イラストbyまがたさん
それから数日後。異世界での打ち合わせが行われ、ライブの開催が無事決定した。
そして今日はライブの開催日。僕達が部室で待っていると、空間に穴が空き、そこからクックさんとロビンさんが飛び出してきた。
「お待たせしました。皆さん、準備は整っておりますか?」
「用意はオーケーだ」
「デュフフ、今回は抜かりなしでござる!」
「僕も大丈夫だよ、準備万端!」
クックさんの問いかけにそれぞれが答えていく。するとロビンさんが笑みを浮かべた。
「今回のライブはお主らに楽しんでもらうためのライブじゃ。難しい事は考えなくてよろしい。さあ、楽しいライブの始まりじゃ!」
それに僕達は「おう!」と力強く答えた。
異世界の神殿、そこの客室で僕らはライブの確認をしていた。その場には僕ら三人の他にカナリアとお供の神官二人がいる。
「今回は神殿のホールではなく、広場をステージとして使います」
「野外ライブって奴だな、ゴスメガネおっぱいちゃん」
「その呼び方はやめてください!」
村ちゃんの一言にクックさんが顔を赤くする。なんとなく、この二人はお似合いだなと思った。
「拙者、このライブが成功したら、正式にロビンたんに結婚を申し込むでござるよ」
「うむ、期待しておる」
こちらは若干犯罪の匂いがするが、お似合いと言えばお似合いだろう。
僕はふとカナリアを見つめる。カナリアの表情はなぜか曇っていた。
すると客室に妖精さんが入ってきた。
「会場の準備、整ったのでごじゃりますよー!」
その一声に場の空気が真剣な物に変わる。
「今日のライブ、真面目に楽しんでいこう。世界を救うのは、その後だ」
村ちゃんが真面目な表情で語る。
「そうでござるな。真面目に楽しむ、拙者はそれを忘れていたのでござるよ」
「僕もだよ。でも今度こそ、皆で楽しめるライブにしたい!」
三人の意見が一つにまとまる。『皆で楽しいライブを』それさえ意識していれば、この間のような失敗はもうないはずだ。
「カナリア、今度こそ皆で楽しめるライブにしてみせるよ」
「……はい」
カナリアが笑顔を浮かべる。だがその笑顔はどこかこわばって見えた。
いよいよ僕達は舞台裏にやってきた。これから舞台に飛び出しライブを始めるかと思うと、心臓が一気に脈打つ。でも、この緊張が心地いい。
今度こそライブを成功させる。そう覚悟を決め、僕達は舞台に飛び出す!
――そこに、観客は一人もいなかった。
「えっ」
思わずそうつぶやく。村ちゃんや天馬君も戸惑っていた。するとカナリアが舞台に出てきて沈んだ顔でポツリとつぶやく。
「すみません、私の力不足で、お客さんを集める事ができませんでした」
カナリアの目から涙がこぼれる。そうか、だからカナリアはずっと暗い表情を浮かべていたのだ。カナリアが声をあげて泣き始める。
その時、僕の中で何かが燃え上がった。
僕はステージの前に立ち、ハッキリとこう告げた。
「ライブを始めよう! これは僕達が楽しむためのライブなのだから!」
すると僕の呼びかけに村ちゃんや天馬君も応えてくれる。
「さあ、始めるぜ!」
天馬君がドラムのスティックで合図をする。
(ワン、ツー、スリー、フォー!)
いよいよライブが始まる。観客のいないライブ、上等だ。それなら僕達だけでもこのラブを楽しんでやる。
ギターをかき鳴らし、歌声をあげる。よし、今日はあの違和感もない。いつも通りの最高の演奏ができる!
その様子を見て、カナリアから涙は消えていた。僕らの演奏を聞いて、一気に明るい表情を浮かべる。
さあ、今度こそ楽しいライブの始まりだ。
村ちゃんのベースは抜群だった。さすがバンドで一番経験があるだけあり、演奏に安定感がある。
ベースの低音が響く。とても気持ちの良い重低音。これこそが本当の村ちゃんのベースだ。
横目で村ちゃんを見る。村ちゃんはとてもさわやかな表情を浮かべ、とても楽しそうにベースを演奏していた。これが僕達の求めていたもの。本物のライブだ
一曲目が終わる。もちろん観客はいないから、拍手もない。それでも構わない。僕らが楽しめればそれで良いのだ。
「ご静聴ありがとう! なんてな!」
村ちゃんが得意の冗談を飛ばす。それに僕らは笑い合う。
「さぁ、二曲目行くぜ!」
再び天馬君がスティックで合図をする。二曲目の演奏が始まった。
天馬君のドラムは気持ちの良いリズムを刻んでいた。さすが音楽ゲームで全国一位を取っただけの事がある。
だがゲームのドラムと本物のドラムは別物だ。それをわかっていながら、天馬君は軽音部に入部した。
ここまで演奏できるようになるまで、どれほど練習したのだろう。きっと僕らの知らないところで沢山努力したはずだ。
横目で天馬君を見る。天馬くんもまた気持ちの良い笑みを浮かべていた。
村ちゃんに続き、天馬君のドラムも冴え渡っている。最高のライブに一歩ずつ近づきつつあるのだ。
二曲目が終わる。もちろん観客の拍手はない。でもそんな事は構わない。僕らは三曲目の演奏を始めた。
僕は必死になってギターを演奏していた。譜面自体はそこまで難しい曲でもない。でもこの熱気に負けたくなくて、僕は必死に食らいついた。
ギターを鳴らす。このバンドで一番下手くそなのは間違いなく僕だ。だからこそ他の二人に負けない努力と熱意を持たないといけない。
歌声を上げる。自分でも泣きたくなるくらい下手くそな歌だ。でもギターを弾きながら歌うのは最高に気持ちいい。僕はこのライブを心から楽しんでいた。
三曲目の演奏が終わる。拍手はない、そう思った時の事だった。
――そこには沸き立つ観客の姿があった。彼らは僕らの演奏を聞き、沢山の拍手をくれている。一体何が?
すると舞台袖からカナリアが顔をのぞかせた。
先ほどまでいなかったはずの観客が、目の前にあふれていた。いつの間にこんな観客が現れたのか。
すると舞台袖からカナリアが顔を出す。カナリアは紙の板を持っており、そこにはこう書かれていた。
『皆さんの演奏を妖精たちに頼んで街中に運んでもらいました!』
それを見て僕はなるほどと納得する。妖精たちはなんでも物を運ぶ事ができる。それが例え僕らの演奏であっても。要は妖精達がスピーカーとなり、街中に僕らの演奏を届けてくれたのだ。
観客たちが「次の演奏はまだか!」と声をあげる。僕は村ちゃんと天馬君、二人と見つめ合い、笑みを浮かべた。
「さあ、次の曲に行くぜー!」
村ちゃんの声に観客達は歓声をあげた。
観客達の歓声に応え、四曲目の演奏が始まる。曲は僕らが作ったオリジナル曲。果たしてこれが受け入れられるか。僕達ははやる思いで演奏を始めた。
ギターが鳴り、ベースが響き、ドラムが轟く。そして僕は歌声を上げた。
今までにない、最高に楽しい演奏。そうか、僕はこの日のためにギターを続けていたんだ。
自分自身が開放されていく感覚。もっと僕の演奏を聞いて欲しい。もっと僕の歌を聞いて欲しい。そういった気持ちを込め歌い続ける。
四曲目の演奏が終わる。果たして観客の反応は、
「最高だー!」「こんなの初めて!」「もっと聞かせろー!」
観客達の歓声に僕は泣きそうになる。
こうして僕らのライブは無事成功を収めた。
続く
▼この記事を描いた人▼
▼他の小説はこちら▼