バルドの膝が俺の脚を押し広げた。
少し汗ばんだバルドの体はこの空気より熱く、俺の思考も溶かしていく。
ほんの一ヶ月半。
それだけの時間の中でバルドに出会えた事を感謝する。
「フェン……」
耳元で囁きかける声に俺はゆっくり膝を立てた。
その内側をバルドの手が撫ぜ、もう一度俺のモノに触れる。
まだ埋め火のように快感が燻る先端を愛撫され、俺はすぐにその指を濡らしてしまう。
バルドはそっとその指を俺の後ろに当てた。
「――バルド」
思わず腰を浮かせ俺はバルドの背に爪を立てた。

「……やっぱり嫌ですか? 」
バルドはその指を離した。
もう限界が近いのにまだ俺に気を使う姿が愛おしい。
「じゃなくて……俺、こういうの初めてだから……」
言いかけた俺の唇にバルドは小さく微笑みながらゆっくりキスをした。
そしてその甘い感覚に力を抜いた俺の中に指を埋める。
「んっふっ……」
声さえ奪われながら俺は驚きに声を上げた。
ぼんやりと想像していた痛みや不快感はない。


――もしかして、初めてじゃないのか、俺?――

気付いた時には既に俺の口からは信じられない声が漏れていた。
「ん……あぅ……」
――やばい。
慌てて口を閉じるがバルドにも聞こえてしまったようだ。
「フェン……痛くないですよね? 」
言いながら体の中で動かされる指はすでに遠慮をなくし、深い所にあった。
「バ……ル……! 」
浮きっぱなしの腰を支えるようにしがみ付いたまま俺は声を殺した。
バルドは俺の背を抱えながら俺の中を捏ね回す。

後ろを刺激され、達したばかりの下腹部にまた熱が集まってきた。
脳で気持ちイイと感じる前に俺の体は反応し後からそれを快感だと認識する。
指を増やされても嫌じゃなかった。
バルドは弓なりに反った俺を抱き、荒い息の中でも聞こえるほど音をたて俺を掻き回す。
先走りでべっとりと濡れたバルドと俺のモノが重なった体で擦れた。
「いっ……あ……はぁっ……」
前と後ろから同時に攻められ俺は情けないほど甘い声を吐いた。
バルドは俺の敏感な先端を滑る自分のモノで追い立てる。
「んっ……は……あ……んっ」
酔いは完全にこの行為で俺の頭の中に回りきった。
もう全身が何をされても反応し、声が抑えられない。

「フェン……! 」
バルドが俺の脚を大きく抱えあげた。
指を引き抜くとそのまま俺の中にドロドロに濡れたモノを突っ込む。
「あっ……くうっ……」
一瞬指とは比べ物にならない圧力に重い痺れを感じた。
ガクッと背中が落ち、体を丸めるようになった俺の中にバルドが深く入り込む。
「フェ……ン……」
バルドは勝手に動き出す腰を抑えられずビクビクと不規則に揺れながら俺を見た。
小さくバルドが俺を揺らす度にその痺れは体を貫く快感に変わり俺は腕で口を覆った。
「痛くない……ですか? 」
もう一度聞きバルドは俺の頭の脇に手をついた。
「んっ……ふ……」
俺は声を出せず首だけで頷く。

バルドはいつもの優しい笑みのまま俺の腕を外しシーツに押し付けた。
「痛く……ないですよね?答えてください……」
「あ……ふっ……! 」
口を閉じようとしてもできなかった。
「フェン……」
バルドが問いかける眼差しのまま俺を突いた。
「ひっ……あ! 」
自分でも聞いた事のない高い声が漏れる。
「フェン……! 」
バルドはゆっくりと腰を引き、もう一度奥まで突き上げた。

ダメだ、もう……!
俺は体を捻り肩口にまだ引っかかってる上着に顔を埋めた。
「ああああぁ……」
押し殺したつもりだったが誰が聞いても俺の声は女があげるような嬌声だった。
もう一度反った背を両腕で抱え、バルドは動き始めた。
腕を押さえたままぐいぐいと押し上げられ、根元までバルドが体の中に入り込む。
「フェン……お願いですから……」
バルドは抑えられない本能と感情の狭間でまた泣きそうな顔をしていた。
快楽を認める俺の声を求め、それを待ちきれず体は俺を貫く。
何度も何度も突き上げられ、俺は声をあげ続けた。
バルドの求める答えを口に出したいが、思考も酸素も追いつかない。

「ああっ……んくっ……はっ……」
それはほとんど悲鳴のような音だった。
男がこんなに声をあげるなんて考えられなかったが、抑えようとしてもできなかった。
体の中の痺れるような部分を擦りあげられる度に、貪るようなバルドの動きを感じる度に、
俺を求める熱い吐息が額にかかる度に、痺れるような快感が俺の理性を吹き飛ばした。
「フェン……フェン……」
バルドはうわ言のように俺の名を呼び続ける。
加減の利かないバルドの動きはとうとう俺の頭をヘッドボードに押し付けた。
「あ……バ……ル……くぅっ……」
逃げ場がなくなり追い詰められた俺の上半身をバルドは持ち上げた。
枕を腰の下に置き座らせるような姿勢に変えられ、そのまま突き上げられる。

ヘッドボードに背中を預け正面から向き合うような格好でバルドに激しく揺さぶられる。
「ん……あぁ……あ……は……」
強すぎる快楽に俺はガクリと首を折った。
喘ぎ続け飲み込めない唾液が糸を引いて俺達が繋がっている場所へ垂れていく。
「……フェン! 」
バルドが寄りかかるようにきつく俺の体を抱きしめた。
二人分の体重が背中にかかり骨がきしむ。
それでも密着した熱い体が動くと間に挟まれた俺のモノが刺激され、
俺も夢中でバルドを抱きしめた。

バルドはそのまま乱暴に俺を突き上げた。
いつもの穏やかな護衛の男とは思えない本能むき出しの動きだった。
もう自分の体を操ることができず頭がグラグラ揺れる。
思考は飛び、動物のような声を上げても止められない。
「あっ……あ……あああっ! 」
大きく叫んだ俺の先端から快感の証が放たれる。
熱い液体にまみれた俺をまだ挟み擦りあげながらバルドも昇りつめていく。
「フェン……僕……も……っ! 」
喘いでバルドは俺の腰骨を引き寄せるようにして深く抉った。
一瞬硬直した体から、熱い何かが俺の中に注がれる。
その瞬間、俺は三度目の絶頂を迎えガクガクと勝手に動く体を止められなくなった。


「フェン……」
バルドは汗まみれの俺の額にキスを落とし、少し申し訳なさそうな顔をする。
やっと痙攣のような動きの治まった俺からズルリと自分を抜き、もう一度口付ける。
「バルド……」
気だるい腕を持ち上げ俺はしっとりと濡れた護衛の体に触れる。
この男が求めていた答えを教えてあげたい。

「痛くなんかない……気持ち……よかった……」
笑おうとしたが上手く笑えたかわからない。
まだ体は余韻に痺れ続け、普段使わない部分の筋肉が重かった。
それでもバルドが安心したような息を吐いたので俺は満足だった。
「フェン……」
二人の体液で汚れた俺をバルドはもう一度抱きしめ呟いた。
「良かった……」

俺はいつもの調子に戻ったバルドを見て小さく笑った。
笑って、その姿を忘れてしまう事実が悲しくなり唇を噛む。
「あんたの事……忘れたくない」
思わず言ってしまい照れ隠しにもう一度笑う。
「僕が覚えています……僕があなたの記憶になる」
フェンは入隊の誓いのように恭しく俺の手を取り口付けた。
何度この男は俺に忠誠を誓うようにそのセリフを口にしたんだろう。
「バルド……」
悲しげな笑みを浮かべるバルドを見て、苦しいのは自分だけではないと思い出す。

――そうじゃない――

俺はその言葉を自分で否定する。
この愛おしい記憶を失くした瞬間、俺の中から悲しさは消える。
辛いのは俺ではなく、目の前にいるのに自分を忘れてしまう俺を見るバルドの方だった。
『忘れない』という当たり前の事が俺の周りの人間を苦しませる。
「ほんと……ごめん……」
俺はバルドを抱きしめた。
この温度を、匂いを、感触を忘れたくなくてその体のあちこちにキスを降らせる。
「フェン……あなたが謝るなんて……」
首を振るバルドの頬を両手で包み黙らせる。
せめてこの男に、俺が今本当にバルドの事が好きだと伝えたい。

「なぁ……もう一度……しよう」
俺は驚いたような護衛の唇を奪った。
何度も深く口付け、その腕が俺の腰にまわるまでやめない。
「フェン……」
「あんたが好きだ……忘れないようにもっと……あんたとしたい」
バルドは笑うような目をして呆れたと言うように首を振った。
「フェン……あなたって人は……」

その先の言葉は聞けなかった。
もう一度強く抱き合い、俺達は一つになった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


体中に残る心地よい疲れと鎧戸から入ってくる涼しい風に俺は目を開けた。
バルドのベッドの上。
涼しい風の中にまだ残る獣の匂い。

あれからどのくらい経ったのかわからないが夜明けが近いようだった。
俺はバルドを求め、バルドは俺を求め、何度抱き合ったか覚えていない。
何も出るものがなくなっても俺はバルドに抱かれ達したし、バルドも熱に浮かされたように
ドロドロになった俺の体を動けなくなるまで貪った。

バルドは俺の隣で倒れ込むように眠っている。
脱ぎ散らかした服を抱え部屋を出て、土間を通り裏庭へ向かう。
水路の脇の貯水樽から冷たい水を桶に移し頭から被った。
一瞬刺すような冷たさに身震いするが、汗に汚れた体を流れる水は気持ちが良かった。
軒下に干しっぱなしのタオルをひょいと掴み桶に浸し、ゆっくりと体を洗う。
バルドは体のあちこちに口付けたが、跡は一つも残していなかった。
几帳面で穏やかなバルドらしい、と俺は少し笑った。

体がさっぱりすると気分も晴れてきた。
バルドの事を忘れるのは辛い。
だけど俺はこの短くも楽しかった『記憶』を創った全てのものを守りたかった。
――忘れたくない大事な物だから、守りたい。
何度もこの仕事をやってきたのは、きっといつもこんな気持ちになるからなんだろう。
俺は服を着ようとして、胸元にある鍵に気がついた。
ちょうど『亀裂』を封じる前日に書いたまま終わっている日記を思い出す。


バルドを起こさないよう自分の部屋に戻り引き出しの鍵を開ける。
分厚い革張りの日記を取り出し、最後のページをもう一度見る。



 エスはもう死んだ。
 どこにもいない。
 ようやく忘れられる。
                               』


俺は腕に残る白い文字をもう一度見て、その時の自分が何を考えていたのか思い出そうとした。
もう死んでしまった『エス』。
その絶望を抱いて忘れることを望んだのかと思うと胸が痛い。
それでも俺の頭には『エス』の顔も、声も、何も浮かんでこなかった。
忘却は辛い過去を持つ『オブリビオン』にとっては優しく甘い毒なのかもしれない。

俺はぼんやりとペンを手にした。
日記を見るだけで、一度も書いていない事に今更気がつく。
忘れたくない事は沢山あった。
全てを失くし心細さに混乱して戻ってくる明日の俺に向かって何か書こうとインクにペンの先をつけた。
バルドの事は忘れたくない。
護衛として俺を支え、友達として一緒に笑い、真っ直ぐな愛情を向けてきた男。
この男をどれほど愛しいか伝える言葉を探す。

「ダメだ……」

俺はペンを置く。
バルドは俺を愛してくれる、俺も同じだと書くことは簡単だった。
溢れる思いはきっとペンの方が追いつかない。
でも、その関係を記しておくことはできなかった。
全てを忘れた俺がその記述を読んだら――きっと両親に感じたのと同じ気持ちを味わう。
俺を愛してくれる人というレッテルを貼られた関係は、言葉とその意味だけが先行し
気持ちが追いつく前にぎこちない関係を作ってしまう。
心から愛しいと思う前にバルドをそんな目で見る事はできなかった。

もし、記憶を失くした明日の俺がバルドを友情という関係を超えて愛せなかったとしても
『恋人』というレッテルを貼り、そのせいで溝ができるのは耐えられない。
もし初日にそんな記述を読んでいたら、俺はきっとバルドを警戒した。
もう一度最初から関係を築きなおそうとするバルドをそんな目で見ることになるのは怖かった。

「何も……書けねーや」
俺は小さく呟いて日記を閉じた。


――俺の記憶になると誓ってくれた男の言葉を忘れることが、バルドにしてあげられる
    たった一つの事だった。

 

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