一本の川を挟んで紅白の梅が咲いています。
尾形光琳はその斬新な装飾と構図で絢爛たる美の世界を築きました。
シンプルなデザインが軽やかなリズムを奏でる独創的な調べ。
その美意識とセンスは日本絵画史上特筆すべき潮流となりました。
最初の一滴は本阿弥光悦の光琳もまたこんな硯箱を作っています。
俵屋宗達が豪快に描いた『風神雷神図屏風』。
光琳はそれもまた描いています。
そう琳派とは時代を超えて受け継がれたたぐいまれなる美の系譜。
その光琳の後を継ぐ者が100年後江戸の街に現れたのです。
雅な世界に粋と酒脱を吹き込み江戸琳派を作り上げた天才絵師です。
今日ご紹介するのは彼の最高傑作なのですが…。
驚くことに尾形光琳の『風神雷神図屏風』の裏に描かれていたのです。
それがこちら。
草がしなだれとうとうと水が流れ風が吹いている。
これはいったい?今日の作品。
縦164センチ横181センチ。
二曲一双の屏風です。
銀地を背景に描かれた夏草と秋草。
もう一度確認しておきますがこの作品は尾形光琳の『風神雷神図屏風』の裏に描かれたものです。
重要文化財保護のため別々に表装されたのは昭和49年のことでした。
では向かって右手の夏草の図から見てまいりましょう。
群生する青薄は一斉に頭を垂れています。
緑青の鮮やかさと葉脈まで描きこむ細密さはお見事。
その薄にツルを絡ませているのは昼顔です。
黄色い小さな花をつけた女郎花。
薄に隠れるように咲いているのは白百合。
草花がどこか寂しげに見えるのは夕立に打たれたからです。
画面右上に描かれた溢れんばかりの水の流れがそれを暗示しています。
夏の日のちょっと胸騒ぎのする情景。
切なさっていうのを美として作品ができた。
やっぱり『夏秋草図屏風』のすばらしさすごさはここに尽きるように思っています。
画面に溢れる切なさ。
それだけでなくこの絵には多くの謎と暗示がちりばめられているのです。
左隻についてはまたのちほど。
本日は琳派シリーズの最終回ということでこんな大胆な企画を立ててみました。
琳派誕生からほぼ400年という現代に大御所4人にご参集願いました。
あれ?1人足りない。
抱一さ〜んって橋爪淳さんだ。
なるほど酒井抱一に変身中でしたか。
トレードマークのヒゲもそっていただいて。
特徴的な頭は特殊メイクで時間をかけて。
お師匠さん皆さんお揃いですよ。
すまんすまん。
ではまいろうか。
すみませんお待たせしまして。
本日はお日柄もよくようこそいらっしゃいました。
僭越ながらこの第1回RIMPAサミットの司会酒井抱一の弟子であります私めが務めさせていただきます。
なお諸事情によりまして本日は現代語でお願いいたします。
なんかこう不思議な感じがしますね。
同じ琳派という流派に属しながら400年?400年目にしてこうしてお会いするというのは。
琳派?光琳派ってこと?めめ…めっそうもない。
なんでも最近できた言葉みたいですよ。
もともとですね宗達・光琳派と呼ばれていたのがいつのまにか省略されちゃったみたいで。
そもそもわしの名前が入ってない。
そういえば…。
皆さんちょっと座り位置がおかしいですね。
時代順に並んでみましょうか。
光悦さんと宗達さんはほぼ同じ時代。
およそ100年後に光琳さんが登場して…。
抱一さんは更に100年後ですね。
つまり100年ごとに琳派ブームが起こっているということですね。
ほう。
なるほど。
師弟関係も面識もないのによく…続きましたよね〜。
たいしたもんだね〜。
では改めまして本日の議題にまいります。
私の師匠酒井抱一の『夏秋草図屏風』について事前に皆様からご質問を頂戴しております。
まずは光琳さんからのご質問。
なんでまた僕の「風神雷神」の裏に描いちゃったの?だそうです。
宗達さんからのご質問。
なんで草花を描いたの?続いて光悦さんから。
なんで金地じゃなくて銀地なんですか?それはねあの…銀地っていうのは…。
なぜ抱一は偉大な先人尾形光琳の絵の裏に描いたのか?「風神雷神図」に対してなぜかよわい草花だったのか。
何よりなぜ銀地を選んだのか?そこに酒井抱一のたぐいまれなセンスとある思いがありました。
表と裏に描かれた対照的な世界に琳派という芸術の究極の絆が秘められていたのです。
それはいったい何か!?「風神雷神図」は琳派の絵師たちによって描き継がれてきた画題です。
はじまりは俵屋宗達。
風神雷神をはみ出すように両端に配置しその隆々とした体には躍動感と力感がみなぎっています。
続いたのが尾形光琳。
雷神の位置を少し下げ両者がにらみ合うように描いています。
明るい色を多用し雨雲を強調することで宗達作品より一層鮮やかさが増しました。
この光琳の『風神雷神図屏風』の裏に描かれたのが今日の作品酒井抱一の『夏秋草図屏風』です。
そこには鬼気迫る迫力も華やかさもありません。
いったいどんな意図が隠されているのでしょうか。
酒井抱一は1761年姫路藩藩主を祖父に持つ名門酒井家の次男として生まれています。
江戸の別邸で育った彼は武士の教養のひとつとして書画を習っていたのです。
20代の頃には狂歌や俳諧の世界で非凡な才能をみせユーモアと機知に富んだ風流人としてその名を馳せていました。
その頃の作品です。
天賦の才があったのか余技として描いたにもかかわらず画面からは気品さえ漂っています。
転機となったのは30歳の時でした。
その息子が酒井家を継いだため抱一はあっさりとこれからは好きな俳句と絵の道にまい進できると。
ちょうどその頃から抱一は急速に尾形光琳の画風に傾倒していくのです。
なぜなのか?今まで身近にあった狩野派風の絵だったり。
あるいは…。
抱一さんにはとても新鮮だったようで。
あなたがどんな絵を描いてきたのかそれがすべて知りたくて。
いやぁお恥ずかしい。
抱一は光琳の画歴を網羅した図録を自ら出版してしまうほど尾形光琳という絵師に時代を超えて心酔していくのです。
問題はなぜ光琳の絵の裏に描いたのかということ。
今日の作品『夏秋草図屏風』に関する書き付けには一橋一位なる人物の依頼で描いたと記されています。
一橋一位とはつまり治済が『風神雷神図屏風』を所蔵しておりその裏に描くことを抱一に依頼したのでしょう。
まさか敬愛してやまない尾形光琳の屏風の裏に自分の絵を描ける日が来ようとは。
こうして誕生したのがでは左隻を見てまいりましょう。
強烈な風に煽られ吹き飛ばされそうに揺れる葛の葉。
ススキの伸びた穂と紅く色づいた蔦の葉が深まる秋を告げています。
その陰でひっそりと身をかがめているのは秋の七草のひとつであるでもずいぶん地味だね。
私陰のある草花に強く惹かれるタチなんですね。
そのようですね。
描かれているのはそれまでの琳派ではあまり取り上げられてこなかった草花ばかりです。
か弱きものへの優しいまなざし。
華やかなものにはないわびさび。
俳諧の世界に親しんだ抱一だからこそ感じられたものの哀れなのかもしれません。
結局なんで「風神雷神」の裏に草花を?実は…こんな仕掛けがありまして。
いったいどんな仕掛けなのか?雷神の裏に描かれているのは夕立にうたれた夏草の図です。
風神の裏には強風にさらされる秋草の図。
そう表絵と裏絵が呼応する仕掛けになっているのです。
天上で雷神が太鼓を打ち鳴らすと地上の夏草たちは雷雨にさらされ地面に水たまりができる。
風神が天空を駆け巡ると強風が大地を吹き抜け秋草たちは翻弄されながらも耐え忍んでいるといった具合に。
天上に君臨する風神と雷神。
対する地上では必死に生きる草花たち。
抱一は表の「風神雷神図」に答えるように対照的な世界を描き出し表裏一体の物語を生み出したのです。
お〜すごいな。
そんな仕掛けがあるとは。
いや恐縮です。
さすが師匠!あとはなぜ銀地を選んだのかじゃな。
そこにも何か仕掛けがあるの?ええまあ。
なぜ抱一は銀地の背景を選んだのか?その理由とは?更にこの小さな花々にも意外なメッセージが。
それはいったい何か?東京墨田区にある向島百花園。
ここでは今日の作品に描かれている草花たちを実際に見ることができます。
白百合が咲いています。
更には…。
江戸時代ここは文人墨客が集まるサロンのような場所でした。
そのなかの1人に酒井抱一もいたのです。
抱一はここで見た情景から着想を得て今日の作品『夏秋草図屏風』を描いたのかもしれません。
ではその想いとは…。
琳派といえば多くの方が金地に描かれた作品を思い浮かべるのではないでしょうか?まぶしいほどのきらめきはみやびであり神々しい世界へといざなってくれます。
でも今日の作品の背景は銀地です。
金地とは打って変わって鈍い光を放ち画面全体に肌を刺すような冷気さえ漂っています。
酒井抱一はなぜ銀地を選んだのか。
そこには…。
この屏風に描かれているのは月の明かりによって照らし出された夜の情景だったのです。
そればかりか…。
ずっと機能してきました。
では誰を追慕しているのか。
もうおわかりですよね?はて?いったい誰に。
まったくわからん。
(泣き声)え〜!
(2人)光琳殿!?左隻にひっそりと咲く藤袴は古くから和歌や俳句の世界では亡き人を想うものの象徴として詠われてきました。
右隻に咲いた女郎花は別名思ひ草と呼ばれています。
つまり『夏秋草図屏風』は敬愛する先人尾形光琳への想いが詰まった作品でもあるのです。
でもあんなふうにひそかにメッセージを込められるとなんだかグッときちゃうな。
江戸の人間はそれを粋だと思ってる節がありまして。
(2人)粋ね…。
酒井抱一は琳派という絢爛たる世界に風流で粋な感覚を持ち込んだのです。
野に咲く小さな草花たちが雄弁に語ります。
ひとつの物語をひとつの想いを。
雨風に打たれながらそれでもなおひたすらの敬愛を込めて。
光悦さんと私から始まった琳派が…。
ここまで進化するとは。
奇跡ですね。
先輩方これでおしまいじゃありませんよ。
(3人)えぇ?本日司会を務めたその男鈴木其一と申します。
実は師匠に倣いまして私も夏秋草図を描いておりまして。
幕末に活躍した鈴木其一は抱一のわびさびをダイナミックに変換して『夏秋渓流図』を描き上げました。
琳派の皆さんお見事です。
今秋の京都ではその作品が一堂に会しています。
光悦がこの硯箱を作ったとき一滴の水が流れ出し宗達という奔放な絵師に受け継がれ光琳という天才によって開花しました。
琳派とは共鳴する美意識のみで継承された美の系譜。
美しい川の流れのように。
光琳が描いた天上の神々の姿です。
その裏で…。
雨が降り風が吹いている。
小さな草花たちが懸命に命をつないでいる。
酒井抱一作『夏秋草図屏風』。
たぐいまれなる美の系譜琳派の命をつないで。
今月2日連続で駆け巡った日本人ノーベル賞受賞のニュース。
その吉報に日本中が沸いていた頃…。
2015/10/31(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち 酒井抱一 重要文化財『夏秋草図屏風』二曲一双に刻まれた美の系譜![字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の作品は、琳派シリーズ第4弾!酒井抱一作『夏秋草図屏風』。
詳細情報
番組内容
誕生400年を迎えた琳派の名品の数々を4週にわたってお送りする第4弾!今日の作品は、江戸琳派を作り上げた天才絵師・酒井抱一の最高傑作『夏秋草図屏風』。驚くことに尾形光琳『風神雷神図屏風』の裏に描かれています。右隻には夏草、左隻には秋草が銀地に描かれ、表とは相反するかよわい草花ばかり。なぜ偉大なる先人の絵の裏に、対照的な世界を描くことになったのか?そこには琳派という芸術の究極の絆が秘められていたのです。
ナレーター
小林薫
蒼井優
音楽
<オープニング&エンディングテーマ>
辻井伸行
ホームページ
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ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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