開運!なんでも鑑定団【戦艦大和に乗っていた貴重すぎるお宝!?】 2015.11.01


こんばんは。
さぁ「鑑定団」始まりました。
僕あのあき竹城さんにちょっとこの間「今田君相談があるんだけど」って…。
お家になんか大量のペコちゃんグッズがあるんですって。
もうそろそろ処分したいんだけど「鑑定団」って処分してくれるのかしらねって…。
処分する番組ではないんですけどと…。
GetWild
バンドTMNETWORKのギタリスト木根尚登さん
吉田拓郎や井上陽水のフォークソングを聴き音楽に目覚めたそうです。
そこで17歳のとき幼なじみの宇都宮隆さんとバンド活動を開始。
当時はキーボードを担当していました。
そのころ出演したライブイベントで小室哲哉さんと出会ったのですが…
しかしその後も交流は続き1983年小室さんの呼びかけでTMNETWORKを結成。
すると小室さんから…
と言われやむなく
翌年シングルとアルバム同時発売という異例のメジャーデビューを果たしたもののまったく鳴かず飛ばず。
やむなく3人で全国のレコード店を訪ね歩いたこともありました。
しかし3年後テレビアニメシティーハンターのエンディング曲にGetWildが:NMQされると|!斬新なデジタルサウンドが高く評価され一躍脚光を浴びました。
去年めでたくデビュー30周年を迎え2枚組みアルバムを発売。
現在も全国ツアーを行うなど精力的に活動中です
一方バラエティー番組ではGetWildをH/GdしたEv; ̄|!エレキギターが下手で実はエアギターだったことを告白し大きな話題になりました
依頼人の登場です。
東京都からお越しのどうぞこちらのほうへ。
お願いします。
いや〜エアギターの先駆けやったんですね。
ある程度は弾けたんですよねもちろん。
フォークギターは弾けるんです。
皆さん勘違い…フォークギターとエレキギターは全然違いますから。
違うんですか?電気さすだけじゃないんですか?いやいや弾き方も…。
全然違うんですよ。
フォークギターはもう好きですごい弾いてたんですけどエレキなんて…全然やってないからいいよいいよ弾くマネしてりゃいいよって…。
ようやってましたね。
まずは拝見しましょうかこちらです。
あら。
ジャン!これは東郷平八郎です。
うちの親父がとにかくいろんなものをもらってきたり拾ってきたりするんですよ。
例えばすごいステレオがあったぞって。
これどうしたの?って言ったらいやお前ゴミ箱にあって…。
え〜って…。
えぇ?ドラムがあったりとか…。
それも拾ってきて?なんか古いギターがあったりとかしてそれで僕弾いたりとか…。
だからやっぱり親父がああやって楽器とか拾ったりもらったりしてこなければ音楽やってなかったかもしれないくらい…。
ある日突然遠くのほうからヒューって聞こえてきたから今度は尺八拾ってきたんだと思って…。
いや落ちてる尺八をよう吹きますね。
え?これはお父さん拾ってきたんですか?いやこれはさすがに拾ったんじゃなくていただいたのか買うっていうことする人じゃない…。
骨董品を買ってとかっていう趣味はないんで。
なんて書いてあるんですか?これは…。
これはですね清い心でもうゴージャスに…。
ゴージャスに?今回高かったらどうするんですか?僕は長男上にいて下に妹がいるんですけど…。
真ん中ですか?真ん中です。
オンエアする前になんか契約書じゃない…。
なんか偽造して…。
偽造したらダメでしょ。
ギターは弾かへんわ偽造はするわ。
ご本人の評価額ですけどもおいくらくらいでしょうか?50万。
50万!また3で割りにくい数字ですよ。
60くらいにしといたらどうですか?60万で。
60簡単ですね。
60万でいきます。
まいりましょう!3で割れる60万でオープンザプライス!うわぁ〜!!すごい!え〜。
ほんとですか?しかも3で割りやすい。
本物で間違いございません。
うわぁすごい。
「潔心是心豪」。
潔い心はすなわち心が強いということであると。
為書きがうしろにございまして「壬子藁品氏のために東郷書く」と。
「壬子」というのは明治45年。
藁品さんという方この人のために揮毫したと。
実はね東郷平八郎の書というのは世の中に結構あるんです。
公的にも私的にもたいへん忙しい人でそばに代筆者…。
よく似た書の書ける人を置いといて書かせてたんじゃないかと。
ですから世の中にある東郷書といわれているものは大半が代筆なんですね。
これはやはり本人が書いたものに間違いございません。
線が非常に豊かでふっくらしてて温かみのある線なんですね。
代筆のほうはもっと枯れたような線の性質がまるまる違うんです。
なかなかこれだけの力のある書は珍しいですのでどうぞ大事にしてください。
世の中にある東郷平八郎の書はほぼ代筆やって。
あぁ言ってねもうそういう歌作ります。
(笑い声)新曲。
新曲…。
大事になさってくださいね。
ありがとうございました。
番組も最後まで楽しんでいってください。
早速ご自宅にお伺いしました。
次なる依頼人はパソコンの画面を食い入るように見つめているこの方…
何かおもしろいことでも?え?なんと全部英語じゃありませんか
とりあえずアイシー
大農場で3年間働いたのち…
そして40歳のとき5番街のメインストリートで念願の懐石料理店を始めたところ偶然にも近くに日本の航空会社の定宿があったため仕事が終わった乗務員の方々が大勢通ってくれたそうです
5年前奥さんの実家がある宮崎に帰ってきてからは夫婦水入らずの生活を送っています
30年程前からある画家の作品を収集してきたのですが高齢になったためぼちぼち処分しようと考えていた矢先日本に帰国。
そして…
それで僕のとっておきの宝を鑑定してほしいと思ったんですよ。
スタジオで拝見しましょう!
依頼人プリーズ。
宮崎県からお越しのどうぞこちらのほうへようこそウェルカム!私も今週一でECC通ってますからね。
Thankyouverymuch!オウユーアーウェルカム!あの時代に洋食屋さんってないですよねニューヨークに。
当時は6軒しかなかったです。
あっ6軒…。
今なんかすごいですもんね。
1万軒くらいあるんです。
1万軒あるんですか今!?えぇ。
今日のお宝っていうのはニューヨーク時代ですか?そうなんですよ。
わかりました。
ちょっと拝見しましょう。
こちらでございます!あら!浜口陽三銅版画の父といわれてます。
当時はピカソやシャガールやミロなんかございましたけど高価なもので買えなかったけどこのくらいだったら私のお小遣いで買えるんじゃないかと思いまして。
これはさくらんぼです。
さくらんぼはおいしいですよ。
食べたくなりますよね嫌いな人いませんもんね。
いやさくらんぼ嫌いな人もなかにはいるんじゃ…。
いちばん僕は浜口さんの絵を見ると落ち着くんですよ。
闇の中からさくらんぼが浮き出ていますね。
左側は夫婦では…下から旦那さんを支えとる。
すっごいこれだけ…この絵見てそこまで…。
この1枚の絵を見ていろんなこと考えはる…。
そうなんです。
22のさくらんぼ。
22くらいっていうのはいちばんきれいなときなんですよ。
女性がね。
女性が…。
何の話されてるんですか!
(笑い声)
浜口陽三は20世紀の美術史に偉大な足跡を残した版画家である
ブリタニカ百科事典には…
生家は1645年から千葉県銚子で醤油醸造を続けてきた老舗ヤマサ醤油である。
子供のころから大の学校嫌いだったが絵の心得があった叔母夫婦の影響を受け
しかしアカデミックな雰囲気になじめずわずか2年で中退してしまった。
そこで父の知人梅原龍三郎の助言に従い…
まだ自分が何に向かって突き進んでいけばいいのかわからず油彩や水彩などを描いては試行錯誤を続けた。
するとほどなく第二次世界大戦が勃発しやむなく帰国。
本格的に銅版画を手がけるようになったのはようやく1950年になってからのことであった。
しかし当時の日本には銅版画に必要な道具や材料がなかったため
その後はただひたすらメゾチントに没頭した。
このメゾチントとは17世紀の半ばヨーロッパで生まれた銅版画技法の一種でベルソーという特殊な道具で版面全体に無数の微細なキズを刻んだのち表現したい図柄の部分だけ金属のヘラやコテでキズをへこませ取り除くというものである。
こうすると刷った際キズをそのまま残した部分は最も暗くキズをすりつぶした部分は最も明るくなりその中間にさまざまな濃淡の調子が生まれるのである。
この技法は当初肖像画などに用いられていたが写真技術が発達したことによりすっかり廃れていた。
しかしこの技法に大いに魅了された浜口はこれをただ復活させただけではなく更に深みのある色調を加えたカラーメゾチントを開発することにより独自の世界を切り開いたのであった。
とはいえこの技法は細かい作業のためわずか10号の作品でさえ100号の油絵に匹敵するほどの労力を要した。
取り上げた主題はぶどうさくらんぼトウモロコシなどの果物や野菜。
てんとう虫魚カニなどの虫や魚介類。
あるいは壺瓶などでいずれも日常のごくありふれたものばかり。
浜口はそれらを数個または1個画面に注意深く配列するが現実の空間を暗示するものはほとんど描かれずまた遠近法も無視されている
背景はやわらかい黒細かな木目あるいは手織り木綿のような縞模様で抽象化された空間の薄明かりの広がりのなかにいくつかのオブジェがうっすらと浮かび上がる
そこでは果物も魚も壺も日常の地平のはるか向こう時間のない完結した宇宙のなかで永遠に存在している。
そのためあらゆる人々がまるで見たこともないものに出会ったような新鮮な驚きを覚え厳粛な思いを抱くのである。
1957年のサンパウロ・ビエンナーレ版画国際部門最優秀賞受賞を皮切りに数々の国際美術展で受賞。
この間あまりにも目を酷使したため一時は制作中断を余儀なくされたが不死鳥のごとく復活。
晩年まで数々の傑作を生み出した
改めて依頼品を見てみよう。
浜口陽三の銅版画…
漆黒の中縦一列に並ぶ赤い玉は果物とは思えないほど荘厳だが…
ご本人の評価額ですけれどもおいくらくらいでしょう?150万くらいじゃないかと思いますよ。
150万でまいりましょうオープンザプライス!あら!あっ200万!ありがとうございます。
日本を代表する銅版画家浜口陽三の代表作ですね。
よく見ると背景の黒が単色じゃないんですよね。
微妙な濃淡があるんですね。
それによって非常に深い漆黒の闇といいますか…。
その漆黒の闇を表現することでそこから浮き出るようなさくらんぼの鮮やかな赤。
その対比が何とも言えない魅力がありますね。
さくらんぼだけではなくていろいろすいかとかぶどうとかてんとう虫…。
身近なものをモチーフにしながら小宇宙を描いていますね。
そこに非常に哲学とか詩情さえも感じさせる。
実は浜口さんはさくらんぼを好んでずいぶん描いてたんですね。
以前結構高い時期があってさくらんぼ1個で50万なんて言われたときもあったんです。
貴重なものだと思います。
すばらしいものですね。
また新しいストーリー見つけてくださいこれ。
貴重なものありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
お宝列島日本縦断
面積のおよそ8割を山林が占める自然豊かな町である。
大仙寺は1461年に創建された臨済宗の古刹で第八代住職愚堂東寔は徳川家光や春日局から深く崇敬されたことで知られる。
またかの剣豪宮本武蔵も禅師を師と仰ぎその教えを請うため境内にあるこの石の上で三日三晩座禅を組んだとされる。
旧八百津発電所は1911年に建設された水力発電所で国内有数の出力7,500キロワットを誇り明治大正昭和にわたり東海地方の近代化を支えた。
1974年新たな発電所完成に伴い閉鎖されたが発電機や水車などはそのままのこされており日本の水力発電の歴史を物語る貴重な産業遺産として
一方こちらは八百津町出身の外交官
杉原はリトアニアの日本領事館に赴任していた1940年ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ人に対し日本政府の命令に背き日本通過のためのビザを発給。
およそ6,000人もの命を救ったことから日本のシンドラーと呼ばれている。
館内には苦悩をつづった
貴重な資料が数多く展示されている。
それらを目にし改めて杉原の勇気ある決断に感銘を受けているのは…
会場は
早速いってみよう!
出張!なんでも鑑定団IN八百津!
まずは息子さんが空手世界チャンピオンの息子さんがチャンピオンなんですか?はい世界総極真の極真空手?はいはい有名じゃないですか。
そのため大きな大会の際は必ず応援に駆けつけるがついつい熱が入りあたり構わず大声を出してしまう
すると息子さんは喜ぶどころか気が散るらしく…
お宝は…
大の骨董好きだった父が遺したもの。
父は給料のほとんどを骨董につぎ込んでいたがそれでも足りず…
私が生まれたときに…出産するためにお母さんはお金を貯めとったんですけど出産費用が?はい。
そのため慌てて実家にカネを借りに行ったと聞いている。
父亡きあとコレクションはすべて処分したがこの掛軸だけは生前とても自慢していたので大事に残しておいた
ご本人はどうですか?どのへんがいいなとか…。
そんなひどいこと質問した覚えはないんですけど。
木の生え方ですかね。
ちょっと独特ですね。
独特ですよね。
本人評価額はこのくらいかなぁと70万円。
息子は将来空手の道場を開きたいと言っているのでもし高ければ売り払いその資金の足しにしたい。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
う〜ん残念!
1万円!全体的に絵に締まりがない。
ポイントがないそして奥行き感…。
そういうのが感じられないですね。
絹も新しいなと思います。
与謝蕪村本物であれば300万は軽くする。
木の生え方がちょっと独特なんですよね。
木の生え方いいと思います。
あっいいんですか?
続いてはバイオリンを弾くのが趣味のどれくらい前からやってるんですかバイオリンは。
12年なんですけれど2人目の子供を産んでから始めたので全然12年といってもたいしたことはないんです。
当初はクラシックを演奏していたが2年前ゲーム音楽を専門に演奏するアマチュア楽団に入団。
楽しい日々を送っている。
というわけで早速披露していただいた
お宝は…
5年前のこと母がクラブのママをしている知人に頼まれ…
人手が足りないから1ヶ月間バイトをしてくれって言われて…。
あっホステスさんのね。
その際母はその方にとても世話になっていたため報酬はいらないと言ったところ代わりにこれをいただいたとのこと
お母さんおいくつの頃ですか?それは。
今55なので…。
お母さんはきれい?
しかしその後ほったらかしになっていたためひょっとすると価値があるかもしれないと思いもらってきた。
本人評価額はひと月のアルバイト代として30万円。
実はヨーロッパで音楽の勉強をするのが長年の夢なのでもし高ければその費用に充てたい。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
大幅アップ!
え〜!やった行っちゃう!歌川国芳の龍宮玉取姫之図大錦三枚続き。
本物で間違いないですよ。
1853年に出版された作品で晩年の傑作の一つ。
謡曲に「玉取姫」というのがありまして中国の唐の皇帝からもらった玉が日本に来る途中に龍宮に奪われてしまう。
藤原鎌足が海女さんに頼んで取り返すんですが途中で見つかってヒラメやタイやサザエや龍宮の軍勢に追っかけられるという物語なんですね。
波に歌川国芳が憧れていた葛飾北斎の最も有名な大波の表現が見られます。
国芳はこのテーマで何図か描いていますけどこの図柄が最も人気が高いです。
ですから売るなんて言わないで掛けて楽しんだらいかがでしょう?これどういう絵なのかしらって言ったらお話できるのよ今みたいに…。
続いてはミニテニスに夢中になっているどういったもんなんですかこれ…。
これラケットこの長さが短いちょっと軽いんですけども…。
ボールがもっと違いましてこれエア中入ってますんで紙ふうせんみたい。
結構ラリーとかも続く…。
そうですね。
更にシングルスはなくダブルスのみで屋内のバドミントンコートを使うため大人から子供まで誰でも楽しむことができる
最近ちょっとスポーツから遠ざかってましたけどこれを知って非常に手軽に…気軽にできるので今家族全員で行ってます。
お宝は…
60年ほど前祖父が原野を開墾し畑を作っていた際土の中から陶片が出てきたため…
これはもしかしたら…ということで父にこんなの見つかったから2人で掘ってみようと。
翌日仕事を休んだ父と2人で延々と掘り続けるとついにこの瓶子が出てきた
ほんとに出てきたんですか?ほんとに出てきた。
は〜!
その後父が専門書を詳しく調べたところ…
結構前ですよね?
というわけで本人評価額は期待を込めて100万円。
自分は骨董を見る目はまったくないが祖父と父が汗水たらして掘り出したのでどうかいいものであってほしい。
果たしてどうなるのか?
60年ほど前祖父と父が原野を開墾し畑を作っていた際土の中から掘り出したもの。
果たして結果は!?
どうぞジャカジャン!
これはすごい!
いいんですね?150…。
円じゃないの?円じゃないですね。
ここに入ってます。
鎌倉時代の古瀬戸の瓶子に間違いございません。
肩が大きく張ってそして胴のところですっとすぼまっている形ですとか釉薬が融けて流れて緑色の筋を作ってますよね。
線を刻んだだけのシンプルな文様これすべて初期の特徴を示しています。
割れてそれをくっつけてそういうところがございますが出土した場所が特定できるっていうこと。
そういうような史料的価値も含めて評価させていただきました。
続いては合鴨農法で稲作をしているどういう農法なんですかこれは。
合鴨は稲作りの中で田んぼに雑草が生える。
その雑草を食べてくれるしそして虫も食べてくれる。
合鴨はヒナのときから育てるためとても懐いており…
エサを持っていくんだけど僕の車で行くと車の音まで覚えとってくれて…。
しかし稲穂が実り始めるとそれを食べてしまうため他の場所に移し…
かわいそうだけども
お宝は…
30年ほど前骨董好きの父が虎の絵を探していたところ骨董商が聞きつけこれを持ってきた。
その際買うべきかどうか悩んだ父が相談にきたので熱心に勧めた。
なぜなら…
僕は長男ですので跡を相続するには父親が買って持っとればお父さんずっこいですねいろいろと。
で父がいくらで買ったかというと…
75万。
え?75万。
え?もう1回ちょっと…。
実はさっきまでかなり自信があったのだが急に不安になってきた。
というのも…
今度はオチかもわからない。
本人評価額は父が買ったときと同じく75万円。
実はまだ北海道に一度も行ったことがないのでもし高ければ売り払い妻と2人で豪華な旅行を楽しみたい。
果たして結果は!?
どうぞジャカジャン!
よかった!
たいへんいい虎だと思います。
岐阜出身の虎で有名な大橋翠石。
おそらく大正10年くらいの作品ではないかなと思います。
墨で縞を描いてそこに金と黄色で毛描きをしていく。
全体的に黄色っぽいような印象の虎なんですけれどもこれがもう少し年代を経ますと地に赤が入ってくるのでもうちょっと赤い虎になってくる。
やはりなかなか手に入れにくいものでございますのでぜひ大事になさったほうがよろしいのではないかと。
続いては一見コワモテの電車に乗るんですよねベンチシートのほうに。
そうすると前は5人座るんですけど名古屋の地下街を歩くとだいたいぶつかってくるのが多いんですよね。
僕の場合は本当はでもね優しい。
ええもう本当に…。
お宝は…
骨董好きの父がとても大事にしていたものだがどうせガラクタだろうと思い20年前父が他界してからは押し入れにしまいこんでいた。
しかし6年前台湾を旅行し故宮博物院を見学した際…
ほう!
というわけで本人評価額は堂々の500万円
皆さん信じられないかもしれないが見た目と違いとても気が小さいので今も心臓がドキドキバクバク。
果たして結果は!?
どうぞ!ジャカジャン!
う〜ん残念!
1万円を切りましたね。
ということは…。
近現代に作られました中国の青磁の写し。
南宋時代13世紀ですね。
龍泉窯で作られた青磁というのが日本にたくさん渡ってきてるんです。
特にこの首が細くて鳳凰の耳のついた瓶は日本では国宝に指定されているようなものもございます。
それを手本にして写すっていうことは古くから行われてきてるんです。
青磁っていうのは魅力がやはり釉薬なんですけれどもいかにも薄いです。
首の太さ胴の太さ全体に…。
最後は油絵が趣味の10年前に会社を辞めまして。
定年退職。
クビじゃなくてね。
はいはいはいいいですよ。
でこれから人生長いなと思ったもんで何を始めようかなと思ってたら油絵がありましたね。
いざやってみると思いのほか楽しくすっかり夢中になってしまい…
でこういうふうです。
手のほうが…。
しかし嬉しいことに去年100歳を超える老婆と玄孫を描いたこの絵をコンクールに出品したところ…
なんと一番。
一番!はぁ〜!
お宝は…
5年前義父が他界したときのこと遺品整理の手伝いに行くと数々の骨董が遺されており何か欲しいものがあればどうぞと言うのでこれを選んだ。
自分も絵を描いているのでよ〜くわかるが…
すばらしいでしょう。
鋭く…。
そうなんですよね。
足ですね。
なかなか描けませんね。
だから絶対これは偽物じゃないと思いますけどね。
前のあのヒゲの方には申し訳ないけど…。
本人評価額は自分の目を信じ80万円。
これがもしも偽物なら自分の目はただの節穴。
油絵を描く情熱もなくなってしまいそう。
果たして結果は!?
どうぞ!ジャカジャン!
やった〜!
この目とかね。
ヒゲね。
描かれているのが隻履というのは片方の靴ということでございます。
達磨の死後に片方の靴を持った達磨に行き会った人がいて不思議に思って墓を開けてみると片方の靴だけが残っていた。
達磨の像の多くというのは宇宙の真理としてとらえているので半身の達磨が描かれていることが多いんですけれどもこれは人物像としてとらえているというところが竹堂の独特の表現方法だと思います。
後ろに少し墨を引いているところがこの達磨の立ち姿を引き立てております。
筆の鋭さとか色調が静かな感じというのが竹堂らしい。
ぜひ大事になさっていただきたいと思います。
出張鑑定IN八百津はこれにて無事閉幕
続いては広島県広島市から。
早速ご自宅にお伺いすると…。
威勢よく洗濯物を干していらっしゃいました。
次なる依頼人は…
聞けばその干し方にちょっとしたこだわりがあるそうで…
ズボン類は2つ使うことによりまして真ん中に風が入る。
股の部分がよう乾くんですよ。
非常に洗濯時間も早いしふっくら仕上がる。
なるほど…
あっしもうた!いけんわいこりゃ。
え?どうかしましたか?慌てて向かったのは台所
おおよかったよかった焦げとらんわいこりゃ。
作っていたのはカレーでした。
それにしても洗濯に料理と大忙し
現在は幼稚園の教諭をしている娘さんを支えるべく家事全般を担当。
しかし料理の腕が一向に上がらないのが目下の悩みだそうです
わからんからもう。
これからも頑張ってください。
ところで
それは戦前海軍の軍人だった父美太郎さんが遺したもので…
親父は自分が9歳のときに死にましてその親父がいつもこれは戦艦大和のすごいもんやぞと言ってました。
鑑定よろしくお願いします。
果たしてそのお宝とは?スタジオで拝見しましょう!
依頼人の登場です。
広島県からお越しのよろしくお願いします。
どうぞこちらのほうへ。
娘さんのお手伝い。
はいそうです。
いやぁなかなか娘さん激しいヘアスタイルしてましたね。
ええ。
ちょっとやんちゃな。
お父さんもやんちゃっぽいですね。
でもこだわりのある干し方で。
はい。
ズボン干すときはマネさせてもらいます。
さぁ今回ですけども戦艦大和にまつわる…。
はいそうです。
お宝じゃあ拝見しましょう。
こちらです。
ん?何ですかこれ?戦艦大和の長官室にありましたサイドテーブルです。
ここに軍艦大和って書いてあるんですよ。
この裏側…。
ほんとだ。
すげえ!当時の字じゃないかと思うんですよ。
ああ当時に書いた。
このテーブル挟みまして山本五十六長官がおってまた偉い大将がおって歴史のひと場面がここにあるわけですよね。
お父さんは乗ってたんですか?大和に。
ええ一時乗ってたこともあるんですがね。
お父さんは何でこれ手に入れたんですか?買ったものなんです。
えっ売ってたんですかこれ?高く買ったって言ってました?ええそれが原因でおふくろと親父がしょっちゅうケンカしてました。
どんなケンカするんですか?激しいです。
この上にある傷は夫婦ゲンカのときに…。
歴史ありますね。
むちゃくちゃお母さん怒ってるときありましたよこれ。
1回ケンカしておさまらないんですか?なんかのときに最後にはこれに落ち着くんです。
違うことでケンカになっても最終的にはこのサイドテーブルが悪い。
これがあるからうちが貧乏になったんだと…。
戦いましたね。
最新の防御システムを備え不沈艦とうたわれた戦艦大和。
それは日本海軍が世界に誇る最大の戦艦にして最強の切り札であり日露戦争から連綿と続いてきた大艦巨砲主義の象徴でもあった
日本海軍航空部隊はハワイ真珠湾を空襲しアメリカ太平洋艦隊はわずか2時間足らずで壊滅した。
これにより太平洋戦争の火蓋が切って落とされた。
これを受けアメリカは今後の最有力兵器は戦闘機だと深く認識し戦艦から空母へと戦略を転換。
週に1隻という猛烈なスピードで空母の大量生産を始めた。
一方戦艦大和は真珠湾攻撃から8日後に竣工。
その建造費には国家予算の3%にあたる…
現在の3000億円あまりが投じられ国の最高機密として秘密裏に建造された
ミッドウェー海戦では総司令長官山本五十六が乗艦し指揮を執ったが歴史的惨敗を喫してしまう。
その後もレイテ沖など名だたる激戦地に赴いたがすでに戦闘の主役は戦艦から戦闘機へと移行しており期待された戦果をあげることができぬまま港に停泊する日々が続いた
そのため戦況が悪化の一途をたどっていた…
司令部は非情ともいえる作戦を大和に発令する
艦隊を率いる伊藤整一中将は当初この命令に強く反対したが司令部の最後のひと言で出撃を承諾したのであった
戦艦大和出撃。
その際
大和は九州沖で新鋭空母12隻数百の敵機と対峙。
しかしそこに援護機の姿はなく集中砲火を浴び…
犠牲者はおよそ3,000名。
それは日本海軍が味わった最大の悲劇であった
以来70年大和は今なお九州南西沖345mの海底で静かに眠り続けている
改めて依頼品を見てみよう。
戦艦大和の長官公室で用いられていたサイドテーブルである。
材はマホガニーで控えめの優美な装飾が施されており足の裏には…
ご本人の評価額はおいくらくらいでしょうか?戦後70年700万でお願いします。
まいりますオープンザプライス!ちょっと700万は届きませんでしたけども。
これは下を金属で覆ってまして非常に重たくなっております。
この金属もおそらく洋白か白金という合金です。
塩害に強いんですね。
ですから海上で利用するものに使われます。
裏の「長官公室2個ノ内」これはたぶん当時書き込まれたものだと…。
その白い「大和」っていうのは降ろすときにたぶん記念として書かれたものと思われます。
大和のものってほとんど残ってないんですね。
写真図面…。
調度品はときどき出るには出るんですけどもやはりまれなケースでありましてそういう貴重なものが終戦70周年というときにこの番組に出て世にその存在を知らしめるというのが重要なことだと思いますので大事にしていただければと思います。
非常に貴重なお宝です。
大事になさってくださいこれからも。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございましたまた何かあれば遊びにきてください。
「鑑定団」また来週ですさようなら。
2015/11/01(日) 12:54〜14:00
テレビ大阪1
開運!なんでも鑑定団[再]【戦艦大和に乗っていた貴重すぎるお宝!?】[字]

海軍軍人だった父が遺したお宝は、日本が世界に誇る「戦艦大和」にまつわるもの。大きく大和と書いてあるが、本当に戦艦大和に乗っていた物なのか!?驚きの真相とは!?

詳細情報
番組内容1
<海軍軍人だった父が遺したお宝は「戦艦大和」にまつわるすごいお宝だった!?>
お宝は、職業軍人として海軍に所属していた父が遺したもの。それはなんとあの戦艦大和の長官室に乗っていたものだという!
父は常々「これはスゴいもんやぞ」と言っていたが、依頼人が9歳のとき急逝してしまったため、詳しい話を聞くことはできなかった。しかし、度々父と母がこのお宝を巡ってかなり派手な喧嘩をしていた記憶があるので
番組内容2
もしかしたら結構な金額で買ったものなのではないかと思っている。お宝には「軍艦大和」の文字が書かれており、本物だとすればかなり貴重な品に違いない。果たして鑑定やいかに?
出演者
【司会者】
石坂浩二、今田耕司
【アシスタント】
吉田真由子
【ゲスト】
木根尚登
【出張リポーター】
松尾伴内
【ナレーター】
銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)
永井龍之介(「永井画廊」代表取締役)
増田孝(愛知東邦大学教授)
吉村滋男(「ジークフリート」店主)
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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