バラエティは大嫌いだが、昨日の【しくじり先生】G.G.佐藤「北京五輪で大失敗しちゃった先生」は、思わず惹きこまれた。
G.G.佐藤が2008年、北京五輪の野球競技で、3回にわたり大失策したことを率直に語り、その背景にあった心の動きを詳細に説明して見せた。

最初の失策は8月22日、準決勝の韓国戦、日本が2-0とリードした4回、左翼を守った佐藤は左前打をトンネル。これが起点となって1点が入る。ここから形勢が逆転した韓国は7回に同点に追いつく。

2つ目の失策は、同じ試合の8回、岩瀬仁紀が打ち込まれ2点を奪われ降板、左中間への大飛球を、フェンス際まで追いつきながらグラブに当てて落としたというもの。日本は敗退。韓国はキューバとの決勝戦に勝って金メダルを取った。

3つ目の失策は、翌8月23日、3位決定戦のアメリカ戦。4-1とリードした3回、左翼に上がった浅いフライを取りに行って、またグラブに当てて落としたというもの。アメリカはここから逆転した。

この3つの失策の背景を、G.G.佐藤は縷々語った。

まず、G.G.佐藤自身が五輪代表に選ばれるような選手ではないと思っていたために、ピークをオールスター戦に持っていこうと調整していた。直前で追加招集されたが、8月には調子は下降線になっていた。

そしてG.G.佐藤は、この時期右翼を守ることが多く、左翼は不慣れなポジションだった。

1つ目の失策で「もうボール飛んでくるな」とネガティブな気持ちになっていた佐藤は、8回の飛球は中堅の青木宣親に「取ってくれ」と叫んだが、叫びながらも落下点に到達してしまったために、自分が取る羽目になった。
二つの試合ともに、午前中のプレーボールだった。NPBの選手にとって、太陽は見慣れない位置にあった。陽光が目を刺した可能性もある。
しかし佐藤は、浮足立っていたためにサングラスを頭の上にのっけたまま、守っていた。サングラスは単なるおしゃれになっていたのだ。

翌日の失敗は、「スタメンから外されるだろう」と思っていた佐藤の思惑とは裏腹に、「失敗した選手には、再度チャンスを与える」方針の星野仙一監督は、再びG.G.佐藤を左翼スタメンで起用、それに奮起した佐藤は、ハッスルしすぎたあまり、遊撃の中島裕之の守備位置のボールまで取りに行って、失策したというものだ。

言い訳と言えばいいわけであり、女々しい感もあるが、人間臭くて本当にいい話だった。
G.G.佐藤だけでなく、ナインは国際大会の緊張感でがちがちになっていたという。
例えばイチローや松井秀喜、松坂大輔などの大物であれば、そういう大舞台では、普段にもまして実力を発揮するはずだ。
しかし、凡庸な人は、その雰囲気に飲まれて、普段の力が出せなくなるのだ。

G.G.佐藤のキャリアSTATS

GGSATO


確かに2008年は、彼のキャリアハイだった。オールスターにも出た。追加招集されたのは不思議ではない。
しかし全盛期は長く続かず、3年後には戦力外となる。
2012年はイタリア、ボローニャでプレー。好成績を残したが、リーグ戦とともに行われたトーナメント戦をオープン戦と勘違いして欠場したために解雇される。
一時期は社会人のクラブチームでプレーしたが、テストを受けて2013年にロッテに、しかし2014年オフに解雇された。

この選手は、住宅業界では知らぬものがない測量、土地開発会社の御曹司であり、生活の不安はない。
しかも、モデルも務まるくらいの優れた容姿の持ち主だ。
この番組の後半では、チームになじむための努力をせず、浮いた存在になっていたとも語った。
甘ちゃんだったのだろう。
しかし、過ぎ去った失敗をここまで鮮やかに披露した度胸は大したものだと思った。伊集院光らのリアクションがよかったことも、G.G.佐藤を乗せたのだろう。

放送作家との合作だろうが、見事なプレゼンテーションだった。


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