「もんじゅ」の頓挫が揺るがす日本の原発政策の根幹
極めて手厳しい原子力規制規制委員会の指摘
原子力規制委員会は11月4日、長期間停止中の高速増殖炉「もんじゅ」について、日本原子力研究開発機構(JAEA)に代わる運営組織を選定するか、選定できない場合、「もんじゅ」のあり方について廃炉を含めた抜本的見直しを実施するよう、文部科学大臣に勧告する方針を決定した。(http://youtu.be/yFI1jCRrW4c)
委員会では、開会直後からJAEA及び文科省に対して辛辣な発言が続いた。
まず冒頭、田中委員長は「議論の整理」としてこれまでの経緯を振り返り「平成24年12月から保安措置命令を発して以来3年経つが、一向に問題の解決が達せされない」と発言。さらに「(JAEAと文科省による説明を踏まえても)安全確保ができるのかという懸念を払拭できるに至っていない」と、事態が何ら改善されていないことを指摘した。その後発言した更田委員長代理も「(JAEA及び文科省と議論を重ねても)事態が好転する手応えが示されると言うよりも、むしろ、現状の難しさが浮き彫りになった」とし、「保全がきちんとできない組織が、運転の段階に至るとは到底考えられない」と指摘。JAEA・文科省双方の管理能力の低さに手厳しい判断が下されるに至ったというわけだ。
原子力規制委員会による各地の原発に対するこれまでの勧告は、ほぼ全てが安全面に関するものだ。今回のように運営面に踏み込んだ指摘を行うのは極めて異例と言っていい。しかし、JAEAや文科省がここまで手厳しい評価を下されるのも無理はない。2013年に行われた規制委員会の「もんじゅ」立ち入り検査では、非常用電源などの重要機器だけでも13件の点検漏れが発覚した上に、虚偽報告まで露見した。さらに2015年には、規制委員会の勧告に基づき改善項目の優先順位化を実施したものの、その分類が1400件近く誤っていたことが発覚。さらに一度も点検が実施されていない機器さえ存在することも判明し、たびたびJAEAの管理能力の低さが明るみになっているのだ。
このような杜撰な運営体制に業を煮やした規制委員会が、文科省に対し、JAEAとは別の新たな運営主体を見つけるよう勧告するに至ったのも仕方あるまい。しかしJAEA以外、原子炉を保守・運営する能力を有する部局は政府内に存在しない。政府による選定作業は難航が予想される。
1995年のナトリウム漏れ事故より20年、ついに「もんじゅ」は存立の瀬戸際に立たされたと言っていいだろう。
原発政策の大義名分を支えていた「もんじゅ」
しかしこれを、「危険で高コストで役立たずな原子炉が一つ廃炉に追い込まれそうだ」とだけ総括するのは誤りだ。確かにその側面はある。しかし、それはこの施設の一側面でしかない。
70年代のオイルショック以降、我が国の原発政策は「ベース電源の確保」と「核燃料サイクルを確立し、以って、日本のエネルギー自給率向上の礎にする」を大義名分としてきた。
言うまでもなく「もんじゅ」は、高速増殖炉技術を用いてこの「核燃料サイクル」を支える予定だった唯一の施設だ。核燃料サイクルには、高速増殖炉技術とは直接の関係のないプルサーマル計画も存在する。しかしこの計画も現在進行中ではあるものの、青森県六ヶ所村で建設中の再処理施設の稼働は延期に延期を重ねており、明確な見通しが立っていない。
つまり、「もんじゅ」存立の危機は、わが国における原発政策の大義名分だった「核燃料サイクル」の破綻をもをも意味するのだ。
無論、原発再稼働路線をひた走る現在の政府が、あらゆる手を尽くして、「もんじゅ」存続の道を模索し続ける可能性は大いにある。しかし、稼働実績のない高速増殖炉にこだわり続ければ、国際社会から「狙いは核燃料サイクルによる原発用燃料の確保ではなく、軍事転用可能なプルトニウムの確保なのではないか?」と激しい疑義が寄せられることは必至だ。(参照:『海外科学者、日本の核政策批判 「コスト高、兵器に転用可」』東京新聞2015年11月4日、『プルトニウム47.8トン「日本の備蓄、これ以上増えないよう」 米大統領補佐官インタビュー』朝日新聞2015年10月12日)
あらゆる方向から検討しても、やはり今回の規制委員会による勧告は、単に「もんじゅ」の存立だけでなく、「日本の原発政策」そのものに疑問符を突きつけたものと言っていいだろう。
今後政府がどのような方向性を示そうとも、今回の原子力規制員会による勧告は、日本の原子力政策の大きなターニングポイントになる。
今後政府がどのような折り合いをつけるのか、目が離せない。
<取材・文/菅野完Twitter ID:@noiehoie) photo by nife via Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)>