手を引かれバルドの部屋に入っても、まだ俺は酔ったようにぼんやりとしたままだった。
指を絡めたままバルドは俺に向き直り、今にも泣き出しそうな笑みを浮かべる。
「フェン……」
立ち尽くす俺をバルドは両腕で優しく抱きしめた。
まだ友情と言って後戻りできる軽い抱擁だった。
バルドの部屋に入るのはこれが初めてだった。
俺の部屋とほぼ同じ造りの小さな部屋にあるのはベッドと書き物机のみ。
趣味を窺わせるような本や装飾の類は一切なかった。
バルドが何を思って俺と生活していたのかは想像する事しかできない。
記憶を何度も失くす男と辺境の村で生活する毎日をバルドは『楽しい』と言っていた。
この殺風景な部屋で考えていたのは俺の事なんだろうか?
「フェン……」
掠れたバルドの声が耳元で聞こえる。
俺は返事代わりにゆっくり息を吐き、肩の力を抜いた。
バルドは俺の反応を確かめるように恐る恐る腕に力を込めていく。
あんな事を言ったのに俺に遠慮し、間の抜けた動きになるバルドが愛おしい。
バルドの求めている行為が俺にできるのか、正直自信がない。
だけどバルドを友人という枠を超えて愛おしいと思っているのは確かだった。
突然胸が潰れるほどぎゅっとバルドは俺を強く抱きしめた。
「ちょっ……バル……」
抗議しかけた俺の唇をバルドが塞ぐ。
さっきの軽い友愛のキスではなく、噛み付くような激しいキスだった。
バルドは逃げることを許さず、息もさせないというように俺を追い詰める。
体重を預けられてよろけた俺の肩が閉じたドアに触れた。
それでもバルドは俺を離さなかった。
バルドの舌は空気を求めて開いた俺の唇を割り、その中に侵入する。
「んっ」
息苦しさに小さく呻き俺は顔を背ける。
押し付けてられていたバルドの唇はそのまま俺の頬を滑り、ふと離れた。
「あっ……」
バルドが驚いたような小さな声をあげ俺の体を離す。
急に自由になった体が心許ないような気がして俺はバルドを見上げた。
俺の護衛は可哀想なまでに小さくなっていた。
「すみません……僕……」
いつもの声の調子に思わず俺の口元は緩んだ。
「――息ぐらい普通にさせてくれよ」
「……すみません」
バルドは俺の言葉に照れくさくなったのか、一瞬俯いて小さく笑った。
俺達は目を見交わし、もう一度笑う。
バルドがいつもの穏やかな自分を失うほど俺を求めてくれている事が嬉しい。
明日になれば全て忘れる俺を、この二月に満たない記憶しかない俺を、求めてくれる人がいる。
笑顔が自然に消え、真顔になった俺達の均衡を破ったのはバルドだった。
おずおずと俺の肘に手を伸ばし、軽く触れる。
「フェン……いいですか? 」
触れられた場所から快い熱が体に広がるようだった。
俺はもう一度笑みを浮かべ、頷いた。
三度目のキスは優しかった。
バルドはそっと唇を落とすと俺の頬に触れた。
俺はドアに凭れ、この心地いい接触を忘れないよう目を閉じる。
バルドの手は頬から顎に移り、耳の下を撫でるように首を滑り降りた。
途中で何度も唇を離し手を止め、俺の様子を窺っているのを感じ小さく笑う。
――どこまでもこの護衛は俺を案じ、過保護なまでに心配している。
「……大丈夫だから」
そう言って離れた顔を引き寄せてやる。
ようやく安心したようにバルドはキスに応え、首元で止まっていた指先で俺のシャツのボタンを外した。
バルドの手が最後のボタンを外すと、鎧戸越しに窓から入る生温い夏の風が俺の肌を撫でた。
シャツを軽くはだけ、バルドの唇が胸に触れる。
肩でドアに凭れたまま一瞬身を引く俺にかまわずその手はそのまま俺のズボンの腰紐を解いた。
思わず俺は膝を付いたバルドの肩を掴んだ。
「もう、それ以上……自分で脱ぐから……」
「――僕に任せてください」
バルドは俺の腰に片手を回し引き寄せ、臍の横に音を立てて口付けた。
「う……」
くすぐったさに混じる痺れるような感覚にびくっと体が動く。
バルドは俺の腹に唇を寄せたままズボンを下ろし、下着の上から俺の下腹部に手を伸ばした。
「だ……っ! 」
ダメだ、と言おうとした瞬間、軽くそこを握り込まれる。
「んっ……」
そのままぺろりと腹を舐められ俺の膝から力が抜けた。
バルドはゆっくり握った指を動かし始める。
他人からの刺激に俺はすぐ反応し、そこに熱い血が集まっていくのを感じた。
「フェン……」
バルドの吐息が舐められた跡をすうっと冷やした。
俺はもう立っているのが精一杯で、下着を脱がすバルドに抵抗できなかった。
バルドは軽い刺激に反応してしまった俺を笑わず優しげなあの目で見た。
俺は薄目でそれを確認したが、すぐに直接与えられた快感に固く目を閉じた。
バルドの温かい手が痛いくらいに張り詰めた幹をゆっくり滑る。
「っつ……」
びくつく体を抑えようとしたがどうにもならなかった。
バルドの愛撫は俺の反応する場所を知っているようでもあった。
記憶を失う前にバルドとこんな関係を持ったのか気になるが、口を開けば情けない声が出そうで
黙ってその肩に置いた手に力を入れることしかできなかった。
「フェン……気持ちいいですか? 」
小さな声でバルドが問いかけた。
その息が敏感な先端にかかっていると気付いた瞬間、温かい唇がそこを覆った。
「うあっ」
バルドに咥えられ思わず声が出る。
温かい口の中でバルドの舌が先端の小さな穴をこじり、唾液と一緒に吸い上げた。
「いっ……」
強すぎる刺激にバルドの頭を抱え込むように前屈みになる。
同時に引いた腰はドアに阻まれ、バルドの舌から逃れることはできなかった。
根元を愛撫しながらバルドの頭がゆっくり動き出した。
唇で俺を包み、扱きあげる。
唇はそのまま一番太い部分まで来ると、もう一度喉の奥まで呑み込むように戻る。
何度も何度もバルドは俺を愛撫し、俺は声を漏らさないように息を詰めた。
ジュプ……ジュプッ……
バルドの唇から卑猥な音が漏れる。
「も……いいから……」
その音に耳からも電流が走り、俺はバルドに訴えた。
もう膝に力が入らず、立っていられない。
「イっていいですよ……フェン」
バルドは顔を上げ、濡れた唇で呟いた。
「んなこと……させられるかよ……」
俺はぐいっとバルドの額を押した。
「……させてもらいます」
バルドは親指の腹で敏感な亀頭の縁を擦りあげた。
「んはっ! 」
体に電流が流れたような痺れる快感に手が緩む。
バルドは額に置かれた俺の手に指を絡め外すともう一度俺に吸い付いた。
「んんんっ……」
一度火のついた快感はもう止まらなかった。
バルドの舌が縁を這い、先端から溢れる雫を舐め取った。
そのまま奥まで俺を含み、ザラザラした舌の根元で先の剥きだしの粘膜を刺激する。
――ダメだダメだダメだっ!――
白く飛ぶ思考の中で俺は懸命に自分に叫んだ。
バルドが唇を離すまで達してしまうのは避けたかった。
それは羞恥心でもあったが、それ以上にバルドにそんな事をさせるのが嫌だった。
俺はいつも何かをしてもらうばかりで、バルドに何かを与えていない。
「や……め……」
もう一度拒もうと思ったが、気持ちより先に体が限界を迎えた。
止められない快感が脳天から背骨を駆け抜け迸りとなって放出される。
「うっ……ぁあ……」
その一瞬バルドへの罪悪感も恥ずかしさも消え俺の頭の中から思考が飛んだ。
俺の全てを飲み下そうとするようにバルドは口内でそれを受け止め、まだ動き続ける。
最後まで搾るようにバルドに先端をきつく吸われガクガクと膝が揺れた。
ちゅっと音を立ててバルドが唇から俺を解放する。
「フェン……」
俺を見上げる顔を見るのは恥ずかしいが、力が抜けて視線を上げられない。
「ご……め……」
なんとか離れようとして快感に力の入らない足が縺れる。
バルドは立ち上がり床に倒れないよう俺の体をベッドに誘導する。
ニワトコで染めた淡いブルーのシーツに俺はへたり込む。
唾液と精液で濡れた腰で座るのは気が引けたが、床に崩れそうになるのをバルドは許さなかった。
バルドはてらてらと光る口の周りを拭いもせず服を脱ぎ捨てた。
「フェン……僕はもう……」
着替えや水浴びで見慣れているバルドの体に新しい痣が見えた。
あのクモのような化け物との戦いでついた傷なのだろう。
俺はぼんやりとした目でバルドを見、その下腹部がもう張り詰めているのに気付く。
「バルド……」
俺はその体に手を伸ばす。バルドにも同じことをしてあげたかった。
嫌悪感は不思議とない。
ただ俺を求める男が愛おしくて、俺の体の全てで愛したいと思った。
バルドがベッドに上がると俺はその体を抱きしめた。
膝立ちでその背を引き寄せるとバルドの熱い塊が臍の下に当たる。
「なぁ……俺にもさせてくれるか? 」
そう言うとバルドは耳元で震える息を吐いた。
「もう……あなたが欲しい」
その声にはあの優しい響きはなく、切羽詰っていた。
俺にはそんな行為の記憶はない。
バルドを受け入れられるか不安だったが、それ以上にバルドと繋がりたかった。
この記憶だけは消えないのではないかという淡く根拠のない期待を抱く。
「……いいよ、バルド」
俺は頷いた。
「――本当ですか? 」
声が震えているくせに、バルドは間の抜けた確認をする。
「馬鹿だな、あんたは」
俺は笑った。
この男のこういう所を、俺は忘れたくない。
バルドも小さく笑った。
――その笑顔も、体温も、息遣いも。
その全てを忘れたくなくてまた胸が締め付けられるような痛みを覚える。
「フェン」
バルドは優しく俺を呼び、俺の膝の間に脚を割り込ませた。
「……フェン」
俺を押し倒し泣きそうな目をする。
「フェン……」
三度目の呼びかけと一緒にとうとう涙が零れた。
バルドは俺を抱きしめ、耳元でもう一度俺の名を呼んだ。
「フェン……あなたを愛しています」