(cache) 女子学生はなぜ性的ではないのか　小田亮

　女子学生はなぜ性的ではないのか。といっても、自分の勤めている大学の女子学生を敵にまわそうというわけではない。まぁこんなことを書かなくても、仲良くしてくれる気配はないのだけれども。それはともかく、個々の女子学生がセクシュアルではないと言いたいのではない。女子学生が「性的な記号」として流通していないという話なのである。

　昔、「女子大生ブーム」というものがあった。1985年頃だったと思う。そのブームの火付け役は、女子学生たちが大勢出演する『オールナイトフジ』という深夜番組だったが、盛り場でも「女子大生クラブ」なんてものまで流行った。女子大生が性的な記号として流通した時代があったのである。ただし、そのブームは、そのすぐ後に始まった『夕焼けニャンニャン』という夕方の番組に出演する「おニャン子クラブ」、すなわち女子高校生たちにブームの主役を奪われて終わってしまった。

　つまり、女子大生が性的記号であった期間は非常に短く、しかも女子高生という記号に簡単に負けてしまったのである。そしてその敗北は現在もつづいている。素人の女性がその他大勢として出演しているテレビ番組には相変わらず女子学生も出ているが、女子大生を売りにしているわけではない。これは、男たちが若い女性のほうを好むという問題でもない。何が性的な記号として流通しているかを知るには、ポルノグラフィーのタイトルを調べるのが手っ取り早いが、女子大生ということを売り物にしているポルノは、女子高生よりはるかに少ないのはもちろん、女子学生より年齢は上であるはずの女教師やＯＬよりも圧倒的に少なく、看護婦、人妻、義姉などにも負けている。ようするに、女子学生は性的な記号として通用していないのである。

　それはどうしてなのだろうか。性的なるものというのは、単に肉体を露出しているということでも、また男性の性的な願望に従順であるということでもない。性的という状態は、私的であるはずの性や身体が公的な場に参入して、そのことによって、本来公的な場で見せている社会的な人格が喪失している状態であると言える。肉体の露出も、それが社会的人格の喪失を伴わなければ、セクシーとはならない。つまり、公的な場での人格とのギャップが小さければ性的なものにはならない。脱ぐとは思わなかった女優のヌード写真集や素人の女の子の裸のほうがアダルト・ヴィデオ女優のヌードより性的であるのは、そこにギャップの飛び越えがあるからである。

　となれば、私的な性的身体と公的な社会的人格とのギャップが大きければ大きいほど、社会的人格の喪失による衝撃は大きくなり、より性的になると言えそうだ。女教師や看護婦やＯＬや人妻などの記号が性的なものになりやすいのは、その記号が公的な場で指し示す社会的人格と、それらの記号を担っている私的な性的身体との間のギャップが充分に認められているからである。例えば、ＯＬという記号は、個々のＯＬがどのような性生活を送っていようと、社会的には職場での地位や仕事において人格が与えられ評価されている。彼女たちの私的な身体は、それらの社会的人格とかけ離れているゆえに、それが少しでも公的な場で露になるだけで、社会的人格は喪失し、性的な意味を強く帯びてしまう。

　それに対して、女子大生が性的な記号となりにくいのは、公的な社会的人格を指し示す度合が低いからだと言えよう。たとえ女子大生が私的な性的身体を見せても、喪失すべき社会的な人格というものがそもそもないのだから、性的になりようがない。昔ならば、女子大生という記号は知性やお嬢様といった社会的イメージをもつこともできたのだろうが、大学生から知性や階層といったイメージがすっかりなくなってしまい、大学が社会的人格をもたない「遊び」の時期となった現在では、そこに、性的なものになる条件としての、私的な場（私的な身体）と公的な場（社会的人格）とのギャップがないのである。

　女子高生も、いまでは清純という社会的イメージなどない。それなのに、なぜ女子高生はいまだに性的なのだろうか。その一つの要因は、制服にあるだろう。制服というものは社会的人格を表す最も強力な徴として機能する。セーラー服にしろ看護婦の制服にしろ、男が制服にひかれやすいのは、制服を脱がすことがそのまま社会的人格の喪失となり、手っ取り早く性的なイメージを描けるからである。八〇年代の女子大生ブームが、おニャン子クラブの唄う「セーラー服を脱がさないで」によって吹き飛んだのも、女子大生には脱がす制服がなかったということにあったのかもしれない。

　飛び越えるギャップのないところに性的なイメージは生まれない。女子大生ブームの時は、女子大生の素人っぽさ、つまりタレントや水商売の玄人を下手にまねるそのギャップが性的なイメージを作りだしていた。しかし、そのギャップは長続きすることはなかった。女子大生の身体が規格化され、ブラウン管の中でも盛り場でも玄人に似てきたと同時に、盛り場の玄人たちも素人に近づいていき、そのギャップはたちまちなくなっていったのである。

　一方、女子高生には、社会的な記号として規格化された制服と、それに包まれたみっともないほどに個性的な身体とのギャップという、より強力なギャップがある。女子高生たちの脚は女子大生に比べて太く、腕の太い子はそれを屈託なく見せる。電車の中でも女子大生は同じようにひざを揃えて座るのに対して、女子高生の座り方はばらばらだ。女子大生たちの身体がどれも規格化されて同じように見えるのに対して、女子高校生たちは、規範（言い換えれば世間の男の目）を内面化することなく、プロポーションも含めて社会的な規範に従う身体にほど遠い。その不従順な身体こそ、従順さの徴としての制服との間にギャップをもたらし、女子高生を性的な記号として流通させつづけているのである。逆に、社会的な規範（つまり男の目）に従順であり、しかもそれが反する社会的な記号性もない女子学生の身体が、性的な記号として女子高生に負けたのも当然だったのである。