縛する令呪の反応が消える。しかし、驚きは一瞬で霧散し、すぐに余裕の笑みを浮かべる。  「じゃが、そのようなことをしても無駄よ。そやつには自立して行動する思考力などない。儂を攻撃するということも出来ぬし、貴様  の命令を聞くというわけでもあるまい。この場で契約を交わせば、再度我が手駒となる………………」   言いながら、呆然と立ちつくすアサシンに手を差し伸べるお祖父様。しかし、彼にとって、コレこそ狙っていたことなのだと、そ  の見たこともないほどに歪んだ笑みが物語っていた。  「聖杯の導きに従い、此処に契約を行う。汝、我に剣を捧げるならば、この命運汝に託そう。答えろアサシン」   契約の言葉を口にした瞬間、あり得ない現象が起こった。   強大な魔力の奔流。手甲によって隠されたアーチャーの右手の甲に激しいまでの魔力が感じられる。   数瞬。   その身に令呪を宿した英霊は泰然とした姿で立っていた。  「な………ば、馬鹿な。あり得ぬ。このような、サーヴァンドがサーヴァンドを従えるなど………」  「何も不思議がることはあるまいマキリの翁。柳洞寺のキャスターは始めコレとは別の物ではあるがアサシンを手駒に従えていた。  それ以前に、マスターは生きている限りマスターである、というルールを忘れたけではあるまい?」   その手に輝く令呪を掲げて、言う。彼の言葉が正しければ、彼はかつて聖杯戦争にマスターとして参加し、その身に令呪を宿した  と言うこと。聖杯戦争によって召還されるサーヴァンドは『生前の状態』で呼び出される。故に、かつてマスターとして参加しまた  令呪を使い切ることなく戦争を終らせなら、その身に令呪が遺っていたとしても不思議ではない。  「けど、そんなことをしたら消えてしまうんじゃ………」  「その心配は杞憂だな。私には単独行動のスキルが備わっている。主から回される魔力の全てをアサシンに流したとしても自力で二  日は現界していられる………もっとも、賭けには違いなかったが、それも私が勝った。間桐臓硯。貴様の命運も此処までだ」   まっすぐに、お祖父様だけを睨み据える弓兵。その視線に捉えられたお祖父様は蝋のように白い貌をさらに蒼白にし、  「ぐぅ……じゃが、この儂を完全に殺すことなど出来るかの」                                                 ・・   引きつった顔には、それでも余裕がある。たしかに、他の英霊、他のサーヴァンドで在れば、お祖父様のみを殺すことは出来まい。  「桜、この場は退くぞ。お主も、あのような男の手に掛かるのは本望ではあるまい」  「………分かりました。お祖父様」   あの人が何を考えているのかは知らない。けれど、私も死にたくはない。   今はお祖父様に敵意を向けているこの人だけれど、この老人を生き続けるために最も守らなくてはならない核が、私の心臓の中に  ある分かったとき、彼は躊躇わずにこの心臓をえぐり出すだろう。   そう、きっと、彼が今従えたサーヴァントを使って————————  「愚かな。翁、貴殿は己の配下が最も得意とする武器の特性をお忘れか?」  「……………………………っ!!」   その言葉で、全てを理解したか。お祖父様は蠱を展開して私を覆い尽くそうとする。   しかし、それは絶望的に遅い。   アーチャーは令呪を掲げてアサシンに命じる。  「アサシン。良く狙え。『桜の心臓内部』にいる『間桐臓硯の核だけ』を『妄想心音で握りつぶせ』」   一言一言に令呪を込めて紡ぐ。   放たれた呪いの腕は、容易く私を捉え、その心臓内部に寄生する蠱を握りつぶした。  「……………………あれ?」   目を覚ました時には枕元で目覚ましがとんでもない騒音を立てていた。   低血圧なせいで不機嫌な頭を何度か振ってベッドから体を起こし、今日もお勤めを全うしてくれた目覚まし君を止める。   私、間桐桜の朝は、二ヶ月前の出来事が夢だったように元通りになった。  「五時………」   時計の針を見やって、時刻を確認。そろそろ着替えて先輩の家に行かなくちゃ、と考えたところで今日ばかりはそう言うわけにも  いかないと思いだした。と、同時にノックの音がする。入っても良いよと言うと、そこには予想通りライダーが居た。  「サクラ。朝ですが………起こしに来る必要はなかったようですね」  「おはようライダー。いつも有り難うね」   朝の挨拶を返して、ベッドから立ち上がり、洗面所へ向かう。   何時にもまして念入りに顔を洗い、寝癖の付いた髪を梳いてお気に入りの赤いリボンで一房髪を纏める。うん、顔色も良いし、今  日も私は元気だ。   一度部屋に戻って、制服に着替えてからリビングに行くと、ライダーと、かなりぐったりとした兄さんが椅子に座っていた。  「おはようございます兄さん。目の下にクマができてますけど、大丈夫ですか?」   奥のキッチンに向かいながら声をかける。あの時、下の階に落ちた兄さんは片腕をぽっきりと折ってしまい、いまでも右手は首か  ら吊っている。横になるのも不自由なのか、入院した当初は寝不足になっていたと思い出した。   ただし、いま現在寝不足なのは別に理由があるからなんだけど。  「桜………頼む。魔力の補充とかいってこいつに僕の血を吸わせるのはせめて周一にしてくれ」   ふらふら、と言う表現がとても似合う様子で懇願する兄さん。その隣には妙に機嫌が良さそうなライダーがくすりと笑って、  「シンジ、それは出来ない。桜の魔力は確かに平均した魔術師よりも遙かに多いが、それでもこの身を現界に留めておくことは難し  い。そのために協力して欲しいと願い出たときに、貴方はきちんと了承してくれたと記憶しておりますが」  「確かに言ったけどな、二日に一度はリットル単位で血液を吸われる方のみにもなれ………っていや、別に怒ってる訳じゃないから  とりあえずその眼鏡を外そうとするのは止めてくれ」   ライダーが魔眼殺しの眼鏡に手を置いた瞬間に掌を返したように頭を下げる兄さん。中古だけど、どこかの高名な魔術師が作った  という魔眼殺しをライダーが少し手を加えて眼鏡にしたそれは、彼女が持つ石化の魔眼を完全に防いでいるが、同時にいつでも使用  できるという利点もある。  (前の眼帯だと、外しずらかったものね)   そんなことを考えながら、「ぎゃー柳洞たちに襲われる夢はもう勘弁してくれー」だの「薔薇は、薔薇はいやぁーー!!」だの、  割と真剣に鳴き声が混じっている悲鳴が、ここ最近の間桐家の朝のBGMだった。  「ライダー?兄さんをいじめたいのは分かるけど、今日の所はその辺にしておかないと」   朝食を手早く準備してリビングへと運ぶと、兄さんは先ほどよりもさらに衰弱した様子でぐったりとしていた。白目を剥いて泡ま  で吹いている。ライダーに少しやりすぎ、と視線で注意すると子供みたいに拗ねてそっぽを向いた。彼女は聖杯戦争中、そしてそれ  以前から私に辛く当っていた兄さんを良くは思っていない節がある。   それはそれで、私のことを心配してくれているから嬉しいのではあるけれど、それでもやりすぎてはいるので此処はきちんとしか  っておかないと。これからも、私たちは三人で暮らしていくわけだし。   あの夜、独りの狂った魔術師が消滅した後アーチャーさんは何も言わずにその場を後にした。残されたアサシンは宝具の使用で現  界するだけの魔力が補えなかったのか、もとからその後は消滅させるつもりだったのか、どちらにしても灰になって消滅した。   残された私はもうそこまで先輩が近づいてきていることに気づいて慌てて身を隠して、ライダーと兄さんを助けた後、聖杯戦争が  終るまでの間、ずっと間桐の館からでなかった。  『臓硯がいなくなった以上、お前たちがこの戦いに干渉する理由は無かろう。聖杯戦争じきに終る。それまで精々私の前には立って  くれるなよ』   ぶっきらぼうに言い放たれたその忠告を私は守った。   実際、聖杯戦争はその後、割合あっけなく終った。魔力の流れが異常をきたしていた町中を調べていたライダーからの話だと、今  回の優勝者は衛宮先輩だったそうだ。   先輩は、全ての望みを叶えると言う聖杯を手にし、それを破壊することでこの馬鹿げた戦争に終止符を打ったらしい。   その話に驚く反面、先輩が手にしたならきっとそうするだろうと納得も出来て、ちょっと複雑な気持ちにもなった。  「くそっ………聖杯戦争も終ったのになんだってお前がまだこの家に残ってるんだよ」  「桜を守護するためです。説明したと思いますが、桜には何処か別の所から強大な魔力が流れ込んできています。それがなんである  のかまでは分かりませんが、他の魔術師に感づかれれば間違いなく何らかの形で接触をしてくるでしょう。シンジにそれらをふせぐ  事はできないでしょう」  「そこに疑問はない。けど僕が言いたいのは現界する魔力は十分なのに僕の血を吸うんだってことだ。この吸血鬼」  「ああ、なるほど。そのことですか。それは単なる私の趣味です」   キッパリと返事を返すライダーにきっちりと凍りつく兄さん。  「趣味!?趣味だとこの馬鹿!そんな物のために僕は毎朝貧血を耐えなくちゃいけないって言うのか!!」  「当然ですシンジ。貴方はいま、この家で最もヒエラルキーの低い人間なのですよ?」   形の良い唇をにいっと吊り上げて目を細めるライダー。ああ、あれはとっても面白がってるときの目だ。  「それと、私の事を馬鹿と言いましたね?酷く傷つきました。この負傷を補うために貴方の血液を所望します。ええ。桜の朝食も捨  てがたくはあるのですがこれは急務ですので。では失礼しますねシンジ」  「失礼しますね、じゃねぇええ!!止めろライダー!さっき呑んだばっかりだ…………」  「もう、二人ともそんな巫山戯てないで早く朝食を済ませましょう。兄さんも久しぶりの登校で遅刻はしたくないでしょう?」   放っておいたら本当に兄さんの首筋に牙を打ちそうなライダーの肩を引いて兄さんを助ける。  「た、助かった………サンキュー桜」   本気で安堵のため息をついている兄さんに苦笑して、三人分の朝食をテーブルの上に並べる。   それから静かな食事が終り、時刻が六時を回ると言ったときに兄さんは淹れたての紅茶で口を湿らせてから、重苦しそうに口を開  いた。  「ふう。ようやく人心地付いた。桜、荷物を持ってくるから一緒に家を出ようか」   そう言いながら立ち上がり、自分の部屋に戻ろうとする兄さん。ただ、部屋を出ようと扉の前に立った後肩越しにこちらを振り向  いて、  「ところでライダーと桜。僕はどうしてもお前たちに聴きたい事がもう一つあるんだけど良いかな?」  「なんでしょうかシンジ」  「なんです?兄さん」   不思議そうに首を稼げてみせる。まあでも、兄さんが言いたい事は分かってるけど。  「なんでライダーがうちの学校の制服を着てるんだ?」  「編入したからよ兄さん」  「今日付けで貴方達と同じ学校に通う事になりましたシンジ」   同時に答えた私たちの言葉に兄さんが固まる。ライダーってば、邪眼でも使ったのかしら?  「どうしたの兄さん。何か不思議な事でもある?  「不思議な事がある?じゃない!!どうやったらそんなことができるんだよ!!」  「この間ね、柳洞寺に聖杯の跡を調べに行ったときにあった眼鏡かけた女の人と交渉して何とかして貰ったの。その人も魔術師だっ  たんだけど、ライダーの髪の毛を一本くれたらこれからの生活の便宜を計ってくれるっていうから、その人に頼んでライダーの戸籍  とか色々用意して貰ったの」   脳裏にはショートヘアの女性の魔術師が思い出される。交渉を持ちかけてきたのは向こうだが、それでも破格な条件だったため、  一にも二にも応じてしまったのだ。ライダーも、私たちのためならと長く美しい髪の毛を一本を引き抜いてその人に預けた。   その翌日には戸籍謄本だとか保険証だとか、偽造された諸々の書類が送られてきた。跡はそれを使ってライダーの編入手続きをし  ただけの話だ。  「あの、兄さん大丈夫?」  「大丈夫な訳あるか!!学校には衛宮とか遠坂とかいるんだぞ!?ライダーを連れて行ってあいつらに見つかったらどうするんだ」  「シンジ。貴方の不安は杞憂だ。あの二人のサーヴァントは聖杯戦争後に消滅したはずだし、人間の身で私に危害を加えられる者な  どいるはずがない」  「いや、そう言うんじゃなくてだな。ただでさえ僕はあいつらに死んだと思われてるのに、いきなり学校に行くって言うの事自体、  結構冒険なのに、その上ライダーと一緒に行ってみろ。悪霊かなにかに間違えられてお祓いされかねないぞ」  「問題在りません。この国の法術程度ならば、私の対魔力を越える事は出来ない」  「そういうことをいってるんじゃねぇーーーー!!!!」   泣き叫ぶ兄さん。  「ライダー。兄さんが言いたいのはそう言う事じゃなくて、きっと遠坂先輩たちに問いつめられるのが恐いのよ」   助け船を出してあげると、兄さんはこくこくと頷いて肯定した。  「そうだ。衛宮はまだしも、遠坂に見つかったらきっと僕に明日はない」   妙にはっきりと断言をする兄さん。しかし、ライダーは特に気にした様子もなく。  「なるほど。了解致しました。けれどこれは既に決定した事。シンジ、サクラは私がきちんと守りますのでどうか囮の役目を全うし  て下さい」  「慇懃な口調のくせに言ってる事が極悪だぞお前」   血の涙でも流しそうな表情を浮かべる。けれど、ライダーは何処吹く風で、  「サクラ。そろそろ参りましょう。編入早々遅刻というのは上手くない」  「大丈夫。藤村先生のクラスに入れてもらってあるから。あの人より遅く教室はいるのは難しいくらいなんだから」  「それって僕と同じクラスって事なのか?そうなのか?そうなんだな?桜、お前まで僕を見捨てるのか裏切り者ーーー」  「兄さん叫んでるとおいていきますよ。これでも弓道部の部長になっちゃったんですから、遅れるわけにはいかないんです」   まだ後ろでガーガー叫んでいる兄さんを置いて、私とライダーは玄関へと歩いていく。   玄関から出た空は青く、透き通っていた。  「良い天気ですね」  「うん」   隣で同じように見上げるライダーに元気に笑顔で返しながら、私は元気よく一歩。   暗くて暗くてとても嫌いだった屋敷から出て、くるりと振り向いた。   あの人が、何故私を助けてくれたのかは分からない。けれど、あの人と、私の大好きな人の瞳はとても良く似ていた。   だから、何も言わないけど、ぶっきらぼうだったけれど、その背中はとても優しくて、たくましかった。  『臓硯を殺すためとはいえ、色々すまなかったな』   最後に言い残したその言葉は、きっと彼の本心からだったのだろう。ライダーも、そのことを告げたら彼の悪口を止めてくれた。  『すまなかった』                       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・   彼がいつも口にする言葉。名乗ってもいない私を名前で呼ぶ事を不思議とも思わないなんて、とても彼らしい。   振り向けば、靴を履くのに難儀している兄さんを手伝って笑っているライダーと、拗ねるようにして肩を借りてる兄さんの姿が  ある。かつて、この家を支配していたモノは消え、いまでは夢でも思わなかったほどに穏やかな光景が広がっている。  「ほら兄さん、ライダー。早く行きましょう」   この夢のような時間を守ってくれた人がいる。   この夢のような時間を与えてくれた人がいる。   だったら、私は守ってくれた人と与えてくれた人に報いるためにも   精一杯、顔を上げて、幸せになりますと。   とてもとても蒼い空に向かって宣言した Fin

あとがき
 
  初めましての方は初めまして駄作製造人間憂目です。
  慎二君救済SS。そしてライダーを生き残らせたままってどうやれば良いんだ
  と悩んだ末に書きました。
  ・・・駄目だ。駄目だ。駄目だぁーーーーーー!!!
  どうしても桜は上手く書けない。
  彼女を動かそうとするとどうしても他のキャラが動き出す。
  世界の桜SS作家の皆さんすごいなーと思ってしまう今日この頃。
  ちなみに拙作『夢の果て』で一成が言っていた編入生はライダーと慎二の事。
  きゃつらは事件以後、行方不明扱いされながら身を潜め、傷の治療を受けて
  おったわけです。
  あと、サーヴァントの死亡人数の誤差。
  小次郎君はセイバールートだと途中何者かに殺されているのにもかかわらず、
  その描写がないので、臓硯爺の魔の手に掛かったのでは無かろうかと判断。
  都合、アサシンが二匹死んでいるのでサーヴァントが最後の時点で六匹死亡
  してると思ったわけです。
  ・・・屁理屈ですな(涙)

  とりあえず次はどたばたやりたいです。っていうか、慎二君はひと思いに
  殺さずに弄り倒すのが楽しいと発見。
  次辺り凛様と桜のツープラトンでいじめ抜きたいですね(嗤)

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