少し古くなるが、朴槿恵大統領が今年7月の非公式会合で、「来年にも南北は統一されるかもしれないから、準備するように」と発言したということで、話題を呼んだことがあった。
このニュースを初めて聞いた時、当方は、「朴大統領の発言内容を非現実的として完全には排除できないが、政治家のそれというより、“巫女のお告げ”のようだと言われても仕方がないだろう」と書いてしまった。筆の勢いとは恐ろしいものだ、当方は朴大統領の政治センスを茶化す気はなかったが、あのように書いてしまった。朝鮮半島の情勢を考えると、朴大統領の発言内容は巫女のお告げのように思えたからだ。
ところで、先日、ある筋から、なぜ朴大統領が突然、来年にも南北再統一は可能と発言したか、その背景を聞いた。それによると、北朝鮮労働党幹部の一人が脱北し、韓国当局に北国内のホットな情報をもたらした。その内容を聞いた韓国当局者は、「南北統一は案外早いかもしれない」という印象を受けたというのだ。その報告を受けた朴大統領からは「南北再統一が来年にも」といった発言が飛び出したわけだ。すなわち、朴大統領の発言は巫女のお告げではなく、れっきとした信頼性の高い北情報に基づいていたというのだ。
それでは、脱北の北幹部は何をもたらしたのか。簡単にいえば、「金正恩政権は崩壊寸前だ」というのだ。北指導部は統治能力を失い、いつ崩壊しても不思議ではないというのだ。
問題は、その次だ。どこの独裁政権も無条件降伏し政権を譲渡することは考えられない。金正恩政権は崩壊近しと分かれば、最後の悪あがきをするだろう。金正恩氏は人民軍に戦闘を命令し、米韓軍と一戦を交える道を選択するだろう。韓国軍の最高司令官・朴大統領の「南北統一の準備をするように」とは、韓国軍に対して「北側の武装蜂起に備えよ」という意味だったわけだ。この話は他人事ではない。隣国・日本にも大きな影響を与えるシナリオだ。
それでは、朴大統領は脱北者がもたらした情報をなぜ即公表しなかったのか、なぜ、「南北の再統一が来年にも実現できるかもしれない」といった曖昧な表現で抑えたのか、という疑問が出てくる。
考えられる理由は、隣国・日本の国会で安全保障関連法案論争が展開されていたからだ。北の武装蜂起の危険性を発表すれば、安保法案の採択を願う安倍政権を支援することにもなる。
興味深い点は、韓国政府は成立した日本の安保法に対して正面から反対していないという事実だ。ただ、「わが国との慎重な協議とその合意が不可欠だ」という条件を挙げているだけだ。
朝鮮日報のユ・ヨンウォン軍事専門記者兼論説委員の以下の記事(28日付)を読んでいただきたい。
「朝鮮半島で全面戦争がぼっ発した場合、兵力や兵器、補給物資などを支援する役割を担う基地が日本には横須賀海軍施設のほか、沖縄県の空軍嘉手納飛行場、海兵隊普天間飛行場など7カ所があるという事実だ。これらの基地は在韓国連軍司令部の指揮下にあるが、日本に駐留しているため『国連軍司令部の後方基地』だ」。
そして「横須賀海軍施設は、韓半島での有事の際に出動する航空母艦(空母)やイージス艦をはじめ、米海軍第7艦隊所属の艦艇の母港となっている。韓半島での有事の際には、十数隻の艦艇が48時間以内に出動できる態勢を整えている。アジ ア最大の米空軍基地である嘉手納飛行場には、F15戦闘機、早期警戒管制機E3、空中給油・輸送機KC135、偵察機RC-135など、韓半島での危機の際に登場する航空機約120機が配備されている。沖縄の米軍基地には、韓半島での有事の際に真っ先に出動し、戦争を抑制したり、北朝鮮の攻撃を阻止したりする役割を担う第3海兵遠征軍が駐留している。長崎県の海軍佐世保基地には、韓半島での有事の際に用いられる数百万トンもの弾薬が貯蔵されている」という。
記者は、「日本にある国連軍司令部の後方基地が十分な役割を果たせなければ、韓半島での全面戦争に対処できない」という韓国軍関係者の説明が「不都合な真実」であるかのように聞こえたと述懐しているのだ。
韓国側は「わが国の要請または同意がない限り、日本は韓半島で集団的自衛権を行使することはできない」と主張しているが、実際は日本側の集団的自衛権行使が対北武装衝突の場合、不可欠なのだ。
朴大統領は28日、国連総会の一般討論演説で日本の安全保障関連法に言及し、「北東アジアの安保秩序に重大な影響を及ぼし得る新たな動きも現れており、域内国の憂慮を生んでいる」と指摘した上で、「安保法も域内国間の友好関係とこの地域の平和・安定に役立つ方向で透明性をもって履行されなければならない」と注文を付けている(聯合ニュース30日)。
朴大統領は日本の安保法が朝鮮半島の平和・安定に役立つだけではなく、不可欠ということを知っているはずだ。ただし、日本をこれまで激しく批判してきた朴大統領はそのことを口に出したくない。そのため、巫女のような曖昧な表現で「南北再統一近し」と警告せざるを得なかったのだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。
このニュースを初めて聞いた時、当方は、「朴大統領の発言内容を非現実的として完全には排除できないが、政治家のそれというより、“巫女のお告げ”のようだと言われても仕方がないだろう」と書いてしまった。筆の勢いとは恐ろしいものだ、当方は朴大統領の政治センスを茶化す気はなかったが、あのように書いてしまった。朝鮮半島の情勢を考えると、朴大統領の発言内容は巫女のお告げのように思えたからだ。
ところで、先日、ある筋から、なぜ朴大統領が突然、来年にも南北再統一は可能と発言したか、その背景を聞いた。それによると、北朝鮮労働党幹部の一人が脱北し、韓国当局に北国内のホットな情報をもたらした。その内容を聞いた韓国当局者は、「南北統一は案外早いかもしれない」という印象を受けたというのだ。その報告を受けた朴大統領からは「南北再統一が来年にも」といった発言が飛び出したわけだ。すなわち、朴大統領の発言は巫女のお告げではなく、れっきとした信頼性の高い北情報に基づいていたというのだ。
それでは、脱北の北幹部は何をもたらしたのか。簡単にいえば、「金正恩政権は崩壊寸前だ」というのだ。北指導部は統治能力を失い、いつ崩壊しても不思議ではないというのだ。
問題は、その次だ。どこの独裁政権も無条件降伏し政権を譲渡することは考えられない。金正恩政権は崩壊近しと分かれば、最後の悪あがきをするだろう。金正恩氏は人民軍に戦闘を命令し、米韓軍と一戦を交える道を選択するだろう。韓国軍の最高司令官・朴大統領の「南北統一の準備をするように」とは、韓国軍に対して「北側の武装蜂起に備えよ」という意味だったわけだ。この話は他人事ではない。隣国・日本にも大きな影響を与えるシナリオだ。
それでは、朴大統領は脱北者がもたらした情報をなぜ即公表しなかったのか、なぜ、「南北の再統一が来年にも実現できるかもしれない」といった曖昧な表現で抑えたのか、という疑問が出てくる。
考えられる理由は、隣国・日本の国会で安全保障関連法案論争が展開されていたからだ。北の武装蜂起の危険性を発表すれば、安保法案の採択を願う安倍政権を支援することにもなる。
興味深い点は、韓国政府は成立した日本の安保法に対して正面から反対していないという事実だ。ただ、「わが国との慎重な協議とその合意が不可欠だ」という条件を挙げているだけだ。
朝鮮日報のユ・ヨンウォン軍事専門記者兼論説委員の以下の記事(28日付)を読んでいただきたい。
「朝鮮半島で全面戦争がぼっ発した場合、兵力や兵器、補給物資などを支援する役割を担う基地が日本には横須賀海軍施設のほか、沖縄県の空軍嘉手納飛行場、海兵隊普天間飛行場など7カ所があるという事実だ。これらの基地は在韓国連軍司令部の指揮下にあるが、日本に駐留しているため『国連軍司令部の後方基地』だ」。
そして「横須賀海軍施設は、韓半島での有事の際に出動する航空母艦(空母)やイージス艦をはじめ、米海軍第7艦隊所属の艦艇の母港となっている。韓半島での有事の際には、十数隻の艦艇が48時間以内に出動できる態勢を整えている。アジ ア最大の米空軍基地である嘉手納飛行場には、F15戦闘機、早期警戒管制機E3、空中給油・輸送機KC135、偵察機RC-135など、韓半島での危機の際に登場する航空機約120機が配備されている。沖縄の米軍基地には、韓半島での有事の際に真っ先に出動し、戦争を抑制したり、北朝鮮の攻撃を阻止したりする役割を担う第3海兵遠征軍が駐留している。長崎県の海軍佐世保基地には、韓半島での有事の際に用いられる数百万トンもの弾薬が貯蔵されている」という。
記者は、「日本にある国連軍司令部の後方基地が十分な役割を果たせなければ、韓半島での全面戦争に対処できない」という韓国軍関係者の説明が「不都合な真実」であるかのように聞こえたと述懐しているのだ。
韓国側は「わが国の要請または同意がない限り、日本は韓半島で集団的自衛権を行使することはできない」と主張しているが、実際は日本側の集団的自衛権行使が対北武装衝突の場合、不可欠なのだ。
朴大統領は28日、国連総会の一般討論演説で日本の安全保障関連法に言及し、「北東アジアの安保秩序に重大な影響を及ぼし得る新たな動きも現れており、域内国の憂慮を生んでいる」と指摘した上で、「安保法も域内国間の友好関係とこの地域の平和・安定に役立つ方向で透明性をもって履行されなければならない」と注文を付けている(聯合ニュース30日)。
朴大統領は日本の安保法が朝鮮半島の平和・安定に役立つだけではなく、不可欠ということを知っているはずだ。ただし、日本をこれまで激しく批判してきた朴大統領はそのことを口に出したくない。そのため、巫女のような曖昧な表現で「南北再統一近し」と警告せざるを得なかったのだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。