いよいよ酒造りのシーズンを迎え、日本酒セミナーの受講生を引率して蔵元を見学する機会が増えてきます。
毎年、関西の親しい蔵元を訪ね、杜氏さんと一年ぶりにお目にかかりながら、今年の米のできばえや醸造計画について聞かせてもらうのですが、蔵の中での話しに、受講生の方たちがあらためて感慨にふける場面があります。
それは、いくら名杜氏といえども、生き物である酒を支配することはできない。まちがいのない作業、工程、チェックを続けていても、目に見えない・原因不明な何かの力によって、麹やモロミの状態が変わってしまうこともあるということです。
僕が今まで取材した350社の蔵元には、10万石の大手メーカーもあれば、たった5人で酒を造る300石の零細企業もあります。しかし、どこの杜氏でも、強引に、自分たちの都合のいいように吟醸造りをやると、失敗すると語りました。
これは、若い頃から天才杜氏と呼ばれる丹波の山名酒造 青木卓夫杜氏の言葉ですが、「米を蒸すにも、天気予報と気圧を必ず調べて、それに合う蒸し方をしなければ、麹菌のはぜ込みが悪くなる」そうです。
丹波地方は海抜200mくらいで、晴れていれば1004ヘクトパスカル程度ですが、曇天や雨の日にはこれがぐっと低くなります。気圧が下がれは、米を洗う仕込み水の浸透圧や、米を蒸す蒸気の沸点も下がります。
つまり、蔵元の設備では数値管理できない、聖域に踏み込むわけです。ここは、やはり長年の経験と勘が物を言う世界です。
また、蔵の環境を変えたり、設備を新設したりする時は、特にデリケートになりがちです。
新しい蔵で1年目の酒を仕込んでも、なかなか目指す酒ができにくい。セメントや溶剤などさまざまな化学的成分の影響で、その蔵独自の微生物。例えば、以前の蔵で空気中に漂っていた乳酸や菌類が、そこにはいない確率が高く、3年以上たって、ようやく同じような味わいと香りの酒ができるのだと語りました。
石の上にも3年ならぬ、蔵の中にも3年! 理論や分析で、数字を合わせるだけでは、酒造りはうまくいかないということでしょう。
オカルトばなしではなく、やはり、日本酒の現場には、人間よりも、神聖なる存在がいるというわけです。
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