幽霊の正体は何なのか 研究者が一つの有力な解釈

 ハロウィーンの真夜中。秋の枯れ葉が足元を舞う中をあなたは人っ子ひとりいない墓地を歩いている。突然、不可解ながら絶対的な確信をもって、傍らに見えない存在をあなたは感じる。それは幽霊なのか? 悪魔なのか? それとも、それは前頭頭頂皮質の中の体性感覚運動統合における非同期性にすぎないのか?

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幽霊の正体は何なのか。研究者が一つの有力な解釈 Illustration: Christopher Silas Neal

 ジュネーブ大学病院のオラフ・ブランケ博士とそのチームが2014年に学術誌「カレント・バイオロジー(現代生物学)」に掲載した論文は、最後の説明、つまり「体性感覚運動統合における非同期性」説を支持している。何千年にもわたって人々は、近くに目に見えない人がいるのを生き生きと経験したと報告してきた。研究者たちはそれを「feeling of presence.(存在の感覚)」と呼んでいる。それはわれわれのどの人にも起こり得る。世論調査機関ピューの調査では、幽霊に出会った経験したと述べた米国人は全体の18%に達している。

 しかし特別の種類の脳損傷を持つ患者は、とりわけこの経験をする公算が大きい。研究者チームは、これらの患者の前頭頭頂皮質の特定分野が損傷を受けていることを突き止めた。われわれに自らの身体を感じさせるのと同じ脳分野だ。

 これらの研究結果は、別の人の存在という神秘的な感覚が、同様に神秘的なわれわれ自身の存在の感覚に連結しているのかもしれないことを示唆している。わたしの体の内部に「わたし」が住んでいるという、あの絶対的な確実性だ。脳損傷のない沢山の人々は、幽霊の存在を感じたことがあると述べている。そこで、研究者たちは、肉体から遊離した亡霊を普通の人々に組織的に経験させられるだろうか。

 研究者たちは普通の健康なボランティア50人を被験者にした。実験で、被験者は2つのロボットの間に立ち、前にいるロボットに杖で触れる。この「マスター(主人)」ロボットは、被験者の背後にある2台目の「スレーブ(奴隷)」ロボットを制御しているシグナルを送る。スレーブロボットは、被験者の動きを再現し、それらを利用して別の杖を制御し、被験者の背中に触れる。つまり、被験者は前方でマスターロボットを軽く突いているのだが、自分の背中にも同じ動きを感じる。その結果、被験者は、どういうわけか自分の背中に自分で触れているという極めて強い感覚を得る。物理的にそれが不可能だと承知していても、感じるのだ。研究者たちは、被験者の自己がどこではじまり、どこで終わるかという感覚を操作したことになる。

 その後、研究者たちは実験の設定を少しだけ変更した。今度は、被験者がマスターロボットに触れた0.5秒後にスレーブロボットが被験者の背中に触れるようにする。被験者の行為と感覚との間でほんの少しの遅れをもたせるのだ。すると被験者たちは、「存在の感覚」を報告した。彼らは、どういうわけかこの部屋の中に目に見えない亡霊がいると言う。それもまた物理的に不可能であるにもかかわらず、である。

 この結果を、脳損傷の研究と一緒にして検討すると、それは興味深い可能性を示唆する。われわれが幽霊や亡霊、天使や悪魔を経験するとき、われわれは実際にはわれわれ自身のバージョンを経験しているのだ。われわれの脳は、われわれの肉体から眺めている「わたし」の姿を構築しているのであり、このプロセスにおいて(脳損傷、通常の脳処理の一時的なへま、あるいは今回の研究者チームのように実験を行う者の策略によって)何かがわずかに異質な時、われわれは亡霊の存在を経験するのだ。

 そうすると、あの偉大な「Scooby-Doo(米国のアニメ動画。邦題は『弱虫クルッパー』)」の伝統のなかで、われわれはミステリーを解決してしまったのだろうか? 幽霊はあなたの脳の中に姿を変えて潜んでいるだけなのだろうか? そうでもなさそうだ。あらゆる優れた幽霊話にはtwist(ねじれ)がある。それは作家ヘンリー・ジェームズが「The Turn of the Screw(ねじの回転).」と呼んだものだ。墓地の幽霊はあなたの脳の創造物にすぎない。しかし、幽霊に出会った「あなた」もまた、あなたの脳の創造物だったのだ。実際、だれか他の人がそこにいるとあなたに感じさせる脳の同じ領域が、あなたもそこにいたと感じさせているのだ。

 あなたが優秀で実際的な科学者であるならば、幽霊はハロウィーンの幻想にすぎず、それが霧と木の葉の舞い散る中に消えていったのだということを受け入れるのはたやすい。しかし、あなた自身はどうか? あなたの体内に住んでいて、あなたの両目から眺めている自分自身、あの言いようのない、目に見えない自己はどうなのか? あなたもまた前頭頭頂皮質の中の幽霊にすぎないのだろうか? 今やそれが本当に怖い考え方なのだ。

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