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第二十六話
空から見渡すと、そこには何やら折り紙を散りばめたような河のようなモノが見える。
よく目を凝らして見ると、それは全てが人や車である事がよくわかる。
信じられない数の人が、一様に国から少しでも離れようと歩みを進めているのだ。
だが、その後方には、同様に群れを成し蠢く異形の者達の姿があった。
その姿は身の丈2mをゆうに超え、筋骨隆々であり、その肌の色は濃緑であるが、何より不気味なのは、その大男の体の頭部が牙が上下に伸びた豚の頭そのものであることだ。
オークである。
冒険者が存在しない中国で、たった一つのダンジョンが出来た。
外敵のいないオークは爆発的に増加し、迷宮に居場所を無くした為に、ダンジョンから溢れ出し、人民を苗床として増加したのだ。
人間の男女に関係なく、種を植え付け繁殖し、苗床となった残骸は食い散らされる。
そのオークが本能に従い群れを成して、餌を探し求めている。
その異形の魔物達は、遂に人間の群れを発見し、その歩みを進めていたのだ。
蠢く森のように見える程に繁殖したオーク、彼らが国を後にする者達を食らわば、世界が大混乱するオークの繁殖が起こるだろう。
彼らの背後には、刻一刻と絶望が迫っている。
ここで、残虐な殺戮劇を見届ける事しか出来ないのだろうか。
だが……。
突如として、絶望の荒野に一条の光が差し込む。
その光は残像を残し、まるで飛行機が煙でスカイライティングをしたかのように彼が走り抜けた道筋をハッキリと示している。
「うっひょぉおお!!スッゲー人沢山!!!さすがに兄貴がここに入っちまったら探すのは無理かなぁ…なんで黒髪なんすかすかぁ!!でも探すっすよぉ!!異変あるとこにメイズの兄貴あり。このハクメイの兄貴センサーは並みじゃないっすよ!!」
その姿はまさに光の化身、その身を光へと変化させ、光速で移動する白銀の髪を持つハクメイと名乗る男は、その難民の群れに躊躇無く飛び込む。
すると、突如として現れたハクメイを見て、難民達は静かに涙を流し、地に膝をつけ祈りを捧げる。
「うおっ、なんだこいつら。何言ってかわかんねぇっすよ…あ、でも確か」
ハクメイは、ステータスメニューを開き言語設定を開こうとするが、それと同時に後方から伝播した不安や狂騒の織り混ざった、濁々とした恐怖の波のような声にもならない群衆の呻きが聞こえ身震いをさせる。
「…なんか、あったのかな」
そこからの行動は速かった。
見る見るうちに人を掻き分け、移動の弊害で民衆に被害が出ないように静かに洗練された、レーザービームのような光の化身となり、最後方を目指したのだ。
この一瞬で、状況を読み、自身に組み込んだルーンを書き換えたのだ。
それは如何に非常識な事をしているのか、本人は分かっていないが、この大地を埋め尽くす程の人の群れを一瞬で駆け抜けるのは、ハクメイだからこそ可能としたのかも知れない。
最後方に辿り着いたハクメイは目を見開いた。
その瞳には驚愕の色を色濃く映し出している。
だが、驚いてしまうのも無理はない。
その目の前で行われているのは、異形の魔物達が、人間を犯し、嬲り、殺している阿鼻叫喚の地獄絵図であったからだ。
無言でハクメイは加速し、その手にはいつの間にか忍者刀が両の手に握られていた。
躊躇わずにオークの首を斬り落とし、心の臓を貫き、光の球体を自在に操りオークの群れを瓦解させていく。
「早く逃げろ!!!いけっ!!いくんだよ!!」
腰を抜かした夫婦に先へ進めと、指をさし、言葉は通じていないが、何やら意図を汲み取った難民達は一斉に逃げ始める。
そちらに気をとられたオークの背後から刃を突き立て、再び光の球体を生み出してオークを穴だらけにして絶命させる。
「はぁ、はぁ、くそ、キリがねぇっすよ」
インベントリから魔力回復薬の小瓶を取り出し、腰のホルダーに4つ突き刺す、だがそうこうしている一瞬の間に、オーク達はジリジリとにじり寄り、ハクメイを四方八方から包囲する。
「くっ、サークルエッジ!!」
術式起動と同時に現れたのは、これまで使用していたビー玉のような光の球体ではなく、丸い鏡のような板状の光である。
ハクメイがその光の円盤を掴み即座に投げつけると、円盤は弧を描き、軌道上に存在したオークを切り刻む。
そして直後に魔力回復を飲み干し、同様に光の円盤を創り出す術式起動をし、投げつけるを4度繰り返すと、オークはその包囲網に僅かな綻びを創り出す。
ハクメイはその一瞬の綻びを針に糸を通すかのような緻密な身体操作で切り抜けると、再びオークに向き直る。
「とことんやってやるっすよ豚野郎!!とこ豚って感じっす!!」
オーク達は突如訪れた経験した事もない外敵への恐怖と、朽ち果てた同族の姿に己の身の危険を知り、四方八方に散り散りに逃げ始めるが、ハクメイは文字通り、とことん豚どもを駆逐する。
果てはその身が軋み、自分の体が自分の物ではないような錯覚を起こす程に体力を喪失し、立っているのもやっとな程にオークを切り刻み続けたが、数百体目のオークにトドメを刺したと同時に、地に伏せてしまう。
恐らくオークは数千、数万はいただろう。
しかし、死の恐怖と仲間を失う感覚に怯えをなして、逃げ惑い散り散りとなった為に、その場には既にオークの姿は無かった。
あの人の群れを追うな、殺されるぞと、意識が伝わり、オーク達は方々へ逃げて行ってしまったのだ。
「はぁ、はぁ、くっそ…やべぇっすよ。桃源郷一月本気で通えるかもしれないっすよ、ったく」
暫くすると、息が整い、体の軋みは取れていないが、なんとかハクメイは立ち上がると、遠目には難民が列を成して、ハクメイを見守っているのがわかる。
「逃げろって言ったのに、なにしてすか。まったく」
ハクメイはステータスメニューから中国語をアクティベートし、その難民の群れを目指し歩き始めると、それに呼応するかのように難民達はハクメイに歩み寄る。
「ありがとう!ありがとう!!心より感謝します!!」
「神よ!!あなた様は神様です!!」
「ありがとうございます!ありがとうございます!!」
ハクメイに浴びせられたのは、感謝の言葉の雨であった。
人々は命を救ってくれたハクメイに祈りを捧げ、地に膝をつけて、いつまでも感謝の言葉を述べる。
いつしかその群れはハクメイを中心に蠢き、歓喜の嵐が巻き起きるが、その喝采は突如として静寂に包まれる。
轟音と共に壁が現れたのはだ。
それもただの壁では無い。
果てまで見上げるにも仰け反っても果ては見えないような巨大な壁だ。
突如その巨大な壁が現れ、難民達が今まで辿って来た道を塞いでしまったのだ。
そして、その壁には、血文字のような赤い文字が浮かび上がる。
『Congratulation!!これでお前達は豚の恐怖に怯えないで済むよ!!お前らが捨てたこの国の半分、いらないみたいだから貰うことにした!中に残った奴は次の世界に生き、お前達はポイントになるのを待つ家畜だ。でも絶望するなよ!それはお前達が選んだ一つの答えなのだから!!ダンジョンマスターより愛を込めて』
その高く高く聳え立つ壁に記された文字に、難民達は同様し始めるが、ハクメイは心無しかその頂を見つめていた。
「なんか今黒いのが……見えろ!!見えてくれっす!!ルーンを組むっすよ!!光を!遠くを見通せる魔法を!!!」
魔力を練り、魔法陣を起こし、ルーンを組み重ねていく。
強引に繊細に緻密に組み立てると、ハクメイはわずかに口角を上げる。
「リフレクトモノクル!!」
光のコンタクトレンズのような物を右眼に嵌め込むと、その聳え立つ壁の上に立ち、此方を見下している者の姿にハクメイは驚愕する。
そこには無表情で此方を見下ろす黒い憧れの冒険者の姿があった。
「そんな……ほんとに、アニキが、ダンジョンマスター……っすか…」
今さらである。
しかし、このハクメイには、それが信じ難い事であったらしく愕然としてしまっている。
泣き喚き、焦燥し、呆然とする難民を見て、ハクメイは言葉を失う。
「もし…もしメイズのアニキが、本当にダンジョンマスターなら、もっとやり方があったんじゃ…でも、ドラゴンで避難民の船を焼き払っていたし…あれは最高にクールだって思ったっす…でも……」
ハクメイは振り返り、一際大きな声で泣き叫ぶ少女を見て拳を強く握りしめる。
「ネットで読んだり調べたり、テレビで見たり、数字や状況を人伝に聞いても他人事のように、それはどっかで物語のように思ってあまり深く考えなかったっすけど……目の当たりにしちまうと、これがどんだけ酷い事なんかわかるっす!なんで、なんでっすか!!メイズのアニキ!!!」
ハクメイの叫びは届くはずも無い。
だが、絶望は更に度を増して訪れる。
目前にこれまでの洞窟のような見た目で無く、城のような見た目の建築物が突如として現れたのだ。
ついでと言わんばかりに、記される文字。
『豚の次は鬼行ってみよう。オーガの巣をプレゼントする。あと、ハクメイ。どうするかはお前次第だ。好きにしろ』
その言葉を受けて、暫くの間俯いていたハクメイは、何やら覚悟を決めたかのように、ただただ巨大な壁を睨みつけていた。
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