業界動向
Access Accepted第477回:バグ問題の対応を迫られる大手パブリッシャ
いったん発売されたあとで,Warner Bros. Interactive Entertainmentの判断により長らく販売が停止していたPC版「バットマン: アーカム・ナイト」が北米時間の2015年10月28日,4か月ぶりに再リリースされた。発売当初からパフォーマンスの低さなどがゲーマーから指摘されてきたが,こうしたバグの問題は,過去何度も起きてきたし,予算をかけた大作でも避けることができないようだ。今回は,「バットマン: アーカム・ナイト」の話題を中心に,このバグ問題を考えてみたい。
再リリースまでに4か月を要した
PC版「バットマン: アーカム・ナイト」
Warner Bros. Interactive Entertainment(以下,Warner Bros. Interactive)は,北米で高い人気を誇る「バットマン」シリーズの第4弾となる「バットマン: アーカム・ナイト」のPC版を,2015年10月28日に「再リリース」(Re-Release)した。
北米でコンシューマ機版と同じ6月23日に発売されたPC版だが,発売からすぐにクラッシュバグやパフォーマンス低下などの指摘がユーザーから相次ぎ,Warner Bros. Interactiveは同月24日,販売を一時中止するという決断に至ったのだ。
販売中止の約3週間後にはPC版を購入したゲーマー向けにパッチをリリースするなど,何度か修正の試みは行われてきたものの,結局,今回の再リリースまでに約4か月を費やしたことになる。
前評判も高かった「バットマン: アーカム・ナイト」だけに,Metacriticのメタスコアは現在,PlayStation 4版,Xbox One版のいずれも80点台後半をマークしており,誰が遊んでも楽しめる,2015年の傑作ソフトの1つと高い評価を得ている。ところが,Iron Galaxy Studiosが移植を担当したPC版になると,それが70点になってしまう。オンライン配信サイト「Steam」のユーザー評価も「Mixed」(賛否両論)で,レビュー欄には「おすすめしません」のマークが並んでいる。
膨大な予算を投入し,満を持してリリースされる,大手パブリッシャの看板シリーズでさえ,こうしたバグ問題が発生することがあるのは,過去の例からも明らかだ。Electronic Artsの「バトルフィールド 4」やBlizzard Entertainmentの「Diablo III」なども,ローンチ当初にはサーバーの不安定さやバグの存在により,しばらくの間,ゲーマーの批判を受けていた。またUbisoft Entertainmentの「アサシン クリード ユニティ」もバグの存在が問題視され,開発を担当したUbisoft MontrealのCEOが謝罪したうえで,有償販売が予定されていたDLC第1弾を無料配信に切り替えるという対応をとることになった。
「バットマン: アーカム・ナイト」の場合,これまで何度か発売予定日が延期されてきた。報道によれば,開発途中で大きなバグが発見され,その修正ため数か月にわたって製品のチェックができない状況に陥ったという。そのスケジュールのしわ寄せがIron Galaxy Studiosに来たことで,今回の問題が発生してしまったという流れのようだ。
最適化の時間が少なかったため,フレームレートの上限が30fpsと低めに設定されていたにも関わらず,マントで滑空したりバットモービルに乗ったりすると,推奨スペックを満たしたPCでさえ10fps台に落ちてしまう。プレイが不可能になるクラッシュバグも少なくはなく,まだ発売できる状態でなかったことは容易に想像できる。さらに,Warner Bros. Interactiveの対応も,悪い言い方をすればその場しのぎで,当初は数週間で問題を解決できるとしていたのが,「9月中には」に変わり,冒頭にも書いたように,結局4か月という時間がかかってしまったのだ。
定価で発売されたアーリーアクセス版?
コンシューマ機版の評価からも分かるように,「バットマン: アーカム・ナイト」のゲーム内容やシステムには問題がなく,それだけに,Warner Bros. Interactiveはこれまで蓄積してきたゲームの評価への悪影響を懸念している。そのため,シーズンパスの利用者のみに提供される予定だったスキン「Batman Classic TV Series Batmobile」と「Crime Fighter Challenge Pack #3」を無償提供するほか,2016年1月に配信が予定されている「Community Challenge Pack」への早期アクセス権,さらに公式フォーラムにアクセスした全員にスキン「Zurr EN Arrh」を配布するなど,お詫びの意を込めた多数のコンテンツを用意するという対応を見せている。
しかし,依然としてバグやパフォーマンスの低下は残っているという報道もあり,本当に問題は解決したのか,しばらく様子を見る必要があるかもしれない。
こうしたバグの問題は,高度な開発技術を駆使し,膨大なデータ量を扱う最近のゲーム開発現場においては,たとえ大手メーカーでも品質管理がおぼつかなくなってきたことの表れだろう。開発終盤には大量のテスターを確保したり,専門の会社にテストを発注することになるが,そこにどれだけの予算と時間を投入し,安全を担保できるかが重要になっているのだ。コンシューマ機に比べると販売本数の見込めないPC版の場合,ここに思うような予算をかけられないという話も聞く。
さて,こうした状況に「アーリーアクセス版」という形でうまく対応しているのが,一部のインディーズ開発者達だ。α版やβ版を安価にリリースすることで,製品版までの開発資金を得ると同時に,プレイヤーにテスターとしての役割も果たしてもらう。買う側も“ソフトが未完成であることを承知”しているため,バグやパフォーマンスの悪さを理由に低評価を下すことは(皆無とは言えないかもしれないが)ほとんどない。このやり方は,「Minecraft」で注目を浴び,「Steam」が積極的に採用した。最近では,「ARK: Survival Evolved」が良い成果を挙げている。
もちろん,「バットマン: アーカム・ナイト」のような大手メーカーの大作に「アーリーアクセス版」が登場する可能性は,今のところ限りなく低い。しかし,昨今バグ問題や,それに伴う風評の影響はかなり大きく,これまでの例を見る限り,販売本数に深刻な影響を与えるケースも少なくない。「Steam」のユーザーレビューには,「いつから,大手がアーリーアクセス版を定価で販売するようになったんだ?」という書き込みも見られる。
ユーザーの批判を覚悟のうえで,PC版だけを遅らせるといった対応は十分に考えられるし,さらに進めばアーリーアクセス版のリリースに踏み切る大手メーカーも出てくることだろう。いずれにしろ,バグの問題は今後も続いていくはずで,各メーカーとも今後,ドラスティックな対応を迫られるはずだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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