ロシア軍のシリア空爆拠点をゆく
11月2日 18時35分
ロシアが、内戦のシリアで続けている空爆の拠点としている空軍基地を、NHKなど外国メディアに公開しました。アサド政権を支えるロシアは、空爆は過激派組織IS=イスラミックステートを対象にしたものだと主張していますが、欧米などは、ロシアがISだけでなく反政府勢力も空爆していると批判しています。異例の軍事施設公開を行ったロシアのねらいはどこにあるのか、モスクワ支局長の石川慎介記者の報告です。
いざシリアへ
「シリアにある軍の前線基地を取材しませんか?」。ロシア国防省からの誘いに私は耳を疑いました。
ロシア軍が作戦を展開中の軍の施設を外国メディアに見せることなど、ほとんど聞いたことがなかったからです。しかも、世界の注目を集め、批判もあるシリア空爆の拠点となっている基地です。何が取材できるのか、事前の情報はほとんどなく、不安をかかえたまま出発しました。
参加したのは、NHKのほか、ドイツやフランス、香港のテレビ局などの外国メディアと、ロシアのメディアの総勢30人です。モスクワの軍用空港からロシア軍機で飛び立ち、イランやイラクの上空を通過しておよそ6時間後、シリア北西部ラタキア郊外の空軍基地に到着しました。
外に出ると暑さを感じ、寒いロシアから中東にやってきたことを実感します。
私たちの目に飛び込んできたのは、ターミナルビルの正面に掲げられた巨大なアサド大統領の肖像画でした。この基地は、もともと「フメイミム空軍基地」というシリア軍の基地で、国際空港としても使われてきました。
空軍基地内は
基地には、ロシア軍の爆撃機や戦闘機、軍用ヘリコプターなどおよそ50機が並んでいました。滑走路からは、昼夜を問わず、「スホーイ34」型機や「スホーイ24」型機などさまざまな軍用機が次々にごう音をたてながら離着陸していました。
新型の爆撃機「スホーイ34」型機を間近で見ることができました。軍の報道担当者は、誘導兵器を搭載し、攻撃目標を正確に狙うことができると話していました。爆弾の装着作業の撮影も許可されました。新型の戦闘機を厳しい規制もなく、さまざまな角度から撮影することができ、驚かされました。
基地内には、ロシア軍兵士およそ1500人が駐留しています。冷房付きのコンテナ型簡易宿舎や図書室、日用品の売店、カフェなどが整備されています。食事は、わざわざロシアから運ばれた食材で調理され、飲料水用の浄水施設も完備。兵士たちが快適な環境で任務に就くことができると言います。
私たちも冷房の効いたテントの中で兵士たちと同じメニューの黒パンや魚のスープ、鶏肉のソテーを食べてみましたが、ロシア国内での食事と変わりませんでした。宿舎の中には、ロシアのニュースやスポーツの専門チャンネルの放送を流す大型モニターも置かれています。徹底的な環境整備は、軍事作戦の長期化に備えたものではないかと感じました。
ロシアはなぜシリア空爆を
4年前、「アラブの春」と呼ばれる中東の民主化運動の中なかで、シリアでもアサド政権への抗議の動きが燃え広がって反政府勢力が支持を広げ、その後、内戦に突入しました。
ソビエト時代からつながりの深いロシアや、イスラム教の宗派が近いイランはアサド政権を支援。一方、欧米やトルコ、この地域で強い影響力を持つサウジアラビアなどは、反政府勢力を支援しています。出口の見えない内戦が続くなか、急速に影響力を拡大したのが、隣のイラクから入ってきた過激派組織IS=イスラミックステートです。
シリアは、アサド政権と反政府勢力、ISが入り乱れての戦いになっています。
アメリカを中心とする有志連合は、この1年、ISに対する空爆を続けていますが、効果は限定的です。アサド政権側もISに追い込まれ、ロシアは、アサド大統領の要請を受け、9月30日に突然、空爆を始めました。アサド政権の退陣を求めるアメリカなどは、ロシアがISだけでなく、反政府勢力も空爆していると批判しています。
今回のロシアの空爆拠点の公開は、そのさなかに行われたのでした。
“正確な空爆”を強調
今回の取材でロシア軍が特に強調したのが、「攻撃目標への正確な空爆」です。
ロシア軍は、アサド政権側からの情報と自国の軍事衛星や無人偵察機のデータに基づいて、ISの指揮所や弾薬庫、訓練施設などの所在地を割り出し、民間人に被害が出ないよう空爆を行っていると主張していました。
同行したロシア国防省の報道官は、「テロリストの拠点だと100%の確証を得てから空爆を行っている」と述べるだけでなく、IS対策で情報提供を拒むアメリカなどの有志連合を批判しました。
ロシア軍は、アサド政権のシリア軍との連携を強調していますが、基地内では、連絡役の将校と警備にあたる兵士のほかはシリア軍兵士の姿を見ることはありませんでした。この軍事作戦が、ロシア主導で行われていることのあらわれです。
一方、基地の周辺では、ロシア軍のヘリコプターが常時、低空で偵察飛行を繰り返し、ISや反政府勢力などによる破壊工作や突然の基地襲撃に警戒していました。アサド政権支援を強めたロシア軍も、混乱したシリアでは容易ではない状況に置かれていることを感じました。
避難民キャンプ
空軍基地に続いてロシア軍に案内されたのが、基地から20キロ余り離れたラタキア市内の競技場に設置された避難民のキャンプです。
水道設備もなく衛生状態のよくないテント村には、ISの支配地域などから逃れてきた人たち、およそ5000人が暮らしています。至る所に洗濯物が干され、地面にゴミが散らかり、すえた臭いが漂うなか、多くの子どもたちが先の展望が見えないまま生活しています。
私たち外国人ジャーナリストを見て、避難している人たちが集まってきました。ロシア軍とアサド政権がISを排除し、再び故郷に戻れることを期待していると話していました。中には「ありがとう、ロシア。子どもが生まれたらプーチンと名付けたい」などと話す人もいました。
避難民の多くは、アサド政権の支持基盤であるイスラム教アラウィ派の人たちです。ISや反政府勢力などスンニ派の報復を恐れているといいます。
ロシアのねらいは
今回、軍の前線基地の公開を通じて、ロシアは空爆を正確に行っているとアピールするだけでなく、シリアのアサド政権をあくまでも守ることの「正当性」を強調していたように感じました。
ロシアは、ソビエト時代からシリアを拠点に中東に関する情報収集を行ってきました。シリア西部のタルトゥース港には、東地中海をにらむ海軍の補給拠点も置いています。アサド政権を支えるのは、自国の利権を守るための戦略的なねらいがあります。
ロシアは、空爆だけでなく、プーチン大統領の誕生日の10月7日には、カスピ海の艦船からイランとイラクをはさんで1500キロ離れたシリアに向けて巡航ミサイル26発を撃ち込みました。
アサド政権の退陣を求めるアメリカのシリア政策が行き詰まりを見せるなか、ロシアはシリア情勢を巡る主導権を握りつつあります。しかし、ロシアの軍事的な関与が本当にシリアの和平につながるのか、それとも大国どうしの利害のぶつかり合いで混乱を深めるだけなのか、その行方を注視していきたいと思います。