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日刊オレラ

極上のひまつぶせるマガジン!

【小説】 第8話『鳴らせギター!』~異世界バンドマンは世界を救わない~

小説 小説-異世界バンドマンは世界を救わない




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イラストbyまがたさん

 それから数日後。異世界での打ち合わせが行われ、ライブの開催が無事決定した。

 

 

orera.hatenablog.com

 

 そして今日はライブの開催日。僕達が部室で待っていると、空間に穴が空き、そこからクックさんとロビンさんが飛び出してきた。

「お待たせしました。皆さん、準備は整っておりますか?」

「用意はオーケーだ」

「デュフフ、今回は抜かりなしでござる!」

「僕も大丈夫だよ、準備万端!」

 クックさんの問いかけにそれぞれが答えていく。するとロビンさんが笑みを浮かべた。

「今回のライブはお主らに楽しんでもらうためのライブじゃ。難しい事は考えなくてよろしい。さあ、楽しいライブの始まりじゃ!」

 それに僕達は「おう!」と力強く答えた。

 

 異世界の神殿、そこの客室で僕らはライブの確認をしていた。その場には僕ら三人の他にカナリアとお供の神官二人がいる。

「今回は神殿のホールではなく、広場をステージとして使います」

「野外ライブって奴だな、ゴスメガネおっぱいちゃん」

「その呼び方はやめてください!」

 村ちゃんの一言にクックさんが顔を赤くする。なんとなく、この二人はお似合いだなと思った。

「拙者、このライブが成功したら、正式にロビンたんに結婚を申し込むでござるよ」

「うむ、期待しておる」

 こちらは若干犯罪の匂いがするが、お似合いと言えばお似合いだろう。

 僕はふとカナリアを見つめる。カナリアの表情はなぜか曇っていた。

 

 すると客室に妖精さんが入ってきた。

「会場の準備、整ったのでごじゃりますよー!」

 その一声に場の空気が真剣な物に変わる。

「今日のライブ、真面目に楽しんでいこう。世界を救うのは、その後だ」

 村ちゃんが真面目な表情で語る。

「そうでござるな。真面目に楽しむ、拙者はそれを忘れていたのでござるよ」

「僕もだよ。でも今度こそ、皆で楽しめるライブにしたい!」

 三人の意見が一つにまとまる。『皆で楽しいライブを』それさえ意識していれば、この間のような失敗はもうないはずだ。

「カナリア、今度こそ皆で楽しめるライブにしてみせるよ」

「……はい」

 カナリアが笑顔を浮かべる。だがその笑顔はどこかこわばって見えた。

 

 いよいよ僕達は舞台裏にやってきた。これから舞台に飛び出しライブを始めるかと思うと、心臓が一気に脈打つ。でも、この緊張が心地いい。

 今度こそライブを成功させる。そう覚悟を決め、僕達は舞台に飛び出す!

 ――そこに、観客は一人もいなかった。

「えっ」

 思わずそうつぶやく。村ちゃんや天馬君も戸惑っていた。するとカナリアが舞台に出てきて沈んだ顔でポツリとつぶやく。

「すみません、私の力不足で、お客さんを集める事ができませんでした」

 カナリアの目から涙がこぼれる。そうか、だからカナリアはずっと暗い表情を浮かべていたのだ。カナリアが声をあげて泣き始める。

 その時、僕の中で何かが燃え上がった。

 

 僕はステージの前に立ち、ハッキリとこう告げた。

「ライブを始めよう! これは僕達が楽しむためのライブなのだから!」

 すると僕の呼びかけに村ちゃんや天馬君も応えてくれる。

「さあ、始めるぜ!」

 天馬君がドラムのスティックで合図をする。

(ワン、ツー、スリー、フォー!)

 いよいよライブが始まる。観客のいないライブ、上等だ。それなら僕達だけでもこのラブを楽しんでやる。

 ギターをかき鳴らし、歌声をあげる。よし、今日はあの違和感もない。いつも通りの最高の演奏ができる!

 その様子を見て、カナリアから涙は消えていた。僕らの演奏を聞いて、一気に明るい表情を浮かべる。

 さあ、今度こそ楽しいライブの始まりだ。

 

 村ちゃんのベースは抜群だった。さすがバンドで一番経験があるだけあり、演奏に安定感がある。

 ベースの低音が響く。とても気持ちの良い重低音。これこそが本当の村ちゃんのベースだ。

 横目で村ちゃんを見る。村ちゃんはとてもさわやかな表情を浮かべ、とても楽しそうにベースを演奏していた。これが僕達の求めていたもの。本物のライブだ

 一曲目が終わる。もちろん観客はいないから、拍手もない。それでも構わない。僕らが楽しめればそれで良いのだ。

「ご静聴ありがとう! なんてな!」

 村ちゃんが得意の冗談を飛ばす。それに僕らは笑い合う。

「さぁ、二曲目行くぜ!」

 再び天馬君がスティックで合図をする。二曲目の演奏が始まった。

 

 天馬君のドラムは気持ちの良いリズムを刻んでいた。さすが音楽ゲームで全国一位を取っただけの事がある。

 だがゲームのドラムと本物のドラムは別物だ。それをわかっていながら、天馬君は軽音部に入部した。

 ここまで演奏できるようになるまで、どれほど練習したのだろう。きっと僕らの知らないところで沢山努力したはずだ。

 横目で天馬君を見る。天馬くんもまた気持ちの良い笑みを浮かべていた。

 村ちゃんに続き、天馬君のドラムも冴え渡っている。最高のライブに一歩ずつ近づきつつあるのだ。

 二曲目が終わる。もちろん観客の拍手はない。でもそんな事は構わない。僕らは三曲目の演奏を始めた。

 

 僕は必死になってギターを演奏していた。譜面自体はそこまで難しい曲でもない。でもこの熱気に負けたくなくて、僕は必死に食らいついた。

 ギターを鳴らす。このバンドで一番下手くそなのは間違いなく僕だ。だからこそ他の二人に負けない努力と熱意を持たないといけない。

 歌声を上げる。自分でも泣きたくなるくらい下手くそな歌だ。でもギターを弾きながら歌うのは最高に気持ちいい。僕はこのライブを心から楽しんでいた。

 三曲目の演奏が終わる。拍手はない、そう思った時の事だった。

 ――そこには沸き立つ観客の姿があった。彼らは僕らの演奏を聞き、沢山の拍手をくれている。一体何が?

 すると舞台袖からカナリアが顔をのぞかせた。

 

 先ほどまでいなかったはずの観客が、目の前にあふれていた。いつの間にこんな観客が現れたのか。

 すると舞台袖からカナリアが顔を出す。カナリアは紙の板を持っており、そこにはこう書かれていた。

『皆さんの演奏を妖精たちに頼んで街中に運んでもらいました!』

 それを見て僕はなるほどと納得する。妖精たちはなんでも物を運ぶ事ができる。それが例え僕らの演奏であっても。要は妖精達がスピーカーとなり、街中に僕らの演奏を届けてくれたのだ。

 観客たちが「次の演奏はまだか!」と声をあげる。僕は村ちゃんと天馬君、二人と見つめ合い、笑みを浮かべた。

「さあ、次の曲に行くぜー!」

 村ちゃんの声に観客達は歓声をあげた。

 

 観客達の歓声に応え、四曲目の演奏が始まる。曲は僕らが作ったオリジナル曲。果たしてこれが受け入れられるか。僕達ははやる思いで演奏を始めた。

 ギターが鳴り、ベースが響き、ドラムが轟く。そして僕は歌声を上げた。

 今までにない、最高に楽しい演奏。そうか、僕はこの日のためにギターを続けていたんだ。

 自分自身が開放されていく感覚。もっと僕の演奏を聞いて欲しい。もっと僕の歌を聞いて欲しい。そういった気持ちを込め歌い続ける。

 四曲目の演奏が終わる。果たして観客の反応は、

「最高だー!」「こんなの初めて!」「もっと聞かせろー!」

 観客達の歓声に僕は泣きそうになる。

 こうして僕らのライブは無事成功を収めた。

 

続く

 

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