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先ほどの小川城址から程近いところにある、その名も石川山蓮泉寺。 立派な真宗寺院です。 …直接数正と関係ある寺ではないんですが、正直言って、今まで行ったどこよりも、そう、松本城より美合のお墓より、石川数正が「この世にいたんだなあ」という感慨をずっと強く感じました…。 なぜ「石川山」なのかというと、先ほどご紹介した石川政康の四男・康頼(僧名・明了)が開基となって開いた寺だからだそうです。 数正ファン的にはこの扁額を見ただけでなにやら感動してしまう… 寺の屋根に使われていた瓦にも(もちろん今の瓦にも)石川氏の家紋・笹竜胆! ササリンですよササリンササリン 手水場(ちょうずば)上にもササリン。鉢には「石川山」の文字がありました。 数正はいわば歴史から消された存在なのでなかなか関連史跡がないのですが(おじの家成系は大名にもなっていろいろ残ってますが)、こんな形で生き残ってたんですね。ありがとう真宗…。 「三河の真宗信徒の総代」という石川家の立場は数正にとって大きな意味を持っていたんではないか、とこの寺を見て改めて思いました。 ちなみにこの寺にはある歴史があります。 明治4年明治政府の神仏分離令により寺院の統合を強行しようとする政府側とそれに反対する蓮泉寺の石川台嶺ら護法有志会のあいだで事件が起き(大浜騒動)、暴徒と化した信徒により役人一人が死亡、信徒の代表者として石川台嶺は死刑となりました。 恥ずかしながら今日まで孔はこの事件のことを全く知りませんでした(家は浄土真宗なのに)…。 リンクは貼りませんが「大浜騒動」で検索していただけいると絵入りの詳しいHPなどもありますのでご参考下さい。 寺の近くの「護法有志の墓」、今は立派な看板も立っています。 …その墓の隣に政康の墓というのがあったけど…安城市のパンフに載ってないので多分がセなんだろうなあ。
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