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異世界転生騒動記 作者:高見 梁川
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第二十三話 セリーナと婚約者騒動  書籍化該当部分6

 キャメロンの宮廷で開かれる祝勝の晩餐会は、まさに勢いに乗るマウリシア王国を象徴するかのような絢爛たるものであった。
 この日は大量の酒と食事が無料で国民にふるまわれたが、その程度の出費をものともしない国力がマウリシアにはある。
 街角の広場には全国から集められた吟遊詩人が、たて琴を手にアントリムの勝利の詩を謡い、紡ぎだされる英雄の叙事詩に民たちは酔った。
 「そんな都合のいい英雄じゃないよ……」
 まるで神がもたらした無謬の使者のような英雄譚に、バルドは気恥しさしか感じなかった。
 あの戦いは敵味方ともに錯誤の連続で、もしも敵が初見でなかったなら間違いなく敗北していた自信がある。
 極端な話、前世知識がなければバルドはただの小領主にすぎないのだ。
 「いいえ、バルド様は間違いなく英雄ですわ」
 妖艶に微笑むアガサは紅いドレスに身を包んでいる。
 重量感ある胸が大きく開いた煽情的なデザインだが、白のフリルがふんだんにあしらわれていて、アガサの小さな身長ともあいまって、むしろ可愛らしさが強調されていた。
 その深い胸の谷間から、未練を断ち切ってバルドは視線を逸らす。
 そんなバルドの葛藤にアガサは女としてのプライドが満たされていくのを感じた。
 「英雄というものは本人ではなく、周囲が勝手によびだすものですわ。本当にそうであったかどうかは問題ではないのです」
 どんなに見苦しくても、本音はずっと誰かに助けを求めていても、ついに勝利をもたらした若者に庶民は英雄の幻を見たのだろう。
 「それにうちらを守ろうとしてくれたバルドは格好よかったでえ? それで十分やろ?」
 「あら、セリーナさんにいいところを持っていかれましたわ」
 そういってアガサとセリーナは顔を見合わせクスクスと笑った。
 このところ女傑気質で気が合うのか、アガサとセリーナはとみに仲が良くなっていた。
 嫁同士の仲が良いのはいいことだが、この二人に手を組まれると恐ろしい未来しか浮かばないな、とバルドは思う。
 その点、セイルーンは自分以外になんの力ももたない少女であるから、影響は少ない。
 もっともバルドの過去を知りつくしているので、彼女を怒らせると別な意味で面倒ではあるが。

 「バルド・アントリム・コルネリアスだ。連れは婚約者が二人」
 「陛下より御情を賜っております。どうぞお通りを」
 城門の衛士に顔を見せると、緊張した面持ちで最敬礼をされた。
 どうやら英雄の噂は街だけではなく王宮にまで広まっているらしい。
 これはウェルキンあたりがしたり顔でいじり倒すだろうと、バルドは頭を抱えたくなった。
 城門から右手に入ると、そこは馬車を預ける広場になっており、すでに何十台もの馬車が列をなしている。
 そこに見知った顔を見つけ、バルドは表情を輝かせた。
 「ホセ殿、ロドリゲス殿! お久しぶりです!」
 「やあ、バルド殿。過日は世話になったね」
 にこやかに喜びをあらわにするホセとは対照的に、ロドリゲスはいかにもしまった、とでもいうように右手で顔を覆っている。
 「どうかしましたか?」
 「すまん、バルド殿。フランコ殿下とテレサ殿下から、くれぐれもすまないと伝えてくれ、と」
 「はいっ?」
 それはどういうことか尋ねようとしたそのときである。
 「バルド! 会いたかったぜ!」
 「なあっ? ウラカ!」
 一瞬の隙をつかれ、背後からウラカに抱きつかれたバルドは慌てた。
 ここはサンファンではなく、すぐそこにはセリーナとアガサがいるのだ。
 案の定、恐る恐る振り返った先ではセリーナとアガサの瞳が午前二時五十分ほどに釣りあがっていた。
 「言いわけがあるなら聞こか?」
 「どっちにしても許しませんが」
 「いや、そこは許そうよ!」
 そんなバルドの困惑をよそに、ウラカはバルドの腕をその豊かな胸に抱えこむ。
 セリーナもアガサも十分巨乳といえるが、ウラカの長身と鍛え上げられた張りのある巨乳には及ばない。
 大柄な分、肉厚と張りが半端ないのだ。
 お互いの戦力を読みあい、ウラカとセリーナたちはバルドを挟んで睨みあった。
 しかし、その拮抗はほんのわずかな時間であった。
 不敵に嗤うウラカはバルドの腕を解放して、傲然と胸を反らした。
 「――――晩餐会の準備もあるし、ここは引いとくよ」
 「えっ?」
 予想外のウラカの物分かりのよさに、バルドばかりかロドリゲスまでもが驚きの声をあげた。
 「何? 私そんなにわがままな女に見える?」
 (呼ばれてもいないのにマウリシアまでついてきて、わがままじゃないというのか?)
 ロドリゲスは危うく突っ込みそうになるのをかろうじて呑みこんだ。
 実のところ、ウラカ自身も自分の気持ちの淡白さに驚いている。
 (バルド――――少し変わった?)
 祖父に対する偏愛からジジコンとなったウラカは、バルドの変化を本能的に察していたのかもしれない。
 アントリムの戦争が終わってから、左内は一度も目覚めようとはしなくなっていた。
 あるいはそのうち戦好きの血が騒いで目覚めるかもしれないが、ここに自分の戦場はないということを本当の意味で自覚した以上、左内とウラカが出会う可能性は低いだろう。
 とはいえ、左内の知識と経験は確かにバルドに受け継がれている。
 もちろんその程度でウラカのバルドに対する興味が失われるはずもなかった。
 「ああ、バルド殿、卿がいっていた貝らしいものを見つけたから、折りを見てサンファンに来てほしいね」
 「――――そうですか。それは早いうちに伺いたいですね」
 「フランコ殿下も非常に興味を示しておられる――バルド殿が我が国の臣でないことが残念でならないよ」
 バルドがフランコを通してホセに依頼していたものは、白蝶貝である。
 日本では一般にアコヤ貝が使われているが、大きさも大きく成長が早い白蝶貝はオーストラリアなどで使用される真珠養殖用の貝だ。
 要するに、バルドは真珠の養殖を提案したのである。
 真珠は現代日本でも人気の宝石であるが、ダイヤやルビーと違い、時間の経過とともに酸化して退色するという特徴がある。
 すなわち、買い換えという需要があるところが非常に魅力的であった。
 もしも養殖が順調に成功するならば、それは小国の国家予算なみの市場規模になるであろう。
 フランコが期待をかけるのも当然のことである。
 下手をすれば国家戦略にすら影響を与えかねない話であった。
 「羅針盤装備の外洋船も南洋に試験航海を始めてるよ。もう少し若ければ私も行きたかったね」
 「いくらなんでも軍務卿は無理でしょう」
 「これでも根は船乗りだから、おかで書類に囲まれるのは苦痛だよ」
 からからとホセは明るく笑った。
 「卿は部下に押しつけて逃げてばかりだと聞いたが」
 ロドリゲスは馬車のなかで見捨てられた意趣返しとばかりに、ホセをなじるが当の本人は一向に堪えた様子はない。
 「せっかく出世したのですから、その程度のことは許してください」
 今では逃げのホセなどという不名誉な渾名をつけられているが、部下たちは彼がいざという時にどれだけ頼りになるかよく知っている。
 これはこれでホセなりの統率の仕方なのかもしれない。

 「これはこれは、英雄のおでましか」
 いささか棘のある声で一人の青年が現れたのはそのときであった。
 「お初にお目にかかる。オーガスト・リッチモンドだ。お見知りおき願いたい」
 「――バルド・アントリム・コルネリアスです。こちらこそ」
 あまり友好的ではない雰囲気を感じて、バルドは内心でオーガストに対する警戒を強めた。
 戦役が終わり、擦りよってくるものも多いが、敵意を抱くものも多いことは十分よく承知していた。
 「卿の勝利には感嘆の念を禁じ得ないよ。まさに物語の勇者のごとき壮挙というべきかな」
 「私一人にできることなどたかがしれておりますよ」
 我が意を得たり、とばかりにオーガストは口元を釣り上げて手を打った。
 「英雄にして驚くべきご卓見。そのとおり、英雄といえど一人の人間であり、一人のできることには自ずと限界がある」
 英雄が果断な決断をくだし、劇的に世界が変わるような事態がそれほどあってはたまらない。
 日常では英雄は不要であり、日々の業務を黙々とこなす組織力こそが国を動かしていく原動力となるのである。
 すなわち、マウリシアのこれからを運営していくのはオーガストたち官僚貴族であるべきなのだった。
 「賢明な卿のことだ。自らの身の処し方はわかっているだろう?」
 身に過ぎた栄誉は辞退せよ、と言葉にはしないが、オーガストが要求しているのは明らかであった。
 オーガストが探りたいのはバルドの野心である。
 あれほどの功績をあげた人間が本気で野望をたくましくすれば、いくらでも高みを目指すことができるだろう。
 しかし辺境の田舎領主は、えてして権力闘争に満ちた宮廷を敬遠するものだ。
 彼らは宮廷での複雑な権力闘争に、田舎の素人は決して対抗できないことを知っている。
 バルドが若さゆえに自分の力を過信していなければ、栄達を辞退する可能性は十分にあった。
 「――要するにあれか? バルドが出世するのが気に入らないわけだな?」
 突然口を挟んだウラカのあまりにも身も蓋もない言い様に、オーガストは耳を疑った。
 そして次の瞬間には身を焼くような怒りがオーガストの脳を支配していた。
 ウラカの言葉は端的に一番触れてほしくない急所を捉えていた。
 「リッチモンド家嫡子たる私を愚弄するかっ!」
 しかしマウリシア王国に冠たる十大貴族のリッチモンド公爵家も、海を住処とするマジョルカ王国のウラカにとっては何ら気にすべき存在ではない。
 「悪いが聞いたこともないな。そんなことより信賞必罰は国家の依って立つところだぞ? まして貴様が恣意的に動かそうとするのは増長も甚だしかろう?」
 「……言わせておけば……!」
 危うくオーガストがウラカに掴みかかろうとするのを、バルドはあっさり彼の肩口を抑えこむことで止めた。
 万が一にもオーガストに勝ち目がないことはわかっていたが、ここでウラカに暴力をふるわせることもためらわれたのである。
 別にオーガストの身を心配したわけではない。
 「無礼にもほどがあるぞ! バルド卿もただで済むとは思わぬことだ!」
 「根本的な部分で誤解があるようだが、ただで済まぬのは貴殿のほうでしょう」
 やれやれと呆れたように頭を掻きながらホセは嗤った。
 しかしその瞳には軽い怒りと、軽蔑がある。
 「――なんだと?」
 「申し遅れたが私はホセ・リベリアーノ。サンファン王国で軍務卿を務めさせてもらっている。彼女はマジョルカ王国の海軍卿のウラカ・デ・パルマだ。マルマラ海で彼女の名を知らぬものは一人もいないよ。まあ、卿は知らぬようだが」
 「サ、サンファン王国の――――!」
 オーガストは雷に撃たれたようにビクリと震えて絶句した。
 まさかバルドと気安く談笑している人物が他国の国賓だとは思わなかったのだ。
 マウリシア国内では大概の無理がきくリッチモンド公爵家も、その権威はサンファン王国には及ばない。
 外交問題にでも発展すればリッチモンド公爵家の失脚すらありえた。
 機会さえあれば足を引っ張られるのは、リッチモンド公爵家といえど例外ではなかった。
 「こ、これは知らずにご無礼を……。何とぞご容赦を賜りますよう!」
 冷たい汗がオーガストの背中をぐっしょりと濡らした。
 今回の戦役でサンファン王国には国土を横断させてもらい、補給の支援を受けた借りがある。
 ホセがそれを盾にウェルキンにオーガストの処分を求めれば、国王もこれを拒むことは難しいであろう。
 国内ではそれなりに顔の広いオーガストであるが、他国にはほとんど面識がない。
 名門官僚貴族オーガストのそれが限界であった。
 「ホセ殿、オーガスト殿は我が国の重鎮たるリッチモンド公爵家の嫡男。私からもどうかお慈悲のほどを」
 「ほかならぬバルド殿のお言葉であれば」
 オーガストはここぞとばかりに深々とホセに頭を下げた。
 ホセが気が変わったりする前に、ここで手打ちを終わらせておかなくてはならなかった。
 「ご寛恕に心より感謝申し上げます! 私の力が必要ならいつなりとお声をおかけください」
 そんなオーガストの心理をホセは手に取るように理解していた。
 「では私の代わりにバルド殿の力になってやってください。それでお互いに遺恨なしということで」
 人畜無害そうな邪気のないホセの笑みに、オーガストは内心で唾を吐きかけたい思いであった。
 貴族社会でこうした貸し借りは馬鹿にできない重みがあるのである。
 ホセが意図してバルドに対する借りを作らせたことをオーガストは正確に洞察していた。
 しかしこれを拒否するという選択肢はない。
 断腸の思いでオーガストはバルドに向かって頭を下げた。
 「卿のおかげで大事にならずに済んだ。リッチモンド家の名に懸けてこの借りは忘れぬ」

 その場を離れたオーガストではあるが、憤懣やるかたなく肩で息をしていると、同輩であるエイブラム・アッバス・ヘイドリアンが怪訝そうに声をかけた。
 「どうした? らしくもない」
 オーガストは本来、感情を表に出さない性質の男である。
 そうした佇まいが、大貴族の誇りであると考えている節がオーガストにはあった。
 少々意地の悪い部分があるにしろ、機嫌の悪さを他人の前で露わにするような男ではない。
 「エイブラムか……恥ずかしいところを見せたな」
 決まり悪そうにオーガストは頭を掻いた。
 流れるような光沢のある金髪が陽光を浴びて煌めく様は、絵になる光景で通りすがりの娘たちが興味深そうに振り返っていく。
 「別に構わないが……何があった?」
 「アントリム子爵に釘を刺そうとしたらサンファン王国の賓客を怒らせてしまってな。まったく俺らしくもない不手際だった」
 バルドが予想以上に取るに足らない小僧に見えたことも油断の一因であろう。
 功績はどうあれ、バルドが経験の少ない辺境出身の領主貴族であることは動かしようのない事実なのだ。
 いつものオーガストであれば、少なくともホセやロドリゲスの前で舌戦を挑むのは控えたはずである。
 「サンファン王国だと? くそっ、どいつもこいつもあんな小僧がなんだというのだ?」
 エイブラムが苦々しそうに吐き捨てるのに、オーガストは違和感を覚えた。
 「お前のほうでも何かあったのか?」
 「俺の妹がベアトリス様と親しくしていた縁で、アントリム子爵との面会の仲介を頼まれた。俺は外交官僚ではないんだが」
 「ノルトランド帝国も興味を示しているというのか……」
 面倒な話になったと二人は思う。
 国王と外務卿をのぞき、彼ら貴族の国外との接点といえば駐在大使ぐらいしかない。
 もちろん中には国外への外遊を楽しむものもいるが、そのほとんどは役職のない者たちであって、現役の高級官僚である彼らが国外と没交渉なのはむしろ当然のことなのであった。
 どうにも対応を判断しかねるサンファン王国とノルトランド帝国の介入に、二人は密かに頭を抱えた。
 名家に生まれ、いまや官僚組織の中枢にのぼりつめようとしている彼らにも、力の及ばぬ存在があるのだということを、改めて認識させられたのである。
 「ようやく駅舎制度の認可を得て、これから領主貴族に対する統制も進むところだというのに」
 「頼りにならぬ領主貴族の兵力をあてにしなくていいよう、包括的な課税についても試案はできているのだがな」
 これからマウリシア王国を中央集権国家として再編していくプランが二人にはある。
 そうした意味でも、やはりバルドは危険な存在であった。
 「これ以上奴に権力をもたせるのは危険だ」
 「ようやく動き出した我々選良エリートの行政を後退させるわけにはいかんからな」
 経済の活性化と国王の権力の増大は、彼ら官僚の権限の増大をもたらしている。
 今さら英雄などいらないというのが本音であった。
 「レイチェル殿下はどうだ?」
 「口説いてはいるがおもわしくない」
 「宮廷の寵児が落とせないとは、噂は本物というわけか?」
 「感触としてはそれが正確だな」
 オーガストとしては不本意なのだが、レイチェルとバルドを結婚させるのは是が非でも阻止しなくてはならなくなった。
 残念なことにエイブラムはすでに結婚してしまったおり、オーガストの代わりにはなりえないのである。
 どうやらレイチェルが本気でバルドに惹かれているらしい、と感じられるだけにオーガストの苦悩は深かった。
 「いっそ媚薬でも使ってモノにしてしまえれば楽なのだが、な」
 もとより妻に愛情など求めていないオーガストは残念そうに舌を打った。
 現代日本でもそうであるが、官僚として優秀であることと、人格態度や政治的識見はまったく別のカテゴリーに属する。
 極端なことをいえば、官僚の能力とは書類に代表される決めごとを遵守させること、そして必要なものを必要な時に用意する調整能力、そして正確な計数把握があればこと足りる。
 そこに人に好かれる人格態度などは全く求められていないため、往々にして部下たちに嫌われまくっている人間が出世してしまうというのが官僚特有の現象で、これが政治家ならあり得ない話であろう。
 有名なところでは安土桃山時代を代表する官僚、石田三成などもその能力を評価されながら非常に不人気であった人物である。
 もし彼が福島正則ほどに、あるいは蒲生氏郷ほどに人望ある人物であったならば関ヶ原の戦いは全く違ったものになったはずだ。
 近年では再評価され、清廉潔白な人柄を慕う者も多かったとされるが、敵が多すぎる人物であったことは間違いない。
 しかしその三成を上回る空気の読めない官僚もいた。
 三成と同じ五奉行のひとり、長束正家である。
 小田原の北条征伐において、彼はほとんどひとりで数十万人の兵站を捌ききり、秀吉をして前漢の宰相蕭何に比肩すると言わしめた。
 その膨大な処理能力は空前絶後であり、おそらく近代の参謀組織が完成するまで、彼以上の兵站能力を持つものは遂に現れなかった。
 官僚としては十分以上に優秀であった石田三成や大谷吉継ですら、彼の処理能力には追いつくことができなかったのだからその恐ろしさがわかろうというものだ。
 ところがこの正家、優秀な人間にありがちなことに空気を読まない男で、「治部殿(三成)も刑部殿(吉継)も他にもお役目をあろうゆえ、ここは其それがしにお任せあれ (意訳 俺一人で十分だから! ていうかおめーの席ねえから!)」とぬけぬけと言い放ったという。
 国内政治の勢力図も、権力闘争の駆け引きも、一切自分の官僚としての職務には考慮しない男で、ゆえあれば秀吉だろうと家康だろうと関係なく喧嘩を売った。
 戦国史上でも特筆に値する官僚ではあったが、まあ、いろいろと残念な男であった。
 要するに、オーガストもエイブラムも官僚としてはそれなりに優秀な男で、国内行政においての影響力は馬鹿にできぬ勢力なのである。
 「いずれにしろ今回の戦役で活躍の場のなかった貴族の抱きこみを急ごう」
 「俺は父上とともに宰相閣下を説得してみる」
 国王の独裁ではなく、官僚による法と秩序によって中央集権化を進めたい。
 そして地位を世襲化することによって、さらに十大貴族の権限を強化していくのだ。
 そうした意味で、彼らは間違いなく宮廷を跋扈する権力の亡者、悪しき貴族の末裔であった。


 オーガストとバルドの一件を配下の者から聞かされたウェルキンは、不機嫌そうに眉を跳ね上げた。
 しかし、その後ホセにオーガストがやりこめられたことを聞いて、溜飲を下げたように息を吐く。
 信賞必罰は国家の拠って立つところであり、また褒美をバルドに辞退されるようなことがあればウェルキンの面子はまるつぶれである。
 その程度の配慮ができないオーガストとも思えないが、知っていながらやっているとすれば、それはそれで問題であった。
 ウェルキンは再び傀儡の王に戻るつもりなど欠片もないからだ。
 だからハウレリアに勝利したこの機会を利用し、王家に忠実な貴族を取り立て、批判的な貴族の力を削ぐ。
 そしていずれは官僚機構と法の整備を進め、圧倒的な行政能力によって貴族を国家体制のなかに消化するつもりでいた。
 事実王宮と領主貴族の行政能力は、すでに到底追いつけないほどに隔絶しつつあった。
 とはいえその結果肥大化した官僚組織に国を乗っ取られては目も当てられない。
 とかく責任の所在があいまいになりがちな官僚組織は、しっかり手綱を握っておかないと何を引き起こすかわかったものではないからである。
 「おい、ハロルド。連中の管理はお前の責任だろうが!」
 「彼らはこと職務に関しては忠実ですからね。思想が危険だというだけでは処罰もできませんし……」
 どうして次から次と問題ばかりもちあがるのだろう。
 せっかくハウレリアに勝利して、マウリシア王国の未来はこれからだというのに。
 「少なくとも各国の使者もわからないようでは、私の後継とするわけにはいかないのですけれどねえ」
 苦笑いとともにハロルドは頭を掻いた。
 ハロルドはまだまだ若いとはいえ、いつか宰相の座を譲り渡さなければならない時が来る。
 現状もっとも有力な宰相の候補というと、バルドが頭一つ二つ抜けているというのがハロルドの見立てであった。
 行政の長として、オーガストたちはハロルドを同じ仲間に考えている節が見受けられるが、そんな単純な派閥ゲームで務められるほど宰相の地位は甘くないのである。
 「各国の重鎮と触れ合って、少しは己の器を知ってくれればいいのですが」
 「触れ合うだけではだめだな。がつん、と身体に覚えこませんと」
 「……なんだかとても陛下の身体を折檻したくなってきましたよ」
 「お、俺が悪かった! そんな目で見るな! 気持ち悪いっ!」
 ゾクリと凍てつくような身の危険を感じて、ウェルキンは慌ててブルブルと首を振った。
 「がつん、と身体に覚えこませないといけないのでしょう?」
 「俺とあの連中をいっしょにするなっ!」
 普段からハロルドには無茶ぶりをしている自覚があるだけに、さすがのウェルキンも歯切れが悪い。
 「こういってはなんだが、アンサラーやノルトランドの君主より俺のほうが何倍もましなはずだぞ」
 「その点についてだけは同意しますよ」
 オーガストたちはマウリシアの風通しのいい空気しか知らないが、王権の強い他国の臣下は非常に仕えるには難しい思いをしているのだ。
 この祝勝会が、一種のカルチャーショックを彼らに与えることをウェルキンたちは期待していたのだった。


 ひと際豪奢な馬車がキャメロンの城門をくぐりぬけた。
 ふんだんに金と銀が使われ、職人がその腕の全てを駆使したと思しき凝った象嵌は、見る者が見れば目が飛び出るほどの贅を尽くした細工であることがわかっただろう。
 大きくあしらわれた太陽と金獅子の紋章は、彼らがアンサラー王国の人間であることを告げていた。
 「数年前に私が訪れたときより遥かに発展しておるようですな」
 「……まるで過日のマルベリーを見るようです。うらやましいかぎりで」
 窓から王都の喧騒を眺めていた二人の男は、にこやかな表情とは裏腹に、目だけは油断なく周囲の情報を探っている。
 いささか薄く頭頂部が禿げあがった壮年の男は難しそうに腕を組んだ。
 「ハウレリアとの戦いでほとんど国力を消耗しなかったせいもあるでしょうが……よほどの経済力がないとあの街並みは……ハウレリアからの防衛に向けられていたこの力がどこに向かうか、まこと由々しき問題です」
 マウリシアの仮想敵国は長年ハウレリア王国であり、軍事力もその警戒に当てられてきた。
 その圧力が消失した以上、今度はトリストヴィー公国に軍事力を傾けるのではないか。
 男はそう言っているのであった。
 「マラート宰相閣下のおっしゃるとおりです。我が国の存続のために協力いただいたこと決して忘れはしません」
 「お気にめさるな。殿下が一刻も早く国王となるため、我々も助力は惜しみませぬ」
 アンサラー王国宰相マラート・アントノフは好々爺然とした邪気のない笑みを浮かべた。
 目の前の若者はマウリシア王国の出鼻をくじくべく連れてきた隠し札である。
 ウェルキンは確かに油断の出来ない古だぬきではあるが、どうして自分も化かしあいではひけをとらない。
 こうした駆け引きでは、心理的衝撃を与えたほうが有利に交渉を運べるのだ。
 ふてぶてしいマラートの態度に勇気づけられたように、若者は落ち着きを取り戻した。
 「――――楽しみですな。あのマウリシア国王があわてふためく様が」

 「それで英雄殿との会見の段取りはついたのか?」
 グスタフは馬車に揺られながら、キャメロンに駐在する外交官であるエッカルトに悠然と語りかけた。
 「この式典の主役ですので単独の会見をねじ込むことは難しく……レイチェル殿下、マーガレット殿下といっしょということに」
 「気にするな。ベアトリスもちょうど妹に会えてうれしかろう」
 そう言って笑うと、グスタフは油断なく周囲を警戒するエルンストに向かって身を乗り出した。
 「エルンスト、お前もついてこい」
 パーティーに出席するとなると武装は解除され、礼服を身に纏わなければならない。
 武装を解かれるのは不本意ではあるが、主君の安全を守らなければならないエルンストに否やはない。
 顔色ひとつ変えずにエルンストは頷く。
 「仰せのままに」
 「ふふ……ベアトリスがお前を貴公子のように飾り立てるのを楽しみにしていたぞ! んっ?」
 訝しげにグスタフは隣を通り過ぎる一台の馬車に視線を送った。
 そこにいるはずのない顔が乗っていた気がしたのである。
 ――――もし彼が自分の知る人物であれば、いったいなぜアンサラー王国の馬車に同乗していたのだろうか?
 「どうかなさいましたか? 殿下」
 はたしてアンサラー王国の狙いはなんだ?
 グスタフは幾通りかの想定を脳裏に描いたが、どう考えても厄介なことになりそうである。
 事と次第によっては、ハウレリアとの戦役が終わったのもつかの間、新たな戦乱が発生する可能性すらあった。
 「まさかトリストヴィー公国公太子ベルナルディとアンサラー王国が手を組もうとは、な」
 絢爛たる会場には、マウリシアの内外から集められた珍味や美酒が、所狭しと並べられ、彩りを添える花々はどれも極彩色の鮮やかさと芳香に満ちていた。
 贅沢趣味ということなかれ、これ一事をもってしてもマウリシアが手にした国力が見て取れるのである。
 サンファン王国がもつ南洋航路でしか手に入らない果物、そしてアンサラー王国の特産品である豪華な花々。
 いずれも資金と、人脈と輸送手段に贅を尽くさなければならないものばかり。
 参加した各国の要人もここぞとばかりに自国の富を見せつけている。
 いわば国をあげた自慢大会の様相を呈している感があった。
 「これだけの出物は久しぶりに見るわね……」
 薔薇水に蜂蜜を加えた飲み物をグラスにとって、ベアトリスは興味深そうに会場を眺めた。
 もしかすると自分の結婚式を超える贅沢さであるかもしれない。
 それほどマウリシア王国にとってハウレリア王国との長年の緊張関係は、大きな負担であったと言えるだろう。
 ベアトリスが一瞥しただけでも、ノルトランド帝国やサンファン王国のみならず、アンサラー王国はもちろん、モルネア王国やケネストラード王国も参加しているようだ。
 得意満面の父ウェルキンを想像して、ベアトリスは思わずうんざりする思いに捉われた。
 娘であっても、あの父のはた迷惑な無茶ぶりにはひどく神経を削られてきたのである。
 宰相のハロルドは、よくもあの父を相手に長年補佐できるものだと感心せざるを得ない。
 「バルド・アントリム・コルネリアス殿から献上品でございます。皆様道をお開けください!」
 侍従たちが美声を張りあげ、大きな箱をもって現れた。
 今さらなんだろう、とベアトリスは首をかしげる。
 各国の要人が一堂に会したこのタイミングでの献上は、それがよほどインパクトのあるものでないかぎりむしろ失笑を買うことになるであろう。
 この場には目を剥くような高価な品々が所狭しと並んでいるのだから。
 「おおっ! 待ちかねたぞ。余の前に早くもって参れ。列席の方々もよろしければ是非ご覧あれ!」
 「ほう、最初から用意された趣向らしい」
 楽しげにグスタフが笑う。
 グスタフもベアトリス同様、この場に献上品を開陳するのは不利であると考えている。
 ましてこういってはなんだが、たかが子爵の用意できるものは、国家を代表する人間からすれば限られているのが普通である。
 しかしあらゆる意味で、バルド・アントリム・コルネリアスは普通というカテゴリーに属する人間ではない。
 案の定というべきだろうか。
 「よし、開くがよい」
 ウェルキンの命によって、直径二メートルを超えようという大きな箱の蓋が開けられた。
 そして順次箱の平面がパタリパタリと倒れ、その隠された中身が明らかとなった。
 「……キャメロン城か?」
 二メートル四方の巨大なジオラマのようなキャメロン城が露わとなる。
 非常に精緻な造りで、まるで本物のように、見るものを圧倒する迫力に満ちた力作であった。
 白一色という点が派手さを損なっているが、それが逆に気品を与えているようにも思える。
 とはいえ――――
 「…………確かに見事だが、それだけか?」
 グスタフの感想はその場にいた各国要人の共有するところであった。
 これが黄金でできていたり、宝石で装飾されていれば、それが俗っぽい印象を与えるのはさておき、観衆は驚いたであろう。
 アントリムの巨大な財力を披露する機会となったかもしれない。
 だが、この小奇麗な城では期待していた観衆も興ざめというものである。
 はたして歴戦の古だぬきたるウェルキンが、自らそんなものを薦めるであろうか。
 グスタフとベアトリスは他国の人間よりはウェルキンの性格を知悉しているが、断じてそんな可愛らしい性格をしているはずがなかった。
 「十分に目で楽しんだら今度は舌で楽しむとよい。城は砂糖で、土台はケーキでできているゆえ」
 「こ、これが砂糖?」
 どよめきが会場全体に広まるまでそれほどの時間はかからなかった。
 まさにウェルキンの企みどおり、サプライズを与えることに成功したのである。
 各国の招待された要人はおろか、十大貴族をはじめとするマウリシアの貴族たちもあんぐりと口を開けて呆けているのを、ウェルキンは満足そうに眺めた。
 真っ白な砂糖で作られることが多いパスティヤージュは、古来からあった製菓技術のひとつであるが、細工菓子ピエスモンテでは王道中の王道である。
 船や建造物をモチーフにした現在のパスティヤージュの原型は、およそ十六世紀にイタリアで発展した。
 以来、製菓技術においてパスティヤージュは常にその頂点に君臨し続けている。
 織田信長が口にしたこんぺいとうなどは、その製糖技術の賜物である。
 これまで食材の美観を整えることはあっても、食材そのものを美術品として使用する文化がなかったのだから、彼らの驚きも推して知るべし。
 しかも上流階級の貴重品である砂糖が大量使用されていることも、十分に驚嘆に値する話であった。
 「なるほど、まさに思考の枠組みが違う」
 グスタフはバルドの異形さを、そう正しく洞察した。
 おそらく同じことをやろうとすれば、ノルトランド帝国でもできるであろう。
 しかし同じことを発想することは難しい。
 この思考の差異こそが、バルドをしてハウレリア王国を敗北せしめた一番の秘密に違いなかった。
 そして衝撃からまだ心が立ち直っていないところを見計らったかのように、会場の扉が開かれバルドがマティスやアルフォードとともに入場した。

 「はるばるお越し頂いた方々にご紹介したい。彼らこそが我が国を勝利に導いた戦役の英雄たちである!」


 会場の視線が自分一点に集中するのをバルドは感じとって、内心で嘆息した。
 一介の子爵にすぎない身ではこれほどの注目を浴びるのは、どうにも場違いな気がしたのである。
 「下を向くな。今日の主役は貴様なのだぞ!」
 憂鬱な気分に思わず視線が落ちかけたのを、小声でアルフォードが叱責した。
 バルドを英雄として大々的に称揚するのは、ウェルキンの国家戦略の柱ですらある。
 こんなところで水をつけるわけにはいかないのだ。
 目線だけでアルフォードに謝意を示しつつ、バルドはウェルキンの前へと進み出た。
 「よく参ったアントリム子爵、卿が数十倍の敵を相手にこの国を守り抜いたこと、まさに貴族の誉である。卿なくば戦役はいまだ去らず、我が国はさらなる人命と経済の損失を招いたであろう。卿を臣下にもてたことを誇りに思うぞ」
 「身に余るお言葉にございます」
 大仰にウェルキンはバルドの肩を抱いてその背中を優しく叩いた。
 頭を下げることのできない国王の感謝の表現としては最上級のものであろう。
 「卿の功績を称え、フォルカーク、ブラットフォード、旧サヴォア伯領を加え辺境伯に陞爵する。謹んでこれを拝命せよ」
 「御意」
 「マティス、卿にボーフォート公の旧領半分を与え伯爵に陞爵する。今後も王国の盾として期待しておるぞ?」
 「もったいないお言葉!」
 辺境のブラットフォードに比べ、ボーフォート公領は肥沃で収穫の多い土地柄である。
 もはやマティスは辺境の小貴族ではなく、歴とした大貴族の仲間入りを果たしたと言っていい。

 「――――陛下、まことに恐縮ながら言葉を差し挟むことをお許し願えますでしょうか?」
 晴れがましい席の空気も読まずに口を挟んだのは誰あろう十大貴族のひとり、リッチモンド公アドルフであった。
 彼としても、こんな場所で余計なことを言いたくはないのだが、ここで口を挟まなければ国王の言葉は既成事実として容認されてしまう。
 彼の政治的立場として、それを見過ぎすことはできなかったのである。
 「臣もアントリム子爵の武功は古今にも比類ないものと拝察しております。しかしながらもはや平和となったハウレリア王国との国境に辺境伯が必要にございましょうか? 陛下におかれては何とぞご賢察を賜りますよう……」
 現在マウリシア王国には辺境伯はアンサラー王国、ノルトランド帝国と領地を接するエイムズ辺境伯エリオットしかいない。
 辺境伯という地位は侯爵に相当する位階であるが、その権限には大きな違いがあった。
 もともと敵国との国境を統括する軍事指揮官を兼ねる在地領主、というのが辺境伯の始まりである。
 ゆえに彼らには軍事における独断専行権が与えられていた。
 いちいち王宮の指示を待っていては緊張する国境の防備の対応が遅れるからである。
 また軍事行動に伴う臨時徴税権など、その権限は地方領主としては破格なもので、ある種ひとつの国内国家に近い。
 官僚貴族のトップとして、リッチモンド公が認められないのも当然であった。
 だからといって侯爵に陞爵して十大貴族に仲間入りというのも業腹だが、それでも辺境伯になられるよりはよい。
 この先領地貴族の既得権益を削減しようというアドルフの政策の上、辺境伯などという治外法権が認められては困る。
 「では公は何をもってこの未曽有の功績に報いよというのか?」
 ウェルキンの口調には、からかうような楽しむような色が感じられた。
 どうやら最初からここで自分が口を挟むのを予期していたような口ぶりに、アドルフはこめかみに青筋が走るのを抑えることができなかった。
 実際バルドの成し遂げた勝利は常識外のものであって、それに報いるにはある程度前例や慣例を無視する必要があった。
 もう戦役も終わったことだし、こんな小僧には領地を与えればそれで十分ではないか、とアドルフは思うのだが、この祝勝会の会場でそれを言い出すのはあまりに吝嗇けちに思われるというものであろう。
 迂闊な言葉でリッチモンド家の名誉を傷つけるわけにもいかず、アドルフは言い淀んだ。
 クスリと底意地の悪い笑みを浮かべてホセが発言したのはそのときであった。
 「バルド卿の神算鬼謀は数万の軍に勝る。もしもバルド卿がサンファン王国に来ていただけるなら我が国は卿に侯爵の位階と陸軍卿の地位をお約束しますよ。もちろん、いずれ私の軍務卿もお譲りするという保障つきで」
 ホセの発言も前代未聞であった。
 同盟国とはいえ、他国の要人が公衆の面前で堂々とヘッドハンティングをやらかしたのである。
 しかも性質の悪いことにホセ自身は完全に本気であった。
 わずらわしい軍務卿の地位をバルドに押しつける気満々だったのだ。
 もちろんウェルキンがバルドを手放さないことはわかりきったことであったが。
 「ホセ殿、抜け駆けはよくないな。我がノルトランド帝国なら宰相補佐を用意するぞ。私が即位の暁には宰相の座を約束しよう」
 いささか悪のり気味にグスタフもこの勧誘競争に参加した。
 ずいぶんと景気のいい口約束だが、グスタフはバルドの思考の差異にはそれだけの価値があると思っている。
 冗談でないのはアドルフであった。
 明らかにホセやグスタフの発言は、バルドの芽を摘もうとした自分に対するものであったからである。
 要するにマウリシア王国の居心地が悪いようならウチに来いというわけだ。
 万が一バルドが移籍すればその責任を問われるのは明らかであった。
 事実、アドルフを睨むウェルキンの視線は剣呑である。
 そもそもこんな勧誘をされること自体が、ウェルキンの顔に泥を塗るに等しかった。
 ふざけたことを言うな! と怒鳴りつけたい。
 しかし他国の王族や閣僚を相手に、そんな真似がアドルフにできるはずもなかった。
 国内貴族のひとりでしかない彼にとって、一国の代表はアンタッチャブルな存在であり、官僚の限界がそこにあった。
 予期していたお灸が効いたのを見て、ウェルキンは内心でニンマリと笑った。
 この世界はマウリシア一国だけで完結しているわけではないのだ。
 アドルフをはじめとする官僚たちには、他国との政治的バランスの中のマウリシアという想像力が欠如している。
 もっとも、そうして全てを俯瞰して判断することが国王たるの役割であるのかもしれなかった。
 「こらこら、先走りがすぎるぞ。それにこやつは俺の貴重なおもちゃなのだ。他国に譲れるものではないわ」
 「すいません、今ものすごくサンファン王国に行きたいと思いました」
 ウェルキンの言葉にバルドはがっくりと肩を落としたが、その冗談で緊迫した空気は明らかに弛緩した。
 特にアドルフなどは、はっきりと窮地から脱したことに対する安堵が見て取れる。
 アドルフがこの有様では、ほかの官僚貴族が異議申し立てをする可能性はもはや皆無と言えた。
 「異論もあろうがここは余の判断に従え。さもないとせっかくの英雄が他国に攫われてしまうわ!」
 こう国王に言われては言いかえす言葉もない。
 してやられたことへの怒りを押し隠し、アドルフは苦い笑みを浮かべるしかなかった。
 「ランドルフ侯も見事な用兵であった。かねてより要望のあった亡命貴族の件、粗略にはせぬ」
 「ありがたき幸せ」
 アルフォードはトリストヴィーから亡命してきた貴族から希望者を、マウリシア王国の臣として土着させることを要望していた。
 地位が不安定なまま、他国で居候する連中などろくなことを考えないからだ。
 今回の戦役でボーフォート公領ほかの領地が空いたのは、この問題を解決するよい機会であった。
 機嫌よくウェルキンはポン、と手を叩く。
 「バルド卿よ。こたびの記念に剣をとらそう。初代より伝わる名剣だ。ありがたく受け取るがよい」
 そういいつつも、剣を持って現れたのはレイチェルであった。
 以前にあったころより胸が大きくなって、ウェストがキュッと引きしまっている。
 余計な装飾を省き、ボディラインがよく現れたドレスを身に付けたレイチェルに、バルドはウェルキンにはめられたと知りつつ思わず見惚れた。
 対するレイチェルも、痛いほどにバルドの視線を感じ取って頬が上気するのを抑えることができずにいた。
 その光景は控えめにいっても、初々しい恋人そのもので、会場に列席した観客たちはそこに明確なウェルキンの意志を見て取った。
 すなわち、ウェルキンはレイチェルの配偶者としてバルドを想定している。
 「バルド様……ご無事でお帰りくださって良かった」
 剣を渡しながら、レイチェルは心からの安堵の笑みを浮かべてバルドに向かって囁いた。
 いったい幾晩眠れぬ夜を過ごしたことか。
 まともな人間であれば、十度死んでもまだ足りないほどの難事であったことをレイチェルは知っている。
 そんな常識の壁を超えて再び会えたことがたまらなくうれしかった。
 ウェルキンと違って濁りのないレイチェルのまっすぐな好意を、バルドが男としてうれしく感じないはずがない。
 「まだ、お茶会のお礼をしておりませんから……」
 目を丸くしたレイチェルに、バルドは照れた笑いを浮かべた。
 その後の祝勝会は比較的なごやかに進んだ。
 各国の使者による慶賀の祝辞が読み上げられ、マウリシア王家に対する献上品が並べられていく。
 そして豪華極まりない食事を堪能しながら、会場は自由な懇談の場へと変化していった。
 となればまずは国王たるウェルキンへの挨拶が一番であり、二番目は当然、戦役の英雄たるバルドへの挨拶ということになる。
 参加した全ての貴族が我先に群がってくる様に、バルドは閉口しながらも丁寧に応対しないわけにはいかなかった。
 とかく出世して横柄になった者は、加速度的に評判が悪くなるものであるからだ。
 「是非我が領軍を指導してやってくれませんか? 英雄の薫陶を得れば必ずや平和に役立つでしょう」
 「こうして戦争も一段落したことだし、一度我が娘と会っていただきたい! 何、損はさせませんよ!」
 「まことありがたきお話ながら、新たな領地が落ち着いてからということに」
 彼らがバルドとよしみを結びたがるのも当然のことである。
 国内にたった二人しかいない辺境伯で、両親は辺境貴族の雄コルネリアス伯爵、さらに国王の覚えもめでたく、この先王女レイチェルを娶る可能性も高い。
 特に近頃の中央集権化をうっとおしく思っている領地貴族にとっては、バルドは実に頼りがいのある存在に映るのであった。
 「よろしいかしら? アントリムの英雄に挨拶しても?」
 「こ、これはベアトリス殿下……で、では我らはまたの機会に」
 表向きには尋ねているが、明らかに私が来たのだからどっか行ってよ! という オーラをまき散らして現れたのはノルトランド王太子妃ベアトリスである。
 レイチェルやマーガレットとも性質が異なるが、やはりウェルキンの血筋と考えると納得してしまうのはどうしてだろう?
 「あら? 何かよからぬことを考えてない?」
 「滅相もございません!」
 こめかみから冷や汗をタラリと流して、バルドはぎこちなく微笑んだ。
 「改めて、レイチェルの姉でノルトランドの王太子妃ベアトリスよ。会うのを楽しみにしてたわ、英雄さん」
 「バルド・コルネリアス・アントリム辺境伯です。お見知りおきを」
 「随分可愛い娘たちを連れてるのね? でも、年上趣味そうで安心したわ」
 「おうふ……反論したいけど説得する材料がない……」
 バルドは別に年上趣味というわけではない。ただバルド自身が若すぎたために、精神的に釣り合う女性が年上になってしまっただけだ。
 むしろ自分はロリではないのだと主張したいところであった。
 だが現実は婚約者のセイルーン、セリーナ、アガサの三人は見事に年上の女性であり、抗弁することは難しかった。
 「あ、私は駄目よ。これでも人妻だし」
 「他国の王太子妃とか、人妻だからとかいうレベルの話じゃないでしょ!」
 いくらバルドでもそこまで節操無しではない。
 つっこみ属性ではないにもかかわらず、思わずつっこんでしまったバルドを誰が責められようか。
 惑乱するバルドを見て、慌てて駆け寄ってくる影があった。
 「す、すいません! どいて! そこ開けてくださあい!」
 息も荒く頬を紅潮させて人混みを掻き分けてきたのはレイチェルである。
 「ベ、ベアトリス姉さまに変なこと言われなかった?」
 「レイチェル様! 顔近い! 顔近すぎです!」
 「あっ…………」
 頬を染めて視線を逸らし合う二人……そのあまりにベタな光景にベアトリスは思わず噴き出した。
 「これは心配する必要もなかったかしら。義姉さんと呼ばれるのも時間の問題だわね」
 「なっ!」
 「はうっ!」
 ベアトリスの歯に衣着せぬ言葉に、バルドとレイチェルは期せずして息を呑んだ。
 レイチェルはともかく、バルドはまだそれほど真剣な結婚相手としてレイチェルを見ているわけではないのである。
 そもそもウェルキンの思惑に乗るのも不本意だし、まして義父と呼ぶのはゾッとしない話であった。
 「――――アントリム以来ね! バルド」
 そんな雰囲気をぶち壊すようにバルドとレイチェルの間に割りこんできた小さな身体。
 満面の笑みを浮かべて親しさをアピールするシルクがそこにいた。
 優雅な笑みと呼吸を乱さぬ肺活量はさすがに現役の騎士だが、かなり無理をしてここまで来たらしく、細いうなじと大きくあいた背中に汗がにじんでいた。
 「レイチェル殿下もご機嫌うるわしく」
 「――――ふふふ……シルク様もお元気そうでうらやましいわ」
 あえてバルドを呼び捨てして、親密さをアピールするあざとさは見事というべきだろう。
 二人はにこやかにほほ笑みながら極北のブリザードのような寒波を撒き散らした。
 「あ、王太子殿下にご挨拶にいかねば!」
 「う、うむ。では辺境伯殿、のちほど!」
 次々と蜘蛛の子を散らすように離れていく彼らは賢明である。
 「あらあら、レイチェルもこれはうかうかしていられないわね」
 予想外の手強い難敵の登場に、ベアトリスは呆れ顔で天を仰ぐしかなかった。
 十大貴族の一角、ランドルフ侯爵家の一人娘といえば、第二王女と張り合うにしても十分な格がある。
 父ウェルキンはレイチェルの背中を押しているが、対応を見る限りひとりの女としてはシルクのほうが一歩も二歩も先行しているように思われた。
 「私もご挨拶させていただいてよろしいかしら?」
 よりにもよってこの修羅場に自分から顔をつっこむのはどこの物好きだ?
 居合わせた誰もがそう思ったが、誰より声をかけた本人がそう思っていたことは誰も知らない。
 「はじめまして、レズリー・バウスフィールドですわ!」
 「ご丁寧にありがとうございます。……バウスフィールド公の……」
 悠然と胸を反らすレズリーであったが、内心は恐怖と焦りと怒りでいっぱいであった。
 (誰が好き好んでこんな獣人族を側室にするような田舎者に!)
 彼女の蔑視の視線を敏感に感じ取ったセリーナは、居心地悪そうに肩をすくめた。
 実はこの祝勝会場で、セリーナに対して同じような視線を向けた相手は決して少なくはないのである。
 慣れているとはいえ、決して心地の良いものではない。
 視線から隠れるようにしてセリーナは二歩ほどバルドの背に向かってあとずさった。
 「レズリー様、随分とお久しぶりですわね。ジェラルド様のお加減はいかが?」
 思わぬ敵の登場にレイチェルも、恋する乙女から普段の王女へと仮面を切り替えて応対する。
 一度王族としての仮面をまとったレイチェルは、人違いを疑うほどに堂々たる威厳を発散してレズリーを見下ろした。
 その重圧にすぐにも逃げ出したい欲求をレズリーはかろうじてねじ伏せた。
 「……まだベッドから起き出すことも叶いませんわ。今夜はエレノア叔母様に連れだされたものですから」
 (――できれば家でゆっくりしていたかったのですけれど)
 レズリーにとっては叔母に当たるエレノアはヘイドリアン侯爵家に嫁いでいる。
 すなわち彼女がここにいる理由は、官僚貴族によるバルドへの妨害工作なのであった。
 バルドが王族であるレイチェル王女を娶って王室の一員になるのも困るが、ランドルフ侯爵家の一人娘であるシルクを娶るのも同じくらい困るのだ。
 ランドルフ家は十大貴族でもトップクラスの力を持つ上に、トリストヴィーからの亡命貴族という潜在的な与党を抱えている。
 さらにシルクは現在亡きトリストヴィー王国の唯一の王位継承者と目されており、その去就如何によってはトリストヴィーの女王として戴冠する可能性があった。
 そうなればバルドはトリストヴィー王国の王配にして辺境伯、ランドルフ侯爵家とコルネリアス伯爵家を縁戚派閥にもつという強大すぎる勢力になってしまう。
 さすがにそんなことはないとしても、ランドルフ侯爵家とアントリム辺境伯家、コルネリアス伯爵家が一体化するだけでも大問題である。
 なんとしても彼女たちとバルドの仲を裂かなければならない。
 それもできればこちらの都合のいい女性を押しつけて、取りこんでしまうのが望ましかった。
 そして白羽の矢が立ったのがレズリーというわけである。
 バウスフィールド公爵家は、公爵という地位ではあるが領地はなく、年金と亡き妻ヘンリエッタの持参金で細々と生活していた。
 しかも近年では当主であるジェラルドが病の床につき、一人取り残されたレズリーの立場は微妙なものとなっていたのである。
 公爵という地位ゆえに、あまり下位の貴族には嫁ぐことができず、かといって上流の貴族にとってバウスフィールド公爵家は旨みがなさすぎるのだ。
 レズリー自身は十分美女と表現してよい美貌の持ち主であったが、それだけで結婚が決まらないのが貴族というものであった。
 このまま嫁ぎ遅れていいのか?
 ジェラルドが亡くなれば年金の大幅な減額は避けられないが、それで暮らしていけるのか?
 数少ない肉親であるエレノア叔母にそう諭されると、レズリーに断るという選択肢はなかった。
 とはいえ、政治的影響力が皆無に等しい公爵家の生まれで、それほど社交界になじみのないレズリーにとってレイチェルとシルクは相手にするには荷が重すぎた。
 「レズリー様は血生臭い騎士がお嫌いと思っておりましたが、どういう風の吹きまわしですの?」
 シルクが殺気を放ちながらレズリーを睨みつけると、哀れにもレズリーは小さく「ひぃっ!」と悲鳴をあげて首をすくめた。
 「わ、わ、私も名高き英雄にあこがれる一人の乙女ということですわ……」
 どうやってバルドに取り入ろうかあれこれ考えていたことが全部飛んでしまった。
 実際に戦場を経験して幾多の兵士の命を奪ったシルクに、深窓の令嬢がどうこうしようというのがそもそもの間違いなのだ。
 「あら、そう」
 まるで獲物を前にした肉食獣のようにシルクは嫣然と嗤った。
 「ちょうどいいわ。私もバルドといっしょに戦場にいたの。彼がどんな風に戦い、敵を殺していったか教えてあげる」
 斬死、窒息死、中毒死、圧死と死にザマがなんでもござれ。
 遠くから雷鳴のような戦場音楽が聞こえてくるような気がして、レズリーは本能的に一歩後ろに下がった。
 だがそれだけでは終わらない。
 ここには悪魔がもう一人いるのだから。
 「私も英雄の逸話なら教えてあげられるわ。英雄様がどうやって死の淵にある私を助けてくれたか解説しましょうか。まずはコレラの症状と苦しみから」
 表情からは善意しか窺えないが、全身から発散されるプレッシャーが全てを裏切っていた。
 時に女は表情や言葉より、空気で何より雄弁に本音を表現する生き物なのである。
 前門の虎後門の狼ならぬ左にレイチェル、右にシルク。
 その絶望的な戦力差にレズリーの心が折れるまでそれほどの時間はかからなかった。
 むしろ自分から声をかけてここまで粘っただけでも賞賛に値する根性であろう。
 「……それで身体強化したバルドはたちまち敵兵の首を薙ぎ払って……知ってる? お腹や胸だと死ぬ前に反撃されてしまうから、首を飛ばすのが一番安全なの」
 「…………わ」
 かすかに呟いたレズリーの声をシルクもレイチェルも聞き逃した。
 「ごめんなさい。今、なんておっしゃったかしら?」
 「け、獣人を妾にするような獣臭い男はこっちから御免だって言ったんですわああああああ! 叔母様の馬鹿ああああああ!」
 子供のように泣きじゃくって駆け出して行ったレズリーに、シルクもレイチェルも自分たちがかなりやりすぎてしまったことを悟った。
 そして二人の予想どおり、この後バルドに近づく女性は皆無となるのである。
 王女と十大貴族の令嬢を同時に敵に回す度胸のある適齢期の少女など、いくら探してもいるはずがなかった。
 結果は満足のいくものであったが、その過程で淑女としての評判をどん底まで落とした二人はお互いに顔を見合わせて力なく笑った。
 「はあ…………レイチェル、貴女、王族としてもう少し腹芸ができないと恥をかくわよ?」
 「返す言葉もございません、ベアトリス姉さま」

 ……なおそのころ、ウラカは口当たりがよいが度数の非常に強いカクテルを飲まされ、あえなく撃沈していた。
 ロドリゲスGJ!


 「…………獣臭い、かあ……」
 サバラン商会を王都に進出させてからというもの、たびたび遭遇する獣人への差別。
 他人の評価など気にするセリーナではないが、バルドの前で言われるとさすがに憂鬱な気分になる。
 なんといっても、彼女に対する評価はバルドにとって無関係なものとはいえないからだ。
 バルドがコルネリアス伯爵家の嫡男であったころはこんな心配はなかった。
 イグニスの性格を反映したのか、あの土地は住民がひどく鷹揚で偏見が少ない。
 だがこの王都では、セリーナの存在は敵対する勢力にとって、攻撃しやすいバルドの弱点に見えるのだろう。
 もっともサバラン商会の会頭でもあるセリーナは、そんな攻撃を甘んじて受けるほどかよわくはない。
 それでもなお傷ついてしまうのが、繊細な乙女の埒もないところであった。
 「ふう…………」
 パーティーの喧騒から離れ、バルコニーから月を見上げたセリーナは物憂げにため息を吐く。
 毛並みのいい大きな耳も、力なく垂れ下がり、彼女が落ち込んでいるのは明らかであったが、慰めるべきバルドは今なおパーティーの主賓として席をはずせぬ状況にある。
 それを寂しいと感じてしまうのは間違いだろうか?

 パーティーの席に同行することを認められなかった護衛や侍従たちが集められた中庭で、エルンストは滅多に食べられない上等な肉をかきこむのに夢中であった。
 なかにはその健啖ぶりに、獣人への侮蔑とともに悪意ある視線を向けてくる者もいるがエルンストは全く意に介さなかった。
 ノルトランド帝国は極端な実力主義の国である。
 その中でも若くしてその武を認められ、王太子夫妻の覚えもめでたいエルンストをねたむ声は大きい。
 強き者の傲慢さでエルンストは悠然と視線を無視した。
 行動できない者など、所詮は路傍の石と変わりはないのだ。
 実際に行動できる勇気があれば、敬意をもって自分も全力で応えるだけのこと。
 肉汁のたっぷり詰まったジューシーなステーキを頬張ったエルンストは、ほのかに覚えのある香りが漂ってくるのを感じた。
 「まさか……?」
 いかなる強敵と対峙したときにも感じたことのない緊張感を感じながら、エルンストは周囲を見回した。
 どこだ? いったいどこからこの香りは?
 そしてようやく二階のバルコニーにいる人物がその源であることに気づいて、エルンストは逆光で優美なシルエットを浮かび上がらせる女性を凝視した。
 「セリーナ…………なのか?」

 バルドがセリーナへの侮辱に怒らなかったわけはなかった。
 むしろレイチェルとベアトリスがうまく仲裁してくれなければ、激発して厄介な騒動を引き起こしていたかもしれなかった。
 そして逃げるようにその場を後にしたセリーナをバルドが追わなかったのは、それどころではない超弩級の爆弾が会場に投下されたからなのであった。

 「陛下におかれては長年のマウリシア・ハウレリア両国の対立に終止符を打たれましたこと、まこと慶賀の念に堪えませぬ」
 アンサラー王国の使者が腰を折る。
 白くなった頭髪と長い顎髭が特徴的な老人だが、温厚そうに見えて底冷えのするような圧迫感を感じさせる男であった。
 「うむ、アレクセイ陛下にもよろしく伝えられよ」
 (まあ、あの腹黒が喜ぶとは思えんがな)
 ウェルキンは内心で、今回のマウリシアの勝利に頭を痛めているであろうアンサラー国王を思った。
 謀略を駆使する政治力と、統一王朝の直系という大陸でもっとも高貴な血を武器に、アンサラー王国の国力を大きく発展させた王である。
 戦争もなく、婚姻政策だけで二カ国を事実上の属国とした手腕は、どれだけ警戒してもしすぎることはない。
 いつかこの大陸に再び統一王朝を再現するというのが、あの国の建国以来の国是である。
 そんな国がマウリシア王国の勢力拡大を素直に喜ぶはずがないのであった。
 「それにしてもまさか陛下があのような切り札をお持ちとは。あの英雄の名、私としたことが寡聞にも存じませなんだ」
 名を知られていないのは当たり前である。
 バルドがそれなりに名を知られ始めたのはサンファン王国から帰還してからのことで、それまでは貧乏伯爵家の長男にすぎなかったのだから。
 「前触れもなしに突然現れるのが英雄というものであろうよ」
 ウェルキンは機嫌よさそうにくつくつと笑った。
 最初から手塩にかけて育ててきたエリートなら、ウェルキンもこれほどバルドを気にいることはなかっただろう。
 いつも予想を覆して成果をあげるほどに、バルドは非常に大切で、同時にいじりがいのある家臣なのである。
 もっともこの国ではウェルキンに気に入られるということは、必ずしも幸福であるとは限らないのであるが。
 「されど英雄はえてして平地に乱を起こすもの。我が主はそこを心配しておりまする」
 アンサラー王国の使者の空気が変わるのがウェルキンにもわかった。
 (やはりただ祝い事を述べにきただけではなかったか!)
 使者にわざわざ経験豊かな宰相であるマラートをよこしたからには、何かあるだろうとは思っていたが。
 マラート・ミハイロヴィッチ・ボリシャコフは今年六十八歳になる老練の宰相である。
 ボリシャコフ公爵家は代々宰相を世襲しているため、王家に次ぐ副王家などと渾名される名家であった。
 世襲だからといって彼の能力を侮ることは決してできない。
 家長を継ぐためにかの家の嫡男に課される教育の厳しさは、一種偏執的なもので、成人する前に死亡も含め半分以上の子供が脱落するため、ボリシャコフ家では三人以上の妻を持つことが義務とされていた。
 この宰相家の献身があればこそ、国王アレクセイは恨みを買いやすい婚姻政策を推し進めることができたのである。
 その筋金入りの忠誠心を、ウェルキンはまだ王太子であったころからよく聞かされていた。
 「せっかく手にした平和を安んじ、民に平穏を与えるのも、あたらその命を戦場に散らすのも陛下のお心次第。されど我が国はこの大陸に平和と繁栄を望んでおりまする」
 (――――アンサラー王国にとって都合のいい平和をな)
 ウェルキンは喉元まで出かかった言葉をかろうじて呑みこんだ。
 謀略の限りを尽くして敵対勢力を政治的に潰し、国民の怒りをものともせず息子を跡継ぎに押しこんだアンサラー王国は確かに戦争はしていない。
 だからといって軍備をおろそかにしているわけではなく、いまなお大陸最大最強の名は健在であった。
 短期的な瞬発力ならノルトランド帝国に軍配があがるかもしれないが、補給能力まで含めた総合力ではアンサラー王国の圧勝である。
 そうした目に見える圧力があるからこそ、アンサラー王国の政治的謀略は度し難いのだ。
 「実は我が国はとある国から平和を求める訴えを以前から受けておりまして……これも大陸に平和をもたらすため、我が陛下は力を貸すことを決意いたしました」
 (――いよいよきな臭くなってきやがった!)
 ウェルキンの第六感がマラートにけたたましい警戒警報を鳴らした。
 この期に及んでもマラートの切り札がなんなのかわからないのが痛かった。
 アンサラー王国に対する諜報を怠っていたつもりはないが、どうしても主力はハウレリアとトリストヴィーにならざるをえないのが現状なのである。
 国家間の情報戦においては、やはり統一王朝の歴史を引き継いだアンサラー王国のほうに一日の長があった。
 「なにとぞ其の顔に免じてこの若者の話をお聞きくだされ」
 マラートに促されて一人の青年が進み出た。

 「――――お初にお目にかかります陛下。ベルナルディ・アマーディオ・トリストヴィーと申します。なにとぞお見知りおきを」

 肩甲骨のあたりまで伸びた長い髪に眼鏡が、硬質の青年の美貌を際立たせていた。
 身体のラインが見えにくいゆったりとしたローブを纏っており、おそらくは女性と見紛う長い髪も、今日のための変装の一種なのであろう。
 (――――このくそじじいめっ!)
 これからトリストヴィーに介入しようとする矢先、すでに公国中枢と連携するまでになっていたとは。
 立て続けに二カ国を乗っ取ったやり口を考えれば、トリストヴィーがまさかアンサラーの尻馬に乗るとは思わなかった。
 政治工作においてアンサラー王国にしてやられたことをウェルキンは悟った。
 「この者、命の危険があると知りながら是非我々に同行させてほしいと頼みこみましてな。若者の意気に免じてご無礼はお許しあれ」
 ぬけぬけと言い放つマラートをウェルキンは絞め殺してやりたかった。
 他国の王族を密入国させておいて、ご無礼とはよく言ったものだ。
 ごく単純にいって不法入国であり、国王の面前に出したことを考えればテロの未遂に問うことすらできるであろう。
 しかしアンサラー王国の宰相が腰を低くして、平和のために善意で協力したと宣言し、それを各国の使者が聞いている以上ウェルキンがこれを処罰することは不可能に近かった。
 「お怒りはごもっともなことと存じ上げる。もし必要ならこの命いかようにされようともお怨みはいたしませぬ」
 ウェルキンが手を出せぬことを知っていながら、ベルナルディはあえて言った。
 あざといことはわかっていても、こうした劇場化した舞台では大袈裟なくらいがちょうどよいのである。
 「されど内乱に疲弊しつくした我が国の民のため、一刻も早く平和で無辜の民が死ぬことのない未来のため、我が願いをお聞き賜りたい」
 「聞くだけは聞いておこう」
 ウェルキンはようやく余裕を取り戻した。
 ベルナルディをこの場に連れてきたことは確かに見事な奇襲であった。
 しかしその程度で国同士が和平できると思っているなら甘すぎる。
 むしろ問題はアンサラー王国とトリストヴィー公国が、軍事的な同盟まで結ぶかどうかだが、勝敗定かならぬ賭けに出る可能性は低いとウェルキンは考えていた。
 「――――もはや無益な対立に終止符を打つ時が来たと私は考えます。公国は亡命した王党派貴族を無条件に許し、その旧領を回復いたします。そして――王家の忘れ形見であるシルク殿を妻に迎え再び王国を復興する所存」
 あまりに図々しいベルナルディの要求にウェルキンが口を挟むより先に激発したのはアルフォードであった。
 「戯言は寝て言え! ここは貴様の寝言を聞かせる場ではないわ!」
 「……さすがにこればかりは余も同意見じゃ」
 それでもマウリシアに亡命したトリストヴィー貴族の間に動揺が走ったことを確認して、ウェルキンは唇を歪めた。
 亡命から十年、望郷の念と先祖代々の土地に対する思いは考えている以上に大きいのだ。
 もしこれが目的であったとすれば、この若造、相当に食えない。
 「いつまでも両者が争っては何の益もありません! お互いにわだかまりを捨て手を取り合ってこそ未来が開けましょう」
 「母の仇がわだかまりとは片腹痛い。貴様はシルクの母の仇だが、シルクは誰の仇だというのだ?軽々しくお互いに、などと口が腐るわ!」
 一方的に虐殺され、故郷を奪われた記憶はあっても、大公からこちらが何かを奪った記憶はない。
 捨てるべきわだかまりなどないくせに、綺麗事を並べるベルナルディにアルフォードは本気で怒り狂っていた。
 「その方の命いかようにされてもかまわぬと言ったな、公子」
 「は、はい」
 ウェルキンの何か覚悟を決めたような声に、ベルナルディはわずかに動揺の色を見せた。
 ベルナルディは本気で殺されてもよいなどとは欠片も思っていない。
 万が一政治的理性をかなぐり捨てて、ウェルキンが自分を殺すのではないか、という恐怖にベルナルディは背筋にびっしょりと冷や汗をかいていた。
 「その覚悟、言葉ではなく態度で見せてはもらえぬか。覚悟のほどが事実であれば我が国も真剣に検討しよう」
 「な、なんと…………」
 いわばウェルキンは言葉のボールをベルナルディに投げ返したのである。
 これでベルナルディは、自分が本気で命懸けであるということを態度で見せなくてはならなくなった。
 だが、ベルナルディにそんな覚悟はない。
 たとえ演技であっても、死ぬような真似をすることはベルナルディにはできなかった。
 気合いで腕の一本も落としてみせよ、と不甲斐なく思いながらマラートはやむを得ずベルナルディの援護に回った。
 「仮にも彼は一国の公子、試すにもほどがありましょうぞ」
 「母を失った娘に、仇のもとへ嫁げという阿呆だ。試されても仕方あるまい」
 シルクの母は心労で勝手に死んだのだ。別に自分たちが殺したわけではない、と言いわけなどすれば本気で殺されかねない。
 説得することは無理である、とベルナルディとマラートは互いに視線を交わし合った。
 もっともそれは予想の範疇内である。
 というより素直にシルクを嫁によこすなどとはベルナルディもマラートも考えてはいなかった。
 シルクはマウリシア王国にとってトリストヴィー公国に介入するための切り札である。
 間違っても敵の手に委ねてよいような人物ではない。
 まして場合によっては結婚するだけ結婚して、適当な時期に暗殺されてしまう可能性があるのである。
 アルフォードが賛成する可能性は皆無であろう。
 「お信じいただけないのは我が身の不徳。無念ではありますが今後の行動で信を得るよう努力いたします」
 「今この場で信じさせてくれてもよいのだがな」
 ベルナルディはその言葉を無視して続けた。
 (好きなだけいっておけ。今度驚くのはお前の方だ!)
 「これは我が公国秘中の秘でございますが――――亡き先王の日記に記載されていた紛れもない事実であります」
 「お前たちへの恨みごとであろう?」
 皮肉気に口元を歪めるアルフォードの揶揄にも構わず、ベルナルデイは続ける。
 「先王には汚職によって没落した伯爵家の側室がおりました。その名をダリア。当初は王の寵愛を受けていましたが、伯爵家の没落とともに後宮を追放され、離宮にて娘とともに暮らしていたそうです」
 「その側室がどうかしたのか?」
 「王宮の記録では二十年以上前に母娘ともども病死したとされています。ところが先王の日記では、どうやら毒殺であったらしく、娘の王女だけは身代わりが犠牲となって侍女とともに国外へ脱出したようなのです」
 「なぜ王はそこまで知っていながら追わなかったのだ!」
 ウェルキンは思わず叫んだ。
 もしそうだとすれば、今現在トリストヴィー王国の第一王位継承者は…………。
 「連れ戻しても殺されるのが目に見えているから、と。せめてもの親の情であったのでありましょう」
 隠し札ジョーカーを開いたベルナルディは、絶句するウェルキンとアルフォードに獰猛な笑みを向けた。
 今や攻守は完全に逆転していた。
 「日記によれば、王宮でも指折りの騎士に連れられた王女と侍女は、マルディーン山脈を超え、この国マウリシアに逃れたとのこと。どうかかの王女、マルグリットの捜索と帰国を陛下にお願いしたい」

 国王の日記がこれまで発見されなかったのにはわけがある。
 これは国王でなくともそうかもしれないが、私的な日記は他人に見られたくはないものだ。
 まして立場が国王である以上、その内容には十分国家機密に匹敵するものが多々含まれている。
 そのため、国王の考えた隠し場所は難解を極めた。
 日記の在り処は実は浴室にあった。
 本来、紙で書かれた日記を保存するには向かない場所である。
 温度もそうだが、紙にとって湿度は天敵に等しいもので、たちまち黴に浸食されてしまうはずなのだ。
 高度な魔術道具アーティファクトまで使用して保管されていた日記であるが、さすがに改築工事までは想定していなかったようで、二十年以上の時を超えて遂にトリストヴィー大公に発見されたのである。
 そこに書かれていたことは、大半はやくたいもない日常の感想であったが、決して見過ごすことのできぬ事実も記載されていた。
 すなわち、王位継承者であるマルグリット王女が生存していることが記されていたのである。
 実は現在、トリストヴィー王国で公式に認められている王位継承者はいない。
 なぜならトリストヴィー王国の王女であったシルクの母は、アルフォードに嫁ぐ際に臣籍に下っており、王族としての権利を放棄しているからだ。
 それは娘であるシルクも例外ではなく、公式に王位を求める権利は存在しないのである。
 だからこそ、シルクが女王としてトリストヴィー王国を復活させることは難しく、それを現実化するためにはよほどの権力と意志を持つ配偶者が必須であるとアルフォードは考えていた。
 トリストヴィー王国を再興するため、シルクに求婚する亡命貴族は多かったが、アルフォードが全く相手にもしないのは、彼ら自身に力がないためなのだ。
 ただ単に娘を嫁に出したくないから拒んでいるだけではない。
 とはいえベルナルディの言うとおり、マルグリット王女の存在が明らかになれば、シルクの存在は宙に浮くのは明らかであった。
 なぜなら行方不明になったとはいえ、マルグリット王女は王族としての地位を失っていないのだから。
 ベルナルディとしては、マルグリットが見つからなくてもマウリシア王国の介入を防ぐ時間稼ぎになるだけでも恩の字である。
 仮に見つかったとしても、マルグリット王女は言うなれば王家に殺されかかった被害者であり王国は母の仇であった。
 マルグリット王女の母親であるダリアの実家である伯爵家が没落したのも、当時の第一王妃であったベルティーナ・スフォルツァの策略である。
 多情であった国王は、ダリアをそれなりに愛していたが、だからといって王国でもっとも強い勢力を持つスフォルツァ公爵家を敵に回す気になれず、あっさりと母娘を見捨てた。
 このときベルティーナの不興を買って殺された側室は片手ではきかなかったという。
 果たしてそんな目にあわされた娘が、王国のために働くであろうか?
 むしろ王国を滅ぼした公国に対して親近感を抱くのではなかろうか?
 少なくとも王国を滅ぼしたことで恨みを買うことだけはないだろう。
 生きていれば四十路に近い年齢のはずである。
 子供がいる可能性もあるが、母親が王国に否定的な以上、同じ条件なら公国になびくのが自然だ。
 ベルナルディの予想は、多少願望が混じってはいたが、それほど的外れな予想とは言えなかった。
 現にウェルキンもハロルドも、動揺を押し隠してはいるが先ほどまでの憎まれ口が完全に止まっている。
 見つからなければ見つからなかったで、偽者を擁立することも不可能ではないし、公国内なら本物だろうと偽物だろうといつでも消せる、とベルナルディはほくそ笑んだ。
 アンサラー王国がトリストヴィー公国に対する期待も、ベルナルディの思惑とそう遠いことではなかった。
 トリストヴィー公国が内乱、あるいはアンサラー王国よりも友好国でさえあれば、大陸でのアンサラー王国の勢力的優位は保たれるからだ。
 だから彼らは、顔面を蒼白にして瘧のように震えている一人の少年に気づかずにいた。

 ――――マルグリット? 僕の可愛い妹と同じ名前だ。
 弟のナイジェルといっしょで、とても僕になついてくれている。
 この間帰省したときには抱いてあげるとよく笑って、寝るまで離れようとしない天使のような可愛さだった。
 そんなとりとめのないことを考えながら、血の気はどんどん引いていく。
 心臓は痛いくらいに暴れていて、鼓動が今にも会場にまで響きわたりそうな気さえした。
 幼き弟妹への感傷が逃避行動にほかならないことを、バルドは誰より自覚していた。
 マルグリット――――妹以外にその名を聞いたのはいつであったか。
 思いだしたくない。
 記憶の彼方に明らかに存在するものを、脳が直視することを拒んでいるかのようである。
 二十秒、三十秒、あるいはほんの数秒のことであったかもしれない。
 バルドの逃避行動が記憶から目を背けていられた時間はそれほど長くなかった。

 「――――以前はマルグリットと名乗っていた。もうとっくにそんな名は捨てたがね」

 姐御がそう言っていた、と話していたのはジルコではなかったか?
 あの母マゴットがトリストヴィーから逃れてきた薄倖の王女?
 あまりに似合わないシチュエーションと事の大事さのアンバランスに立ちくらみを覚えるバルドである。
 だが、おそらくは真実だろうとバルドは直感していた。
 一度も話題に出てきたことがないマゴットの故郷。
 突如降ってわいたような銀光の名声。
 そしてマゴットのシルクに対する異常ともいえる警戒とこだわり。
 てっきり傭兵時代の縁とも思ったが、ラミリーズとの関係も単純な戦友の一線を超えているようにも思える。
 ――――そしてマゴットは基本的に王家というものが嫌いだ。
 幼いころから言葉の端々に、マゴットが王家……忠誠を受け取ることを当然のように思っている君主というものを嫌っていることをバルドは感じとってきた。
 まるでバラバラでひとつひとつは無関係に見えたピースが噛みあっていくようだ。
 (でも母さん(あの人)が認めるかな?)
 現状は状況証拠とも言えぬような想像だけの根拠にすぎない。
 マゴットがそんなの知らないとシラをきれば、証明することは難しいだろう。
 というより、ここまで隠しきってきたマゴットが素直に話す可能性のほうが低い。

 (それでも避けては通れない、か)

 万が一、当時の宮廷の目撃者がいて真実が明らかになるかもしれない。
 あるいはマゴットが年を取り、何らかの心変わりをするかも。
 そうなったとき、問題はもはやマゴットだけのものではないのだ。
 否、むしろこの場合問題となるのは男性嫡出子であるところの、バルドとナイジェルなのである。
 なぜならマウリシア王国同様、トリストヴィー王国の王位継承権は男系優先なのだから。
 (そしてもし、すぐには明らかにならなくとも僕に子供が生まれれば……)
 正統な王家の血が残されていない以上、その宿縁は次の世代へと引き継がれていく。
 まして目に入れても痛くないほど可愛がっている弟のナイジェルを巻きこむなど、バルドに許せるはずもなかった。
 (まずは母さんに話を聞いてからだ…………)
 さすがのバルドも自分のことに精一杯で、まわりに気を使うだけの余裕はなかった。

 「私は――私はいったい…………」

 困惑に頭を両手で抱え込んだシルクが、グラリとバランスを失ってバルドの胸に飛び込んできたのはその時である。
 「シルク!」
 倒れこむ娘の姿を確認したアルフォードは、忌々しげにベルナルディに背を向けてシルクに駆け寄った。
 あの娘がどれだけトリストヴィーの現状に心を痛めてきたか、アルフォードは知っている。
 そして死んだ妻が生まれ故郷の惨劇をどれだけ嘆き、毎日のように心をすり減らしていったのかを。
 人生の思い出の大半がつまった故郷が理不尽に潰され、家族、親友、家臣が次々と死んでいく。
 その現実に耐えられるだけの器量が妻にはなかった。
 トリストヴィー王国の滅亡からそれほどの時を置かずして死んだ妻は、ある意味では精神的な自殺であったとアルフォードは考えている。
 万が一娘を失うようなことがあれば、アルフォードはどんな手段を使ってもトリストヴィー公国に復讐せずにはおかないだろう。
 「シルク! しっかりしろ!」
 「侍医のところに急ぎましょう!」
 倒れこむシルクを横抱きに抱きあげたバルドに、王宮をよく知るレイチェルが声をかける。
 にわかに騒がしくなった広間から、バルドたちが退出していくのをウェルキンは苦々しく見守った。
 「――――よかろう。マルグリット王女殿下は我が国の全力をあげて捜索してやる。しかし公子、忠告しておくが……」
 貴様はうまくいったと思っているのだろうが、世の中はそれほど甘いものではない。
 自分の思惑が全てうまくいくことなどまずありえない、ということをベルナルディは知らないであろう。
 何より貴様はうまくトリストヴィー強硬派に不和の種をまいたつもりでいるだろうが、同時に敵に回してはならない男を敵に回した。
 「人の悪意を全て推し量れるなどとは思わぬことだ。公子はたった今、それと知らぬままに虎の尾を踏んだのかもしれないのだから」
 ベルナルディはウェルキンの言葉の意味を完全に取り間違えた。
 要するに、ウェルキンの負け惜しみであると当然のように受け取ったのである。
 さすがにマラートは言葉の裏に警戒の念を抱いたが、経験が絶対的に不足しているベルナルディにそれを察しろというのは土台無理な話であった。
 「ご忠告、痛みいりまする」
 「で、あればよいのだがな」



 シルクが意識を取り戻したのはそれからすぐのことであった。
 「ごめんなさい、取り乱してしまって……」
 「無理もありませんわ。今気分の落ち着くお茶をお持ちしますから」
 「ありがとうございます。レイチェル殿下」
 アルフォードは難しい表情を崩さぬままに、ただ優しくシルクの髪を撫でた。
 これまで娘の背負ってきたものの大きさを理解しているからこそ、アルフォードともあろうものがかけるべき言葉を見つけられずにいた。
 (――――もういいんじゃないか?)
 そのマルグリット王女というのが生きているか死んでいるのか知らないが、シルク以外にトリストヴィー解放の旗頭になる人間がいるのなら、そいつに任せていいではないか。
 公国がどんな条件を提示するつもりかわからないが、ランドルフ侯爵家とてそうそう財力で劣るつもりはない。
 バルドの支援を得ることができればなおのことである。
 もう自らの身を斬るような修羅場に娘がいる必要はないのではないか。
 アルフォードはそう言いたかったが、シルクがそれを望まないであろうこともわかっていた。
 そんな今日初めて名を知ったような人間に託せるはずがない。
 シルクにとってトリストヴィーは母親から譲り受けた命そのものなのだ。

 「――もしかしたら捨てられるかもしれないと思っていました」

 そう言ってシルクはバルドを見つめる。
 「バルドがアントリムで死ぬかもしれない、と思ったとき、どんな理由があっても助けに行こうと決めました。あのとき私はトリストヴィーのことを忘れていました」
 そこでマゴットの出産に立ち会えたことはシルクにとって大きな財産となった。
 少なくともあのとき、自分はバルドとマゴットの家族の一員だった。
 「でも今はトリストヴィーのことしか考えられません。結局私にはどちらも捨てらないんです。それがどんなに身勝手で困難なことだとしても」
 生まれて初めての恋、そして母以外で初めて知るトリストヴィー王家の血を引く存在。
 そのなかで揺れ動いたシルクの結論は、ふたつながらどちらも手に入れようという貪欲な決意であった。
 「あえて困難な道を行きますか。だからといって同情はしませんよ」
 呆れたようなレイチェルに、シルクは獰猛な笑みを浮かべて挑戦的な視線を向ける。
 「――望むところです」
 間違ってもマゴットがマルグリット王女かもしれない、などとは言いだせない雰囲気であった。
 バルドは内心で冷や汗をかきながら、一刻も早くアントリムに戻ってマゴットに話を聞かなければならない、と思う。
 好事魔多しというべきか、はたまた一寸先は闇というべきか。
 天はバルドにさらなる試練を用意していた。
 「おとりこみ中、大変申し訳ないのだが……」
 決まり悪そうにグスタフが、シルクが運ばれた医務室の扉をノックした。

 「セリーナ! セリーナなのか?」
 バルコニーから夜空を眺めていたセリーナは、犬耳を立ててその声を聞き咎めた。
 (うちはこんなところに知り合いはおらんはずなんやけどな……)
 あるいは貴族の顧客がサバラン商会の製品を使って自分を知っていた可能性もある。
 そう思ったが、声をかけてくる男はそれほど上等な身なりでもない。
 ただ自分と同じ獣人であることだけは見て取れた。
 「うちに何の用や?」
 それでも警戒心を解かずにセリーナは尋ねた。
 「俺だ! エルンスト・バルトマンだ! 忘れたか?」
 久しく聞いていなかった懐かしい名前にセリーナは思わず絶句する。
 「…………エル兄なの?」
 まだ両親が生きていた幼い日、父に連れられて訪れたノルトランドの国境都市にエルンストという少年がいた。
 年に数度訪れるそこで、セリーナはその少年ととても仲良くなったのだが、両親の死別とともに縁が切れていたのである。
 こんな場所で再会するとは、エルンストはノルトランドの宮廷に仕えたということなのか。
 セリーナの記憶では決して宮仕えに向いている性格とは言い難かったのだが、こうしてマウリシアまで随行していることを考えれば信頼を得ているのであろう。
 「ちょっと待ってや! 今そっちに行くわ」
 エルンストの身分ではこちらの会場に来るのは難しい。
 だからといってセリーナが中庭に下りるのも問題があるのだが、今のセリーナの心情的にこれ以上会場に居続けるのはつらかった。
 同郷の、しかも獣人の友人を見つけてセリーナが暴走したとしても、それほど不思議なことではなかった。
 突然、貴人側の階段からドレスに身を包んだ美女が降りてきたことに、何事かと中庭に集められた各国の供の者たちに動揺が走る。
 しかしその動揺は長くは続かなかった。
 それはセリーナが獣人族であったからである。
 彼らはセリーナが、その出自から会場を追いだされたのだ、と当然のように判断したのであった。
 万人が見ても間違いなくセリーナは美しいが、そうした認識がノルトランドを除く各国ではまだまだ強かった。
 「エル兄か! 見違えたで! ほんま立派になって!」
 ノルトランド帝国軍人の正式礼装である白を基調とした軍装は、無骨な戦士をいかにも貴公子然と飾り立てている。
 実際この礼装のエルンストは、ノルトランド宮廷の侍女や下級貴族の娘たちの間で大人気であった。
 やんちゃで面倒見の良かった子供エルが、こんなに立派になるなんて、とセリーナは自分のことは棚に上げて感慨に浸った。
 しかしエルンストのほうはそれどころではない。
 本物の金糸を編み込んだような流れるような髪の輝きと、目が覚めるような肌の白さをひきたてるドレス。
 そして幼い日にはなかった巨大な胸のふくらみと、ウェストからお尻にかけての芸術的な曲線は、禁欲的なエルンストの心をさえ大きく揺るがしていた。
 こんなに美しい人がこの世にいたのか!
 それはエルンストの惚れた欲目が多分に含まれていたが、獣人の美醜感覚からすれば、エルンストの感慨もあながち間違っているとは言い難かった。
 なんといっても獣人族は髪や耳、尻尾の色つやに性的な魅力を感じる生き物であるからだった。
 「もうっ! いつまで呆けてるんや!」
 「い、いや……セリーナがあんまり綺麗になってるから驚いて……」
 これは……反則だろう。
 昔から可愛いとは思っていた。
 それでもまさかこれほど美しくなるとは、あの頃の自分の先見の明を褒めたい。
 「いややわあ……エル兄もそんなお世辞を言う歳になったんやね」
 そう言いつつもまんざらでもないセリーナである。
 なんといってもエルンストは、近所のちびっこたちの間でルックス、腕力、統率力すべてにおいてNo1で憧れの存在だったからだ。
 「そんな……俺はお世辞なんて!」
 本気でエルンストはセリーナに見惚れた。
 いわば、二度目の恋に落ちたと言ってもいい。
 しかしその熱い恋情をうまく言葉にできるほど、エルンストは気の利いた男ではなかった。
 「うんうん、わかっとるって。エル兄が器用に女が喜ぶ台詞を言えるわけないって」
 セリーナはうれしそうに破顔する。
 嘘やおためごかしでなく、エルンストが自分を賞賛してくれているとわかっているからであった。
 そんなセリーナの無防備な笑顔が、腕の届くすぐ傍にある。
 エルンストは、自分の理性が音を立ててちぎれ飛ぶ音を聞いた。
 「――――会いたかった!」
 万感の思いとともにエルンストはセリーナのグラマラスな身体を抱きしめた。
 鼻をくすぐる魅惑的な香りは何の香水か、朴念仁のエルンストにはわからない。
 かつての記憶にはないほどよい肉感と、エルンストの硬い胸を押し返してくるような弾力のあるセリーナの巨乳の感触に頭がくらくらする思いであった。
 急に抱きしめられてうろたえるかと思いきや、セリーナはごく平然とエルンストの抱擁を受け入れた。
 彼女にとって、久しぶりに再会した幼なじみのお兄ちゃんはあくまでもお兄ちゃんであって、懐かしい記憶の延長であると受け取っていたからである。
 「もう、そんなに会いたかったん? エル兄」
 にへへ、とセリーナは面映ゆそうに笑う。
 父の行商について行った程度の自分が、こんなに大事に思われていたことが単純にうれしかった。
 そう、彼女にとってエルンストは過去から現れた思い出のようなものだった。
 しかしエルンストにとっては違う。
 少年のころから、ずっと想い続けてきた、いつかきっと迎えに行くと誓った恋しい恋しい相手である。
 互いに体温を感じるような至近距離で、破壊力抜群の笑顔を見せつけられたエルンストが感極まってしまうのも無理からぬことであった。
 感情の命じるままに、エルンストはセリーナの肩を抱き、その瑞々しい唇に口づけようと顔を寄せた。

 ――――エルンストの様子がおかしい、と気がついたときには遅かった。
 咄嗟に離れようとするが、生粋の武官であるエルンストに肩を拘束されてはピクリとも動くことができない。
 そしてゆっくりと瞳を閉じて意を決したかのように近づいてくる唇を、セリーナは顔を背けることでかろうじて避けた。
 「……セリーナ……?」
 唇の感触が予想したものと違ったのだろう。頬だったのだから当然である。
 違和感に目を開けセリーナに問いかけた瞬間、肩を抱いていたセリーナへの拘束が緩んだ。
 「なにさらすんじゃこの色魔がああああああああああああ!」
 「そげふっっっ!」
 まだエルンストに抱きしめられているので、震脚と腰の回転だけで全体重を拳に乗せたセリーナのアッパーがさく裂した。
 かつてバルドをも悶絶させた、一流の戦士でも回避不可能な見事な一撃であった。
 「乙女の唇をなんだと思ってるんや! このあほんだらっっ!」
 ぜえぜえと荒い息を吐きながら、それでも怒り心頭に達しているセリーナに、エルンストは身も世もなく平身低頭して謝罪する。
 「す、すまない! セリーナが魅力的すぎてつい……本当にすまない! 君が嫌なら結婚まで手は出さない。誓うよ」
 「…………はっ?」
 突如エルンストの口から漏れた結婚という言葉に、セリーナは間抜けにも口を開けて呆けた問いを返した。
 何か恐ろしいすれ違いが発生している予感がした。
 「……念のために聞くんやけど、誰と誰の?」
 「俺とセリーナに決まってるだろう?」
 再び激情のあまりセリーナ渾身のバックハンドブローがさく裂した。
 「ふごおおおおおおっ!」
 顔面の急所である人中を見事に捕らえたセリーナの拳に、数メートルは吹き飛んだエルンストは転がりまわって悶絶した。
 「乙女最大にして至高の夢、結婚を穢した罪は重いでえ」
 「た、確かに結婚は先走ったかもしれないが、俺達は婚約者じゃないか!」
 「なんやて?」
 もしかして自分は「大きくなったらエル兄のお嫁さんになる!」とかベタなことを言ったのだろうか?
 そんな不安に駆られてセリーナは必死に過去の記憶を辿った。
 もちろんそんな台詞は婚約としては無効だが、心理的負い目にはなる。
 だがどんなに必死に思い出しても、それらしき記憶はひとつも思い浮かばなかった。
 同時に、エルンストもようやくセリーナの反応に、自分の思いこみがすれ違っていることに思い当った。
 「もしかして…………覚えてないのか?」
 「お、覚えてないって――何をや?」
 無理もないかもしれない、とエルンストは合点する。
 あのころのセリーナは確か八歳か九歳か。大人と同じ判断ができるとは言えない年齢である。
 その可能性を無意識に否定していた自分が情けない。
 「あれは確かお前が最後にエベルの街に来たときのことだ。母親が転地療養するからしばらくこれないと言っていたな」
 エルンストの言葉にセリーナの脳裏に当時の記憶が蘇った。
 このときすでに難病を患っていた母の治療法を探すため、父マスードは大陸を駆け巡っていた。
 しかしその帰りを待つ間に母が死んでしまう可能性が危惧されたために、温暖で空気のよいマウリシア南部のサウサンプトンに一時的に移住したことがあった。
 その後商会を立ち上げ、腰を落ちつけたのがコルネリアスである。
 もうエル兄に会えなくなるのが哀しくて、お別れには随分泣いたっけ。
 「だからお別れの前に再会を誓うために獣神様の神殿に行ったのを覚えているか?」
 「――――ああ! 覚えとる覚えとる! 神官のカシム様お元気?」
 「今じゃ王都の司祭様さ」
 うれしそうにエルンストは目を細めた。
 あのときのことをセリーナが思いだしてくれたのがありがたかった。
 「それで大人になったらまた会おう。いや、俺からきっと会いに行くと言って生え換わった牙を渡したよな?」
 「うん、今でも大事にもっとるよ」
 虫歯の跡ひとつない純白の見事な牙だった。
 幼心にとても大切なものをもらったのがわかって感激したものだ。
 「それでセリーナは泣いて感激してくれて俺の頬にキスしてくれた」
 幼い日の自分を思い出して、ボッと湯が沸くかのようにセリーナは首筋まで赤く染まった。
 そういえばやった。
 まだ恋とも言えぬ淡い気持ちとともに、精一杯の勇気を振り絞ってエル兄のほっぺにキスしたことを思い出し、セリーナは愕然とする。
 「思いだした?」
 「うう……思いだしたけど、思い出したけど、そんなん時効やん!」
 再びのちぐはぐなセリーナの発言に、エルンストは考えたくもない違和感の正体に気づいた。
 「……セリーナの母親は難病で寝たきりだったな」
 「内臓が腐るっちゅう治療の方法もわからん厄介な病やったわ」
 それでも奇跡的に長生きしたのは父の愛情の賜物であったろう。
 最後は間抜けな死に方をした父だが、その点だけは世界中に誇れるとセリーナは思っている。
 「獣人族特有の儀式や作法について聞いたことは?」
 「ほとんど聞いたことないわ。もともとおかんは孤児やったし、マウリシアには獣人がほとんどおらへんしな」
 「……やっぱりか…………」
 見ているほうが切なくなりそうな絶望を絵に描いたような顔で、エルンストはがっくりとうなだれた。
 「ふはは……道理でおかしいと思った。いや、セリーナの母親を一度も見たことがない時点で想定してしかるべきだったか?」
 「な、なんや! どういうことなんかはっきり言ってや!」
 壊れたように笑うエルンストの表情に不吉な予感を禁じ得なかったが、セリーナは問わずにはいられなかった。
 「獣人族の男にとって、牙が生え換わるのは成人と同義だ。そして抜け落ちた乳歯を女性に預けることは求婚を意味する」
 ゴクリ
 嫌な予感がセリーナのなかでどんどん強くなっていく。
 無意識に生唾を呑みこんで、それでもセリーナはエルンストの言葉に聞き入った。
 「求婚に対する返事は簡単だ。嫌なら牙を返せばいい。承諾するときは牙を受け取り男に口づけをすることで婚約は成立する」
 「やっぱりいいいいいいいいいいいい!」
 そうじゃないかとは思っていたがやっぱりそうだった。
 セリーナは迂闊な幼い日の自分を呪った。
 その様子を見たエルンストは自嘲とともに笑った。
 残念だし未練も未練だが、何も知らなかったセリーナに罪はない。
 それにこうしてまた出会えたのだから、改めて彼女の心を射止めれば済むことだ。
 婚約の無効を告げようとエルンストが決意しかけたそのとき、セリーナの一言が全てをぶちこわした。
 「困るわそんなん……だってうち、別に婚約者おるし……」
 ピキリとエルンストの表情が嫉妬で歪むのを誰も責めることはできないだろう。
 「――――誰のことかな?」
 獲物を刈り取る狩猟者の眼で、エルンストはセリーナにまだ見ぬ婚約者とやらの存在を尋ねるのだった。



 じくじくと痛む胃痛と戦いながら、グスタフは告げなくてはならなかった。
 「獣人族では神聖な行為ということもありますが、何より獣神神官が立ち会っていて、しかも父親のマスード氏が承認している以上遺憾ながらこう言わざるをえません」
 グスタフは間違ってもバルドを敵に回したくはないし、ガルトレイクとの敵対関係が継続中である以上マウリシア王国を敵に回すのは論外である。
 しかし国防で主力の精鋭である獣人族を敵に回すことは、それ以上に避けなければならないことであった。
 ノルトランド帝国で獣人族の占める地位は他国とは比べ物にならぬほど大きいのだ。
 「――――法的にはセリーナ殿の婚約者はいまだエルンスト・バルトマンということになります」


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