新聞・雑誌等への寄稿・投稿

「中央公論」平成20年12月号「外交最前線」より転載

外交最前線 原子力の平和利用のキーワード「3S」

国際的なエネルギー需要の増大と地球温暖化問題への対応などから、原子力の平和利用が見直されている。しかし、原子力には安全性、核不拡散などの確保といった課題がある。原子力の平和利用と日本外交について、小溝泰義在ウィーン国際機関日本政府代表部大使に聞いた。

「原子力ルネッサンス」という流れ

原子力発電の導入を計画している国が、このところ増えているそうですね。

小溝●現在、世界で原子力発電を利用している国は30ヵ国。それを拡充しようとする動きに加え、新しく始めようとする国が30ヵ国以上あります。いわゆる「原子力ルネッサンス」という流れがこの2、3年ほどの間に急速に現れています。こうした動きの背景には、原油価格の高騰や、中国、インドなど新興国のエネルギー利用の増大で需給バランスがタイトになっていること。そして、地球温暖化問題への対応として、原子力発電には発電過程において温室効果ガスを排出せず、安定して電力を提供できるというメリットの認識があります。世界で新エネルギーの開発が進められていますが、新・代替エネルギーで賄える電力量はいずれも数%程度に過ぎません。その点、原子力発電は基幹電源になりうるので、それをいかに活用していくか、が見直されているのです。

日本の提案でG8サミット首脳宣言に

G8北海道洞爺湖サミットの首脳宣言に、開発途上国の原子力発電計画への支援が盛り込まれており、それが日本の提案ということですが……。

小溝●G8でも、例えば米国は長く原子力発電の新設を凍結しており、ドイツは脱原子力を打ち出しています。しかし近年、米国は原子力発電を温室効果ガス削減の有効な手段として、方針転換しています。ドイツも他国の原子力の平和利用にまでは反対していません。今回の首脳会議では、さまざまな議論の末、わが国の主張が通り、原子力エネルギーの平和利用について合意され、宣言に盛り込まれました。その内容は、「我々は、保障措置(核不拡散)、原子力安全、核セキュリティ(3S)が、原子力エネルギーの平和的利用のための根本原則であることを改めて表明する。このような背景の下、日本の提案により3Sに立脚した原子力エネルギー基盤整備に関する国際イニシアティブが開始される」というものです。

透明性と国際的信用の確保が必要

3Sについて詳しく説明いただけますか。

小溝●原子力発電は、導入の当初から民生目的以外への転用の防止が課題となっています。そのため、核不拡散・保障措置(Safeguards)と核セキュリティ(Security)という透明性の確保が必要です。また、原子力はチェルノブイリでの原子力発電所事故に見られるように、一国の事故が世界に大きな影響を及ぼすので、原子力安全(Safety)という国際的な信頼の確保が欠かせません。つまり、原子力の平和利用には3Sの確保が重要なのです。このことは、日本の一貫した主張で、この3S外交を原子力協力の基本方針としています。それは、日本自身がこれまで、平和利用・核不拡散に徹し、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れ、安全にも最大限配慮して原子力発電を進めてきて成功したからです。具体的な3S外交としては、カザフスタン、ベトナム、インドネシアなどと協力の話し合いをしています。その際には、IAEAの追加議定書締結を求めるなど、二国間関係の強化をグローバルな枠組みの強化と両立させることを基本方針としています。

国際貢献に若い技術者の育成が重要

原子力の平和利用での日本の国際貢献と将来展望をお聞かせください。

小溝●世界で今、約440基の原子力発電が稼動していて、うち約300基をG8が占めており、G8諸国の国際的な責任は大きいといえます。中でも日本は、技術的にも生産・管理面でも現在、世界のトップレベルにあり、国際社会に大きく貢献しうる立場にあります。原子力発電導入に必要な措置については、IAEAのマイルストーン・ドキュメントという19項目のチェックリストがあり、そのすべてをクリアする必要があります。しかし、関連する国際支援を得るためには透明性と信用が必要なので、3Sの確保がもっとも確実に援助を得られる、差別性のない手段といえます。この3Sを国際標準とすることが当面の目標です。新たな課題もあります。原子力の安全や核セキュリティなどをさらに強化するためには、技術革新が必要です。日本の原子力産業界も世代交代期にあります。その意味で、第1世代が築いてきた技術開発などにおける国際的なネットワークを積極的に活用して、これからも日本がリーダーシップを発揮していけるよう、若い世代の人材育成が重要と強く感じています。

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