NNNドキュメント「凍土の記憶~シベリア抑留を伝える女子高校生~」
2015年11月1日(日) 25時05分~25時35分 の放送内容
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番組詳細説明(表題)
凍土の記憶
〜シベリア抑留を伝える女子高校生〜
番組詳細説明(内容)
【見どころ】
今年10月、ユネスコの「世界記憶遺産」に登録が決まった「舞鶴引揚記念館」(京都府舞鶴市)のシベリア抑留関連資料570点。終戦後、約57万人を超える日本人がソ連によって捕えられ少なくとも5万5千人の命がシベリアの凍土と化した。零下30度、飢えやノルマに追われる過酷な労働を体験し命からがら舞鶴港に引き揚げた90歳の原田二郎さんと地元の女子高校生の交流を通して「記憶の継承」の重要性について考える。
【内容】
今年10月、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の「世界記憶遺産」に登録が決まった「舞鶴引揚記念館」(京都府舞鶴市)のシベリア抑留関連資料570点。終戦後、約57万人を超える日本人がソ連によって捕えられ少なくとも5万5千人の命がシベリアの凍土と化した。体験者にとってはあまりにも過酷な戦後史。しかし、生存者が年々減少する中、その事実を後世に伝えようと語り始めた体験者がいる。「シベリア抑留」という忘れられた日本の犠牲。「記憶の継承」の重要性について考える。
戦後、満州やシベリア抑留からの引き揚げ者を受け入れた港は全国に18か所。呉、佐世保、博多などが次々と港を閉じる中、舞鶴港は1958年9月まで、実に13年間にわたって受け入れを続けた。その数、約66万人、遺骨1万6000柱。引き揚げ者の一人、京都府綾部市の原田(はらだ)二郎(じろう)さん(90)。戦争で、満州に衛生兵として送られた原田さんは、終戦後シベリアで4年間の抑留生活を送った。零下30度、飢えやノルマに追われる過酷な労働を体験し命からがら舞鶴港に引き揚げたが、毎晩、悪夢に苦しんだ。満州で負傷兵を殺したときのことが蘇る。悪夢は50年続いた。苦しみを、誰にも打ち明けたことはなかったが、ある日、婦人会で自らの体験を語ったところその晩から悪夢がすっと消えた。地元の「舞鶴引揚記念館」で語り部ボランティアを始めたのは6年前のことだ。「記憶の封印」を自ら破り「継承」しようと考えた思いの底には、戦争という過ちを、二度と繰り返してほしくないという強い思いがある。
そんな原田さんの体験を引き継ごうと取り組みを始めたのは、地元の東舞鶴高校の英語部の生徒たちだ。去年、原田さんの話をスピーチにまとめ「ユネスコ世界記憶遺産」への登録を呼びかける活動を始めた。東舞鶴高校3年の荒木(あらき)碧海(たまみ)さんはその一人。去年8月に福井で行われた「全国国際教育研究大会」で8分間のスピーチを発表した。自分たちの祖父母からも聞いたことのない戦争体験を聞いた荒木さんは「自分が最初に一歩踏み出せばこんなに知識が広がるのかと思った、知ることが一番大事だ」と語る。
人口9万人の小さな港町が果たした歴史上の大きな役割。舞鶴市の歴史とシベリア抑留の現実を、自分たちの言葉や感性で、伝えようと取り組む女子高校生たち。一方で、戦争体験者の高齢化は否めず、今年91歳になる原田さんは、体力の限界もあり、語り部活動を引退しようと考え始めている。「記憶の継承」の重要性について考える。
今年10月、ユネスコ世界記憶遺産に登録が決まった京都府舞鶴市のシベリア抑留関連資料。90歳の体験者と地元の女子高校生の交流を通して記憶の継承について考える。
出演者
- ナレーター
- 藤田千代美
番組内容
今年10月、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の「世界記憶遺産」に登録が決定した「舞鶴引揚記念館」(京都府舞鶴市)のシベリア抑留関連資料570点。終戦後、約57万人を超える日本人がソ連によって捕えられ少なくとも5万5千人の命がシベリアの凍土と化した。4年間抑留された90歳の原田二郎さんの話を引き継ぐのは、地元・舞鶴市の女子高校生たち。世代を超えた交流を通して「記憶の継承」の重要性について考える。
制作
読売テレビ
その他
- 属性情報?
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- ジャンル
- ドキュメンタリー/教養 - ドキュメンタリー全般 ニュース/報道 - 特集・ドキュメント