9/27
第九話 とある冒険者の一日
とある冒険者の一日
「おはよう!おばあちゃん」
「おはようモモカ。今日も迷宮かい?」
「うん!今日から新しい迷宮が5つオープンするんだ!10層まであって前より強いモンスターがいるんだって!楽しみだよ」
「あんまり危ない事はしないでね」
「うん!ありがとう!!行ってきます!」
桃色の長い髪、それと同じ桃色の瞳を持つ、女子校の制服に日本刀を帯刀した少女は、毎日一人でダンジョンに篭り、一日中ゴブリンを狩る上位冒険者の一人である。
掲示板ではそのキチっぷりから首刈り姫と呼ばれているのだが、本人は掲示板などを見ないので知る余地がない。
「えーと、うわ!新迷宮上野にもあるじゃん!ラッキー!ここにしよ!」
新車で買った原付バイクに乗り、ナビゲーションの矢印が案内するままにアクセルを開けると、仲見世通りのタバコ屋に意気揚々と飛び込む。
そこは既にダンジョンである。
「あ、モモカちゃん!お久ぁ」
「あれ?クロさんじゃないですか!にゃんこ連盟ってここ攻めてます?」
猫耳の集団を発見して駆け寄るモモカは、まずは挨拶と漆黒聖天、通称クロの猫耳をもふもふすると、背の小さいクロも気持ちよさそうに目を細める。
「あうぅー。そうなんだよ。さっきオープンだったんだけど、罪喰いにコア制御全部取られる前に此処と神田は抑えろってギルマスが」
「うわー、大変なんだね。TOPの人達って」
「ブッチーとかは異常だからね。張り合いたくないんだけど、ウチはギルマスが異常だからね」
「夜爪さんもすごいもんなぁ。白い閃光の異名は伊達じゃないもんね!ズビシッ!ズバババって」
「は、はは。モモカちゃんも凄いと思うけどね。首刈り姫だし」
「え?なんか言った?」
「いや、何も言ってないよ」
クロは大粒の汗を額から噴きださせるが、モモカは気にせずクロの髪を撫でる。
所謂初期組と呼ばれる最初の100人は定期的に集まりを開いており、みんな顔見知りである。
その中でも、家で黒猫を飼っているモモカは、クロがお気に入りであり、ダンジョンで会うたびにクロは揉みくちゃにされている。
「赤と青戦った?どうだったの?レートは?」
「赤はパワー系ですね、最低レベルで五層ゴブリンより少し強いぐらいで、レートは64です。青はスピード系ですが、強さ的には同様でレートはこちらも64です」
「うわー、64かぁ。家建てちゃえるかも。でも脇差し欲しいしなぁ」
うーんと悩む素振りを見せると、クロはクスッと笑ってしまう。
「最近現金交換も出来るようになりましたからね。初期の頃はみんなDMの価値がわからずに黄金に交換しまくって金相場が4800円から4200円まで落ちたから焦りましたよ」
「あれ東京だけでしょ?冒険者対策で。まぁ、お陰で田舎で一人暮らしのおばあちゃんこっちに呼べたから冒険者稼業様々だけどね」
耳を撫でられながら気持ち良さそうにクロも頷き、モモカも気持ち良さそうなクロを見てご満悦の様子である。
「私もいい家に住めてるんで感謝しかないですよ。ちなみに狙ってる脇差しっていくらなんですか?」
「それが15000なんだよぅ。耐久値が落ちないクラスだと1万越えてくるから辛いよ」
「ですよね。心中お察しします。こっちはギルドで必死に貯めたDM、ギルマスが5万の靴買ってきた時は気絶しかけましたけどね」
「でもそれであの瞬身でしょ?あたしも欲しいしなぁ。けど5万は流石に無理。早くオーガとかオークのダンジョン出来ないかなぁ」
「いつかアキバのドラゴンクラスのモンスター狩れるぐらい強くなりたいですよね」
「うんうん、頑張ろうねっ!じゃあちょっとゴブリン叩いてくるよ!」
「はい!頑張ってください!!次のオフ、また連絡しますね!」
「うん待ってるよーん」
そう言ってモモカは刀を鞘から引き抜き一気に駆ける。
通りすがりにレッドゴブリンの首を刎ねとばし、道の端にその首を置く。
「こんなもんか。まぁ、今日も一日頑張りましょう!」
魔石を抜かなければ、魔物の死体はダンジョンに食われないので、モモカはゴブリンの首を斬り落とし、端っこに並べる。
そして血の匂いに誘われたゴブリン達を淡々と狩っていくのが、モモカの戦闘スタイルである。
いつしか道の端にはゴブリンの首が積み重なる事からモモカは首刈り姫と呼ばれるようになったのである。
「よーし!64万!!64万!!64万!!!」
換金レートを叫びながら首を斬り落とす様子は地獄そのものである。
駒のように廻り、蝶のように舞い、鬼神の如く狩る。
モモカのスピード、技術を持ってすれば、ゴブリン程度は既に作業である。
上位冒険者は総じて深層に潜るが、モモカは必ず低層で刀を振る。
深層に行けばレートは上がるが、深層までの移動時間などを考えて最低レートを最速で狩り続ける事に利益を見出している為だ。
某掲示板ではよくこんな事が書かれている。
首刈り姫注意報 ◯◯ダンジョン。
これは首刈り姫モモカの縦横無尽に暴れ回る戦闘スタイルに初期組が警鐘を鳴らし、邪魔をしてはいけないという暗黙の了解の元の注意勧告である。
しかし、先日100名の新人冒険者が新たに生まれ、以前より掲示板を賑わせていた首刈り姫を一目見ようと、とある冒険者は実力に沿わないにも関わらず、上野仲見世タバコ屋ダンジョンに来てしまっていた。
「ふぅ、リポップが止まったな。剥ぎ取りしておこう」
「クエー!!クエー!!」
「あっ、こら!!赤雷!!邪魔しちゃダメだ!」
死屍累々のゴブリンの廃棄場に、翼の生えた小さなトカゲが舞い降りると、そのつぶらな瞳で、モモカを捉え、甘えた声で鳴く。
「くえー」
「なにこの可愛い生き物」
赤雷と呼ばれた小さなトカゲは、本能で目の前の人には敵わないと理解したようで、命乞いをしているのだが、当のモモカはそんな事に気付くはずもなく、突如懐かれたと勘違いしている。
「す、すいません。鮮血のピーチ姫!!」
慌てて赤雷を捕まえて、深く頭を下げる金髪碧眼の青年にモモカはキョトンとしながら首を傾げてしまう。
鮮血のピーチ姫とは、首刈り姫は恐いので、新しくあだ名をつけようというスレで満場一致て決まった蔑んだあだ名であったのだが、世情に疎いこの青年は、スレ内の鮮血のピーチ姫って呼んだら首刈り姫が微笑んでくれた件。と書かれたデマをそのまま信じてしまっていた。
「ちょ!!!鮮血のピーチ姫ってマリオいらないじゃん!あはは!お腹痛い!!!」
しかし結果はなぜか微笑むどころか爆笑であったのだ。
「狩りの邪魔をしてしまって申し訳ないです。ゴブリンなら赤雷がいればなんとかなるんで、どうしても一目ピーチ姫を見てみたくて」
「あはは、そうなんですか!こんなあたしを態々見に来てくれてありがとう。ってありがとうはおかしいのかな?」
「はい、おかしいです。怒られるのを覚悟して、遠目に見るつもりだったのですが赤雷が」
青年が眉を垂らすと、モモカは赤雷の方を見やると、赤雷は足元に転がるゴブリンの亡骸を食べようかやめようかとなやんでいる。
「この子、これ食べても大丈夫なの?」
「はい、こんなに小さいのに大食で、おそらく火竜の幼体なので、体内で炭化させて体内に巡らせていると思うんですがわからずじまいで。魔石ごと燃やしてしまうので困ってるのですが」
「へぇ、ヤンチャさんなんだね。ほらセキライ、食べていいよっ」
「くえー?」
「うん、いいよっ」
「くえー!!」
赤雷はわけてもらったゴブリンを白光のブレスで炭化させると、そこから漏れ出る虹色の光を捕らえ、肉のように噛みちぎる。
「あっ、これ魔石から漏れる魔素を食べてるっぽいですね」
「本当ですね、さっきは丸ごと食べていたのに。いや待てよ、本来は魔石を食べるのが普通なのかもしれんな…あぁ、赤雷の親として何もわからないなんて……」
自己完結して落ち込み膝を曲げてしまう青年にモモカは困ってしまうが、楽しそうに魔素を食べる赤雷を見てニコッと笑う。
「あなたお名前は?」
「わ、私ですか?私はドラゴン教授と名乗っています」
「なんか堅いね。じゃあ赤雷パパって呼んでいい?」
「は、はい!!かの有名な鮮血のピーチ姫に呼ばれるなど、栄光の極み!!」
「あはっ!だからそれやめてよ!」
クスッと笑ってからモモカは赤雷の頭を親指で軽く撫でると、赤雷は気持ちよさそうに大きくつぶらな瞳を半分に細める。
「…………ねぇ、赤雷のママになってあげよっか!」
後に世界を震撼させる竜騎士が、仕えるべき主君と出会った瞬間だったとは、この時まだ誰も知らない。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。