<テレビ界にある『打つ』という隠語>理不尽打ち、理詰め打ち、質問打ち…って何?


高橋秀樹[放送作家]

* * *

最近はパワハラと言われかねないので、少なくなったが、テレビ界には『打つ』という隠語がある。

『打つ』は即ち打擲(ちょうちゃく)する、実際には、ブッたりはしないが、ブたれるほど衝撃がある説教をすることを言う。大別して2種類。「理不尽打ち」と「理詰め打ち」である。

感情先行の「理不尽打ち」の例を挙げる。

外のロケに行った。出かけるときは晴れていたが、カメラを回す段になって雨が降ってきた。この雨ではロケは中止だ。ADが気を利かせてディレクターに自分が用心に持ってきた傘を差し出した。するとディレクターが烈火のごとくADを打った。

「おまえが傘持ってくるから雨が降るんだよ」

「理詰め打ち」をするディレクターは東大卒に多い。前後左右上下、すべて固めて打つから逃げられない。しかも途中で自分の言葉に酔ってくるから長い。ADには蛇蝎のごとく嫌われる。

「理詰め打ち」の中でも、これはきついと思われる変形が「質問打ち」である。たとえば、取材ディレクターになったばかりの若者が、この「質問打ち」の、チーフディレクターのところに、原稿をチェックしてもらいにやってくる。普通であれば、ここはこうダメだからこう直しなさいと、教えてあげるものだ。ところが、この「質問打ち」のチーフは、決して答えを教えない。

「このナレーションはなんでこうしたんだ?」

「冒頭のシーンはなぜこれから始まるの?」

「この表現で伝わると思ってんの?」

言葉がやさしいうちはまだいい。そのうち…

「バーカ、どうしてこのシーンは、いらないと思ったんだよ!?」

「こんなこと言うと思ってんのか?」

「お前はこれでいいと思ってるんだな?えっ?」

「もう、この仕事やめたほうがいいんじゃないの?」

チーフディレクターの言うことは、いちいち正しい指摘である、と、そばで聞いている僕は思う。僕が一番苦手なディレクターはこう聞くディレクターである。

「この原稿、おもしろい?」

読む前に聞くな。(高橋秀樹[放送作家])

 

【あわせて読みたい】

The following two tabs change content below.
高橋秀樹(たかはし・ひでき)放送作家 1955年山形県生まれ。日本放送作家協会、日本脚本家連盟、日本マス・コミュニケーション学会、日本映像学会、放送批評懇談会、日本認知心理学会、日本行動分析学会、日本社会臨床学会、日本自閉症スペクトラム学会、日中特異効能交流協会、早稲田大学落穂会、著述家、競艇評論家、教育評論家、朝鮮半島ウォッチャー、プランナー。