通勤ラッシュ。
1990年代後半、自分は東京の蒲田に住んでいた。
田舎者の自分からすると、蒲田駅は物凄い都会の駅に思えた。駅ビルが西口にも東口にも、更には東急線の駅にもあり、駅もその周辺も「祭りでもあんのかよ」ってくらいに人が溢れ、最初に降り立った時は「おお、ついに大都会東京に来たぜ」と、清々しい気分になっていた。
最初の1年ちょっとは、勤務地が溝の口だったので、川崎駅で南武線に乗り換えて通勤していた。南武線は川崎始発なので、殆ど必ずと言っていいくらいに座れた。よく、テレビで見かけるような「通勤ラッシュ」とは随分違うように思えた。まあ、京浜東北線は混んでいたけど。
しばらくすると、勤務地が赤坂に変更になった。新橋で銀座線に乗り換えて、赤坂見附駅で降りるという通勤コースだった。その銀座線の混み具合は、まさに自分がイメージしていた通りの「東京の通勤ラッシュ」だった。
当時は携帯電話が普及し始めたばかりの頃で、ショートメールがやっとコミュニケーションとして存在していた程度で、まだiモードも始まっていなかった。なので、電車の中で時間をつぶすには新聞とか雑誌とかを読んだり、ゲームボーイを持って行ったりしていた。
だが、帰りはともかく、出勤時のあの混雑具合ではゲームをするのは不可能なので、朝は殆どの場合本を読んでいた。片手で本を持ち、もう片手でつり輪につかまって電車に揺られる日々を過ごしていた。
調子に乗った田舎者。
だんだん立って電車に乗るのに慣れてくると、つり輪を掴んでいなくても何か上手くバランスを取って立っていられるようになってきた。
冬になり寒くなってくると、元々手先とかが冷えやすいこともあって、それまでつり輪を掴んでいた手を、ポケットにしまっておくようになった。雪国産まれ雪国育ちのくせに、自分は寒いのが苦手なのである。ついでに、暑いのも苦手である。
なんというか、「俺、東京の通勤ラッシュに慣れてきたんだぜフフン」的な、調子に乗っていた時期でもあった。田舎者のくせに、中途半端に東京に染まった、何かいけ好かない奴だったと自分でも思っている。
そんなある日、いつもの様に満員の銀座線に乗り込んだ。寒いので片方の手はコートのポケットの中。電車に押し込まれ、ドアが閉まって動き出した後、自分は右のポケットに入れておいたファウンデーションシリーズの第2作「ファウンデーション対帝国」を読み始めた。
次の駅に着き、どっと人が降りてまたどっと人が乗ってくる。そして電車は出発した。そんな事を繰り返し、赤坂見附の前、溜池山王駅に着いた時だった。沢山の人がどどどっと降りて、また沢山の人が乗ってくる。その人の波に押され、乗っている人と人の間の空間が一気に圧縮された。
その時、自分の前にいたスーツ姿のお姉さんが、顔をグワッと上げ、自分の方をギロッと睨みつけてきた。後ろから押された拍子に、どうやらポケットに入れていた自分の手がお姉さんのお尻の辺りに触れてしまったようなのだ。
その後、お姉さんは人の波をかき分けて電車を降りていった。元々溜池山王で降りる予定だったんだろうか?でも、そうならもっと早いうちに出口に方に向かっていたはずだ。多分、自分が痴漢してきたと思って、嫌になって降りていったんだろう…と、思う。
女性専用車両はあったほうが良い。
国土交通省が平成15年に作成した資料によれば、平成12年の男女雇用機会均等法の成立をきっかけに、女性の視点からの公共交通機関のサービス向上の一環として、女性専用車両の導入が検討されたようだ。
この資料によれば、平成12年に京王電鉄、翌13年にはJR東日本に女性専用車両が導入されたらしい。自分が東京に住んでいたのは平成12年までだったので、女性専用車両は見たことがなかった。京王線沿線にはまず行く機会が無かったし。
あの日、自分はまったくもって痴漢をしようなどとは思ってはいなかった。単に寒いから片手をポケットに入れていただけで、さらに後ろから凄い力で押されてしまったが為に、あのスーツのお姉さんに身体的接触をする羽目になったのだ。
お姉さんがさっさと降りていったから何事もなかったが、あの時お姉さんが「きゃー、痴漢よー!」といって自分の手を取ったりしたら、自分は駅長室かなんかで尋問される羽目になっていたかもしれない。
よく、女性専用車両は男性への差別的な待遇だとかなんとかいう人もいるが、自分としてはそういう車両はあってもいいと思う。まあ、正確には女性優先車両なんだけど。
もちろん、それで全てが解決するわけではない。女性専用車両に全ての女性が乗れるわけではないし、女性専用車両を導入することで痴漢の件数が減るという確たる証拠があるわけでもないようだ。
女性専用車両は商業的な理由で導入されたとか、そもそも女性を馬鹿にしているという主張する人もいる。女性専用車両を設けることで結果的に他の車輌が混むという弊害を生むという話もある。
それでも、女性専用車両はやっぱりあったほうが良いんじゃないかな〜と、自分は思う。
あの、自分を鬼の形相で睨みつけたお姉さんは、身体的接触に対して敏感な人だったからこそ、ポケットに入れた手を押し付けられたことで、自分が痴漢をしていると勘違いをしたのではないか。
満員電車である以上、どうしてもそういう事は起こりうる。
そういう身体的接触に対して過敏な人が、女性専用車両に率先して乗ってくれる事で、痴漢の冤罪的なものは減ってくれるのではないか。少なくとも、自分がそういうタイプの女性だったら、多分すすんで女性専用車両に乗ると思う。
これはいわばゾーニングのようなものだ。
世の中、こんな理想論の通りに行かないのは承知している。 それでも、女性専用車両が無くて、あの時の自分と同じシチュエーションで痴漢の冤罪を被せられるのと、女性専用車両があって、少しでもそういうケースを減らせる可能性があるのであれば、女性専用車両はあった方が良いと思う。お互いのためにも。
究極的には、痴漢なんて言うバカな真似をする輩がいなくなれば、いちいち女性専用車両なんてものを導入することもないし、それで全て解決なのだが、人間の欲望は尽きることはない。痴漢をする人間がいなくなることは無いだろう。
それ以前の問題として、今では電車が1両で走っているのも珍しくない町に住んでいるので、女性専用車両がある現実がどんなものなのか、実際の所はわからないんですけどね。
とりあえず、自分が言えるのは、あの日捕まらなくて良かったな〜ということである。もし捕まってたら、こうして呑気にブログなんぞ書いていられなかったかも知れないし。
※ちなみに、全て自分の被害妄想という可能性も微レ存。