クローズアップ現代「がん治療が変わる〜日本発の新・免疫療法〜」 2015.10.28


次々と増殖するがん細胞。
長い間、恐れられてきたがんに画期的な薬が登場しました。
免疫チェックポイント阻害剤。
これまでの抗がん剤とは全く違う仕組みの新しい薬です。
根本からがん治療を変えると今、世界中から期待されています。
先月、アメリカで開かれた国際会議。
話題はこの新しい薬に集まりました。

こちらの女性は22歳の若さで進行した大腸がんと診断されました。
しかし、この薬を始めておよそ1年後。

こちらの映像、免疫細胞ががん細胞を攻撃しています。
免疫チェックポイント阻害剤はある方法でこの免疫細胞が持つ本来の攻撃力を引き出すことに成功したのです。
そのきっかけは一人の日本人免疫学者の逆転の発想にありました。

今、がん治療を大きく変えるとして、世界中で研究が進められている新しい治療法。
その期待と課題に迫ります。

こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
人間が本来持っている免疫の力。
その免疫の力を高めがんを攻撃することはできないか。
免疫力を高めるさまざまな方法が打ち出され期待も寄せられてきましたがこれまで治療効果があることが科学的に証明されて薬として承認された免疫療法はほとんどありませんでした。
今、世界の注目を集めているのが臨床試験で免疫細胞の持つ攻撃力を引き出す効果が実際に確認され、承認された免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれる薬を使った新しいがんの治療法です。
がん治療といえば手術、抗がん剤放射線がありますが新しい免疫療法はがん治療の第4の柱になるともいわれています。
がん細胞に直接働きかけるこれまでの治療のアプローチとは違い、患者の免疫細胞の力を引き出すこの治療法。
独創的な発想から生まれた新しい治療法は日本人の研究者から生み出されたものです。
がんを攻撃する免疫細胞。
新しい治療法から、がん細胞のこれまで知られてこなかった新たな正体も見えてきました。
免疫チェックポイント阻害剤とはどのような薬なのか。
薬を生み出した発想とはどのようなものなのかまずはご覧いただきましょう。

夫婦で散歩する佐藤さん。
去年の初めがんと診断されました。
右足の太ももに出来た2センチほどのほくろのようなもの。
皮膚がんの一種メラノーマでした。
すでに筋肉の中などに転移し手術だけでは取りきれない状態でした。

佐藤さんはがんの専門病院を訪ねました。
手術のあと勧められたのが免疫チェックポイント阻害剤による治療でした。
すると、驚いたことに転移も進んでいたがんがみるみる小さくなりました。
今も数週間に一度の点滴を続けていますが、日常生活に支障ないほど回復しています。

免疫チェックポイント阻害剤は、どのようにしてがんに効果を示すのでしょうか。
がん細胞を攻撃する免疫細胞。
しかし、がん細胞もやられる一方ではありません。
攻撃されたがん細胞はある方法で反撃を始めます。
実は免疫細胞には攻撃を止めるブレーキボタンがあります。
攻撃を受けたがん細胞は腕を伸ばしこのボタンを押すのです。
すると、免疫細胞は攻撃をやめてしまいます。
その結果、がん細胞は増えがんが進行していきます。
これに対し免疫チェックポイント阻害剤はブレーキを押すがん細胞の腕を外し、ブレーキを守ります。
こうなると免疫細胞の攻撃力は復活。
これが、この薬の画期的な効果なのです。

免疫チェックポイント阻害剤の治療の可能性はメラノーマ以外にも広がりを見せています。
アメリカ・コネチカット州。
ボブ・カールソンさんは2年前肺がんが全身に転移し余命数か月と診断されました。
すぐに抗がん剤による治療を始めましたが効果は現れませんでした。
そこで抗がん剤をやめて新しく開発された免疫チェックポイント阻害剤の臨床試験に参加することにしたのです。
新しい薬を使い始めたときには2センチ以上あったボブさんの肺がん。
1年半後には画面では確認できないほど小さくなっていました。
副作用もほとんどなく今では趣味のバードウォッチングに出かけられるまでになりました。

メラノーマや肺がんに目覚ましい効果が見られた免疫チェックポイント阻害剤。
今、あらゆる種類のがんを対象に世界中で研究が進められています。
がん治療を変えると注目されるこの薬。
一人の日本人研究者の発想から生まれました。
日本を代表する免疫学者本庶佑さんです。
20年ほど前、免疫細胞が持つPDー1という役割の不明なたんぱく質を見つけその働きを探ろうとしました。
遺伝子操作でPDー1がないマウスを作り、観察したのです。
すると、心臓に炎症が起きました。
PDー1がないマウスでは免疫細胞が暴走し自分自身の正常な細胞を攻撃してしまったのです。
このことからPDー1が免疫細胞を制御するブレーキであることが分かりました。
PDー1が免疫細胞のブレーキならば、その働きをコントロールすることでがん細胞と戦う力を取り戻せるかもしれない。
そう考えた本庶さんは新しいタイプのがん治療薬の開発を目指し、製薬会社に共同開発の話を持ちかけました。
しかし…。

実は、免疫細胞の攻撃力を利用して、がん細胞と戦う免疫療法は、以前から研究されていました。
しかし、期待されたような効果はほとんど上げられずにいたのです。
従来型の免疫療法のほとんどは免疫細胞に働きかけ攻撃力を高めるというもの。
いわばアクセルに作用するものでした。
本庶さんの提案するブレーキに作用する方法とは大きく異なりますが同じ免疫療法というだけで製薬会社は懐疑的になったのです。

その後、本庶さんの研究に注目したアメリカの研究者とベンチャー企業が協力してPDー1を抑える薬を開発し高い効果を証明しました。
こうして、免疫チェックポイント阻害剤が誕生したのです。

今夜のゲストは、がん細胞と、そして免疫細胞の関係について大変お詳しい、山口大学教授、玉田耕治さんです。
いやー、日本の研究者が、新しい発想を持って、薬の研究を持ちかけた、しかし、それを受け取る製薬会社がいなかった。
開発できなかったのは残念ですね。
そうですね。
やはり薬の開発には非常に多くのお金と時間がかかりますので、なかなか成功例がなかったがん免疫療法の開発というのが、非常に難しかったということがいえます。
専門家として、この薬はどれほど劇的に効くと?
そうですね、これはこれまで通常の抗がん剤や手術、そういうものが効かなかった患者さんに、2割から4割ぐらいの患者さんで効果があるということで、非常に劇的に効きます。
さあ、お伝えしたように、全くこれまでの免疫療法とは違った発想で、開発されたお薬だということですけれども、これは、免疫細胞にはアクセルとブレーキがあって、そして、免疫細胞ががん細胞を攻撃し始めるとがん細胞は、手を伸ばして、ブレーキを押す。
ブレーキを押すことで、その免疫細胞が効かなくなるわけですけれども、そのお薬は、このブレーキを外す効果があるというものですね。
そういうことですね。
これまでの従来のがんに対する免疫療法の開発というのは、このアクセルを踏むことばかりを考えて、どのように免疫細胞を活性化しようかということを、考えてました。
ところが、免疫細胞をどんなに活性化しても、やはりがんの局所で、このブレーキを押されて、免疫細胞がブレーキをかけられてしまうと、これはがんを攻撃できないということで非常に画期的な、新しい治療法が開発されたということになります。
今までアクセル、アクセルということで研究してきて、アクセルを強める、だけどあまり効果が実はなかったということですか?
そうですね、これは先ほどの繰り返しになりますけど、ブレーキを踏むというメカニズムが分かってきたということで、ここをやはり、なんとかしないといけないという研究が進んできたということになります。
今のリポートで、しかし、そのブレーキのないネズミを、こうやって、PDー1を外したネズミを作ると、心臓が炎症を起こして、大きくなってましたよね。
だから悪さもしそうなんですけれども、免疫細胞に、なぜそのブレーキが、そもそもあるんですか?
免疫細胞というのは、もともと自分と自分以外のものを識別をして、自分以外のものを排除するというような働きを持っています。
ですから、このブレーキというのは、免疫細胞が逆に暴走しないように、自分自身を攻撃しないようにするために、非常に必要な分子なんですね。
ところが、がん細胞は、その部分を上手に利用して、がん細胞自身が攻撃されないように、このブレーキを押す腕を出してるということが分かってきたということになります。
免疫療法というと、非常に体に優しいイメージもあるんですけれども、この新しいお薬、治療のお薬には、副作用っていうのはあるんでしょうか?
これは、通常の抗がん剤と全く異なる副作用がございます。
抗がん剤というのは、がん細胞自身を攻撃するようなお薬ですが、このチェックポイント阻害剤は、免疫反応を高めることによって、がんを攻撃をすると。
先ほど申しましたように、このチェックポイント分子というのは、免疫細胞が暴走しないように働いている分子ですから、そのブレーキを外すと、免疫細胞が暴走することによる、副作用というものが起こってきます。
例えば肺の炎症であったり、大腸の炎症であったり、中には重症筋無力症という、特殊な病気が起こる方もいらっしゃいます。
現在行われているメラノーマの治療では、約10人に1人ぐらいの患者さんが、重篤な副作用が出るというふうにいわれています。
10人に1人ですか。
さあ、それで気になるのが、どういったがんにどの程度、効くのかということなんですけども。
こちらのフリップを見ていただきたいんですけれども、現在、日本ではこのメラノーマというがんに対して、このお薬は承認を受けております。
皮膚がんの一種ですね。
そうですね。
それから欧米では、この肺がんに対して、承認を受けております。
それから腎臓がんや、ホジキンリンパ腫というがんでは、このお薬が非常に効きやすいというような報告も出ております。
逆に、このすい臓がんや前立腺がん、大腸がんというものは、なかなか効きにくいと、それから頭けい部がん、卵巣がん、胃がん、乳がんというのは効く可能性があるということで、現在、多くの臨床研究がされているという状況です。
効きやすいとおっしゃったタイプのがんで、具体的に、これまでの臨床試験で、どれぐらいの効果が上がっているんですか?
そうですね。
例えばこのホジキンリンパ腫というのは非常に効きやすいといわれておりまして、報告では9割の患者さんで効果があったというような報告もございます。
それからメラノーマ、肺がん、この腎臓がんというのは、約2割から4割ぐらいの患者さんで効果があると。
ただし、これはほかの治療法が、全く効果がない患者さんに対して、2割から4割ですから、非常に劇的だということができます。
つまり、手術や抗がん剤、放射線の治療が。
効かない患者さんに対しては、そのような進行がんの患者さんに対して、2割から4割の患者さんで、効果が出るということでございます。
なるほど。
さあ、今お伝えしましたように、免疫チェックポイント阻害剤が効きやすいがんと、そして効きにくいがんがあることが分かっています。
新しいこの治療法の効き目の違いがなぜ起きるのか、その背景も少しずつ分かってきました。

先月、アメリカで開かれた国際がん免疫療法合同会議。
免疫チェックポイント阻害剤への注目を受けて今までになく大勢の研究者が世界中から集まりました。
課題として挙げられたのががんの種類によって効果がまちまちなことです。

ここ数年間で明らかにされた臨床試験の結果です。
メラノーマや肺がんには効きやすい一方で、前立腺がんや大腸がんには効きにくいなどがんの種類によって効果に差があることが分かってきたのです。
薬が効きにくいがんに対してどうアプローチするのか。
効く、効かないを分けるポイントを見つけ出す取り組みが始まっています。
そのヒントの一つがある患者たちを通して見えてきました。
ステファニー・ジョホさん。
22歳の若さでステージ4の進行がんと診断されました。
この薬が効きにくいとされる大腸がんです。
2度の手術と抗がん剤治療を行いましたが、回復は見られず一時は危篤状態に陥ったといいます。
わらをもすがる思いで参加したのが、開発中の免疫チェックポイント阻害剤の臨床試験でした。
それから1年、今では1人で外出できるまでに回復しています。

4人姉妹の三女として生まれたステファニーさん。
母親も大腸がんと子宮がんを発病しました。
2人の姉もがんのリスクが高いと診断されています。
実は彼女たちはリンチ症候群というがんになりやすい遺伝性の病気でした。
しかし、意外にもこのことが大腸がんにもかかわらず薬が効いた理由だと考えられているのです。
一般的に大腸がんの細胞は遺伝子の変異が少ないということが分かっています。
免疫細胞にとっては正常な細胞と見分けがつきにくく攻撃しづらいと考えられています。
これに対しステファニーさんの病気の場合同じ大腸がんであっても遺伝子の変異が多いことが明らかになりました。
免疫細胞にとっては見つけやすいといいます。
この状態なら、がん細胞がブレーキを押しても、薬を使って外しさえすれば、著しい効果につながると考えられるのです。

ステファニーさんたちリンチ症候群の人々を対象にした研究は、免疫チェックポイント阻害剤の効果について新たな知見をもたらしました。
そのほかのがんでも遺伝子の変異が多いタイプほど効果が高いのではないかと考えられるようになったのです。
今、薬の効果を最大限に引き出すため遺伝子の研究が進められています。

効きやすい、そして、がんとそして効きにくいがん、その一つの目安というのが、遺伝子の変異が多いかどうかということが分かってきた。
そうですね、先ほどご説明しましたけれども、効きやすいがん、効きにくいがんというものを、よく調べてみると、これはこの効きやすいがんというものは、この遺伝子変異が多いがんということが、分かってきました。
免疫システムというのは、このような変異のあるたんぱくを認識をして、これを攻撃をする能力がありますので、やはりそのようながんというものは、この免疫チェックポイント阻害剤というものが効きやすいということができます。
この遺伝子変異が多い、少ないというのは、何倍くらい変異の差があるんですか?
そうですね、さまざまな報告がありますけれども、効きにくいがんに比べて、効きやすいがんでは、やっぱり数十倍程度、変異の数が多いというような報告もございます。
しかし、それを見つけられる免疫細胞の力っていうのも、すごいですね。
そうですね。
免疫システムというものは、自分自身は攻撃をしない、けれども、自分以外のものは攻撃をできるという能力を持っております。
これは外来から入ってくる病原体でもそうですけれども、体の中に存在する、こんな変異のあるがん細胞は自分自身以外のものを持っているということで、攻撃をしてくれるということになります。
ただ、抗がん剤を使っていると、だんだん効かなくなっていくということが、よくあるわけですけれども、この薬の場合はどうなんでしょうか?
一般的に抗がん剤は、やはり耐性というものができまして、長く使っていると効かなくなる患者さんというのがどうしても出てきます。
ですから、複数の抗がん剤を併用するというようなことをするんですけれども、このお薬の場合は、直接がんを攻撃するわけではなくて、免疫細胞を活性化することによって、がんを攻撃しますので、免疫細胞というのは、さまざまな変異を認識することができますから、がん細胞はなかなか逃れることができないということになります。
優れていますね。
ただ、その副作用も先ほどお伝えいただいたように、副作用もかなりあるということですし、効くか効かないかのがんもあって、そういった中で、どうやって、本当に効く人に、そして副作用が出ないように、その選んで投与していくかというのは、これ、課題多いですね。
そこでまさしく、今後われわれがやっていかないといけない研究で、効く患者さんというのは、やはり遺伝子変異が多い患者さんだと。
これを遺伝子解析という方法で見つける。
あるいは、このPDー1という分子にブレーキをかけている、その腕である、PDーL1という分子が、たくさん出ているものほど、ブレーキを強くかかっているので、その患者さんはやはり効きやすいんじゃないかと、このような研究を介して、どのような患者さんに効くかということに、研究が進んでいる。
また同様に副作用が起こりにくいやはり10人に1人程度、非常に重篤な副作用が起こりますので、やはりそのような患者さんを同定するための研究というものがされています。
またこのお薬は、非常にお値段が高価なお薬ですので、やはり効く患者さんをきちんと同定をして、副作用が少ない患者さんに効率的に投与することを重要だろうというふうに考えられています。
玉田さんは免疫細胞、そしてがん細胞、その関係をずっと研究をされてきて、どんな正体が見えてきましたか?
やはりがん細胞というものは、免疫細胞からの攻撃を上手にすり抜けて、免疫細胞に攻撃されないものとして大きくなってきたものが、現実、われわれが目にしているがん細胞というものです。
ですから、免疫療法というものは、非常に画期的なんですけれども、やはりがんが免疫をすり抜けてきた、このメカニズムをはっきり分かることで、よりよい治療法が出来るだろうというふうに考えています。
どんなブレーキがまだ存在するのか、どうやってブレーキを押しながら、アクセルを強められるのか、こういった研究も?
今後はブレーキを外しながら、アクセルを踏むという研究が重要になるだろうというふうに考えています。
2015/10/28(水) 01:25〜01:51
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代「がん治療が変わる〜日本発の新・免疫療法〜」[字][再]

がん治療の新たな柱として注目される「免疫チェックポイント阻害剤」。ある日本人研究者の奇抜な発想から生まれた。開発への道のりや、治療効果、残された課題に迫る。

詳細情報
番組内容
【ゲスト】山口大学教授…玉田耕治,【キャスター】国谷裕子
出演者
【ゲスト】山口大学教授…玉田耕治,【キャスター】国谷裕子

ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:24496(0x5FB0)

カテゴリー: 未分類 | 投稿日: | 投稿者: