女性管理職の割合に数値目標の設定などを義務づける「女性活躍推進法」が8月末に成立した。社会で活躍する女性を増やす取り組みが国を挙げて進められているのが、今の日本だ。
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筆者は週に2回ほどテレビの情報番組に出演し、同じく週に2回ほど講演し、そしてその合間にコンサルティングをやって、顧客企業の社員と対話を続けている。そうしたときに、話す内容を考えるのは当然として、話す表現には人並み以上に注意してきた。
かつて「ウチの女の子」と、自社の女性社員について述べたところ、「女性はオタクのものではない」と抗議を受けた。「ウチ(あなた)」の所有物ではないし、「子」でもないという意味である。
「バカな女性もいるもので」と述べて、「上から目線だ」「何様のつもりか」「女性蔑視ではないか」とお叱りを受けたこともある。後者は、女性の中にも、そして男性の中にも、軽率な人間はいる、といった程度の意味だったが、筆者こそ軽率だった。
■ 鹿児島県知事の発言に大炎上
社会的に地位があったり、知名度の高かったりする男性が、女性に対する差別的な発言をして問題になることはしばしばある。最近の例を挙げよう。8月下旬に鹿児島県の伊藤祐一郎知事が、「女の子にサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」と発言して大炎上し、伊藤知事は釈明するしかなかった。
ほかにも記憶に残るのは、昨年秋の東京都議会。「男女共同参画社会推進議員連盟」の会長に選ばれた自民党の野島善司都議が「結婚したらどうだと、僕だって言う」と、女性議員の塩村文夏氏に対する議会のセクハラヤジ問題について理解を示した“事件”で、同じく炎上した。
これらに対して「過剰反応じゃないか」という意見もある。筆者の経験から言えば、このような発言に対して寄せられた批判について「それくらいの失言は許してやれよ」という考えかというと、まったく違う。筆者は自分自身が批判されつつ、やはり批判側が正しいと思っている。ときに「息苦しい」と男性が思ってしまう風潮だが、肯定したい。
■ あまりに酷かった日本の過去(女車掌編)
というのは、多少の息苦しさを感じる男性がいるとはいえ、全体的に日本はよい方向に向かっていると思うからだ。筆者は経営コンサルタントという職業柄、さまざまな企業の情報を調べる機会があり、新聞や雑誌など過去の記事をよく目にする。男女雇用機会均等法は1985年に制定され、翌1986年より施行された。その後も改正されている。ただ、こういった法令をはるかに遡って、日本企業がどのように女性に接してきたかを調べるうちに、驚愕の記事をいくつか見つけた。
たとえば、朝日新聞1924年11月25日の夕刊を見てみよう。
「電車にもいよゝ女車掌採用と決定」とある。おお、喜ばしいじゃないかと思うと、見出しに「お客をおとなしくする為めに」とある(! )。引用してみる。「女車掌の職務は一般乗客の希望する所ではあり、困雜緩和一助となる上多少給料も安く、且文句が少なく従順に働くだらうといふ算段」だという(! )。これを今の新聞で書いたら、間違いなく差別的表現で騒ぎになる。
しかも採用に関しては作文のテストがあり、そのタイトルは「上京して女車掌となり郷里の父を東京見物に招く」だという。これも女性のプライベートに踏み込み、かつどういう基準で採点するのかを考えてみると、問題だろう。
さらに「服装は紺サージに燃えるような水兵服の緋の涎かけ(中略)『女子大学生と間違はれるような素敵なもんですぜ』」とある。これが、現代日本人が懐かしんでいた戦前日本のモラルというものだろうか。
それにしても、同時代の記事を読んでいると、こういった記述が目立つ。固有名詞を省くのは、それが趣旨ではないことと、あまりにも普通に書かれているので、当時の一般意識を示すものとしてそれだけで価値があると思うからだ。
■ あまりに酷かった日本の過去(就職活動編)
就職活動においても女性差別は撤廃されてしかるべきだが、かつてはどうだったか。次に読売新聞から引用しよう。1935年5月25日の朝刊にはこうある。
主題「醜女は何處へ」
副題「就職戦線落伍者のゆくへ」
今の常識から考えると目を疑う。記事には、「職業婦人を求める人は皆美人がお好きと見えて、少し位頭が悪くとも、顔さへキレイならドシドシ賣れてゆかうといふのですから、賣れ残るのはいつも顔に自信のない人ばかり」とある。ここには現代的意味での女性蔑視がすべて詰まっている。解説は不要だろう。
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