米国アラスカ州バローには、ホッキョククジラなどの肉を保存しておく地下貯蔵庫(アイスセラー)がある。貯蔵庫をつくるのは容易ではない。地面を30センチほど掘ると、夏でも岩のように硬い永久凍土にぶつかるためだ。
ハーマン・アソークさんは10年以上、捕鯨船の船長をしている。2014年、自ら削岩機とドリルを手に取り、クジラの肉を保存するための貯蔵庫をつくった。ところが、春になると雪解け水が入り込み、深さ4メートル超の貯蔵庫が「一番上まで水浸しになった」という。
米国最北端の町バローでぎりぎりの生活を送る漁師や狩猟者にとって、地下貯蔵庫の維持は今も昔も大変だ。しかし最近、地球温暖化の影響で、多くの貯蔵庫が使用不能になっている。(参考記事:「消えゆく氷と極北の狩猟民」)
先住民の年長者や研究者によれば、アラスカの人々が何世代にもわたって食料を保存してきた地下貯蔵庫が次々と解け出しているという。原因は温暖化だけでなく、海岸の浸食や地質の変動も融解を促進している。
米アラスカ大学フェアバンクス校の地球物理学者ウラジーミル・ロマノフスキー氏は「たとえ(庫内の気温が)氷点下でも、肉を安全に保存できるほど冷えていない貯蔵庫が数多くあります」と話す。(参考記事:「温暖化を味方にする動物は?」)
その結果、一部の住民は新しい安全な方法に乗り換えている。
バローの長老ラリー・エイキンさんは「以前はこのような問題はありませんでした」と話す。エイキンさんは捕鯨船でクジラに銛を打ち込む仕事をしている。
水没する貯蔵庫
アラスカの先住民イヌピアットはクジラやセイウチ、アザラシ、カリブー、魚などを捕まえて自給自足しているが、収穫は不安定で予測不能なため、獲物が少ない時期は地下貯蔵庫が重要な役割を果たす。一般的な貯蔵庫は深さ3~3.6メートルほどで、多くの場合、同じ捕鯨船に乗る漁師たちとその家族で共有する。
アラスカの大手スーパーマーケットであるACバリュー・センターの店舗がバローにもあり、肉や魚の在庫を切らした住民のため、空輸した食品を販売している。しかし、店で売られている加工食品のほとんどは、タンパク質やミネラル、脂肪酸などの栄養素を多く含む伝統的な食品に比べると健康的ではない。
ACバリュー・センターで手づくりの人形などを販売するエマ・ニーコクさんは「水没した貯蔵庫はたくさんあります」と話す。ニーコクさんによれば、バローの貧困層は加工食品を買うことすらままならない生活を送っているという。クジラの肉を保存するのに必要な大型冷凍庫など、もちろん手が出ない。「クジラの肉などは(冷蔵庫の)冷凍室には入りません」
ロシア、チャースキーにある北東地域科学ステーションの所長ニキタ・ジモフ氏によれば、地下貯蔵庫の融解は北極圏全域の漁師や狩猟者を悩ませているという。永久凍土の温度が上昇しているため、これまで以上の適切な維持管理が必要だと、ジモフ氏は助言する。(参考記事:「ジョシュアツリーが気候変動で絶滅のおそれ」)
「この地域の人々の多くが地下貯蔵庫を適切に維持管理できていません」。氏によれば、貯蔵庫を開けて冷気を循環させたり、春になったら肉を取り出し、貯蔵庫の底にきれいな雪を敷き詰めたりしなければならないという。
貯蔵庫の維持管理には霊的な意味もある。バローに住むイヌピアットの女性は、「きれいな場所でなければクジラもくつろぐことができないため、地下貯蔵庫は清潔にしておかなければなりません」と話した。
バローに暮らすリチャード・グレンさんは気候変動を考慮に入れて貯蔵庫を設計した。亀裂から水が染み込まないよう、ふたを芝生で覆うという対策を講じたうえ、「普通の貯蔵庫より少し深く掘りました。6.7メートルくらいだと思います。外側の温度が上昇したときに時間を稼ぐためです」