椎名ましろはペットである
天才画家・椎名ましろ。
彼女の絵はとんでもなく巧いものの、しかしそのせいなのか一般常識から生活能力に関わる全てが欠落していた。コンビニに行けば陳列棚の商品を金銭を払わずむさぼり食い「貨幣経済」について全く教わったことがなさそうな素振りであるし、服の着替え、入浴、髪を乾かす事……そういった些事も一人ではこなせなくいつも神田空太に面倒を見ていもらっていた。
まさしくタイトル通り「ペット」なのである。手助けが必要な少女であり、周りの人間が意識的に「介護」してやらねばと思わせるほどに椎名ましろは一人では生きていけない。
もしかしたら本国の実家では文字通り "何から何まで" 世話してもらっていたのかもしれない。そうして「絵にだけ集中できる」環境を整えてもらっていたのかもしれない。人とのコミュニケーション齟齬が発生しやすいのは、人とコミュニケーションを取ってきた経験値が少なすぎるからであり、勉学が不足しているのはそもそもしてこなかっただけに過ぎないのだとしたらどうだろう。
絵を描くためだけに十数年間生きてきた、と。
なんだそれは?
…私は彼女が怖い。まともな初等教育・"学童"の中で生きてこなかった者にしか見えない。社会的能力・生活能力を全て捧げてまで「絵を描く」だけに特化してきた存在のようにしか思えない。全てを投げ打って打ち込んで打ち込んで打ち込んで打ち込んで打ち込んで―――絵にだけ打ち込んできた人間が椎名ましろなんじゃないだろうか?
人としての機能を失って、絵だけを追い求めているブリキにも見える。それは……もはや……"概念"として成り上がった人間なんじゃないか……。こんな言い方してるけど私は彼女のことを貶してるわけじゃない。憧れているのかもしれない。だからこそ恐怖を覚える。
"ギフト"によって人生を規定付けられた人間がいるとしたら、きっと、こんな日常を歩むのだろうと。
そして、彼女の持つ圧倒的な「実力」の前に凡人はひれ伏すしかないのだ。三鷹仁が言うように才能と努力を積み重ねてきた者の側にいるとこちらはぼろぼろに傷つくしかなくなる。存在強度が違う。ステージが違う。在り方として真っ直ぐすぎるからこそ、一緒にいてとても辛い。
手の届かないものをずっと見せつけられているようで―――自分には手に入らないものを私は持ってるよと微笑んでいるようで胸が痛くなる。むしゃくしゃして何かに八つ当たりしたくなる。仁も空太も時折痛々しい顔をするのはこのせいだろう……。圧倒的な力を持つ人間を見たとき、胸に去来する感情は2つある。
畏敬か、恐怖だ。
この2つは表裏一体なんだ。くるくるまわるコインのように。畏れて敬い、恐れて怖がる。そういうものなんだ。
空太がましろの側にいて傷ついて、当番をやめたくなった気持ちが手に取るように分かる。そして、それでも、彼はましろの側にいることを決意したことを私はすごいって思う。すごいよ、壊れちゃうよ、辛いよ。
――でも。憧れるだけならいい。けれどもしその「才能」に追いつこうとした時、蝋燭で出来た翼は灼け切れるだけだ。彼は追いつこうとしているけど、おそらく「追いつこう」としてはダメなんじゃないか。追いつこうとするのではなく、手をのばそうとしては・・・でも・・・それって・・・。
そう。
そんな事を考えるのは「灼け切れて」からでいいはずなんだ。
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