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【お見合い記念日】多摩川の河川敷で1947年11月6日に集団お見合い!

何の日シリーズ

みなさん、おはようございます。現在は朝の6時でございます。予約投稿なので自動挨拶にて失礼いたしております。さてさて、今日で早くも3回目となりました「何の日シリーズ」であります。パチパチパチ。

 

あれ?手叩いてるの俺一人だ。

 

今日はお見合い記念日です。実は、調べてたら真っ先に出てきたのは「戦争と武力紛争による環境搾取防止のための国際デー」だったのですが、どーーー考えてもこれで1記事達成する自信は小姓にはありませんでしたので、悔しながらにお見合い記念日で記事を作ろうと。そういう次第でございます。私は雑魚です。

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さて、お見合いですよ、お見合い。1947年の今日、東京の多摩川河川敷で集団お見合いが開催されたそうです。結婚紹介雑誌『希望』が主催したもので、戦争のため婚期を逃した20~50歳の男女386人が参加したのだそうな。会場で相手を探し、終了後、最高3人までの身上書を申し込むという仕組みだったらしい。

ということは、第1、第2、第3候補まで指名できるという画期的なシステムだったのですね。つか、今やってるナイナイのお見合い番組の走りって、これじゃないか!?なんて想像してしまいますな。いやーしかし1947年といえばまだ戦後のドタバタ感が拭い去れない時期なのでは?と思いましたね。こんなお見合いパーリーに参加できるのって、資産家のおぼっちゃんやお嬢様だったんじゃない?ほかの庶民は闇米食ってサツマイモ食べて、生き残るのに必死だったんじゃないかっていう勝手な想像です。う~ん、戦後で2年も経過していれば、そこまで壮絶ではなかったのかな。知識不足。

しかしあれですね、多摩川の河川敷で行われたわけですから、当然売れ残った男女の面々を見ると、みーんなタマちゃんみたいな顔の人が残っちゃったんじゃないかと、物哀しい想像を膨らませます。「おやおやタマ子さん、売れ残りですか」「あらあらタマ夫さんだって」そんな残ったタマカップルは、仲良く多摩川をペアで下り、他のカップルの誰よりも幸せに人生を過ごしたそうな。めでたし、めでたし、と。~~~妄想終了

 

おや、「お見合い記念日」と銘打つわりには、全国的にどこかで大規模なお見合いパーティとかやってても良さそうなのですが、Googleで調べても、どこもそのような催しをする気配はなさそうですね...まぁ、記念日にお見合いなんぞお膳立てしなくても、いたるところで婚活やら町婚やらやってますって話ですものね(;´∀`)

 

というわけで、本日の「何の日」コーナーを終了致します。1947年に多摩川の河川敷で大規模なお見合いパーティをしたんだよ、というちょっとした雑学として覚えておきましょう♪