[鬼子母神日記]
[曽根 賢 短編小説作品集 一『The SHELVES』ジャケット写真]
7インチ・レコードと同じ体裁の小説集(A面「八重桜」/B面「熱海にて」)定価1,600円
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6月16日(火)鬼子母神は曇天。
あなたは、熊(くま)と対峙したことがあるだろうか?
私はない。が、
「殺してやる!」
と女から、刃物の切っ先を、腹へ突きつけられたことが2度ある。
別々の女だ。
その際、どちらの女も、手近にあった「果物ナイフ」を握った。
そんなとき、男はどう対処すればよいのか?
「熊と出くわしたと思え。眼に力をこめ、決して女の眼から視線をそらすな。そして決して動くな。口を閉じよ。そうして、ただ、じっと時をまて」
時をまてと云っても、それほどの時間じゃない。そう、30秒もすれば、それまでキリキリと絞られていた女の視線が、不意にだらっとほどけ、熱をおびた瞳の色が、ふっと冷める瞬間に気づくだろう。
その時だ。
女の視線をじっくりと眼でたぐったまま、肩を動かさないよう気をつけて、自らの利き腕をゆっくりと上げる。
そのまま、子猫の首をつかむようにして、ナイフを握りしめた手首へ、そうっと指をかける。
そこで一息つき、じわりと握る。
ぐっと掴んじゃいけない。あくまでじわりとだ。
そしてそのまま、女の眼に向かい、静かにこう言う。
「まあ、やめとけ」
私はそうして、2度とも腹を突かれず、その場を切り抜けてきた。
そもそも私は、果物ナイフで刺されるほど、その女たちに、手ひどいマネをした覚えはない。
ましてや果物ナイフに、熊の爪1本ほどの殺傷能力があるわけもなし、腹をくくるまでもなかった。
そんな、ちゃちな刃物を、憎い男に突きつけるなんて「女の恥」であろう。
それを当の女が気づくまで、男はただじっと眼を見据え、時をまてばいい。
その時間が、約30秒。
とは云え、時計の針が刻む30秒と、体感時間は違う。
私の体験では、90秒の「針地獄」といったところか。
長いと云えば、とんでもなく永い30秒かもしれない。
それでも、私は堂々、2度の「針地獄」に耐えることができた。
だがしかし、3人目の女の刃物は違った。
それはまさに殺傷能力十分の「熊の爪」だった。
正確に云えば、その「爪痕」に出くわしたのだ。
6年ほど前のことである。
場所は、練馬区下石神井の6畳間。
あの日不意に、「山の神」が下界へ下りてきたのだった。
私の「暴言」が呼んだらしいが――。
その時ばかりは私も視線を外し、「死んだふり」をするしかなかった。
今日、The SHELVESの、シングル小説の「PV」が出来上がった。
製作者は、「王様」こと村藤 治。
デザイナーであり、ガレージパンク・バンド「テキサコ・レザーマン」のギタリストである。
主演女優は王様のパートナーである「マユボン」。
私も声と、手足で出演している。
そして、恐れ多くもテキサコのメンバーも出演してくれている。
みんなノーギャラである。
PVは、明日18日「シングル小説発売記念トーク・ライブ」にて(開演19時半)初上映される。
(イベントの詳細は文末に)
その後、ユーチューブにアップされる。
PVの撮影場所は、私の住む、この雑司が谷鬼子母神七曲りの路地にある6畳間だ。
巻頭、白壁をバックに、マユボンが畳に座っている。
その右脇に、襖がある。
その襖の破れ目を見て、私は突如、あの「熊の爪痕」を思い出したのだった。
王様もマユボンも云っていたが、この七曲りの6畳間と、以前女と暮らしていた下石神井の6畳間は、そっくりなのだ。
テレビの有る無しだけが違うだけの同じ殺風景な部屋。
そして、襖の「傷跡」――。
(今住む6畳間の襖の傷跡は、下石神井の6畳間のそれとは種類が違うが――それは、単に酔払って友人と喧嘩して出来た破れ目である)
当時付けていた日記を元に、以下に「熊の爪痕」の想い出を書いてみよう。
ちょうど、今時分の話である。
当時、私は女のヒモで、この話の約2年後に棄てられることになる。
――その日、私は気がかりな夢から覚め、便所へ立った。
酷い二日酔いで、足もとがふらつく。
カーテンを閉め切った6畳間は薄暗かった。
用を足し、また女の脇に横になろうとしたときだ。
ようやくそれが、私のほつれた視線を捕らえた。
入って右側に押入がある。
その1枚の襖いっぱいに、古代文字のような、斜めに狭く並んだ3本の文様が、達筆な墨で書かれてあった。
私はぼんやりと襖を見つめた。
その文様が何を意味するのか、誰の仕業なのか、理解するまで数秒かかった――。
途端、思わず仰け反った。
それは墨文字なんぞではなかった。
鋭利な刃物で、突き裂かれた傷跡だったのだ。
並列した3本の傷の長さは、それぞれが50センチほどもあり、なんの躊躇(とまどい)もない切口は、深い闇を呑んでいる。
傷に指を触れたら、その鋭さに血が滲みそうだ。
まるでそれは、熊の爪痕のようにも見える。
恐る恐る、私は女の顔を見下ろした。
片頬を枕につけ、女は妙にひっそりとした寝息をたてている。
しゃがみこみ、間近に見ると、両の瞼が泣き腫れていた。
立ち上がると、壁の時計に眼をやった。
もうすぐ正午だ。
私は台所へ行き、流しの前に立った。
シンクには、水を張ったボウルに、細長い刃を斜めにした、柳刃包丁が浸かっていた。
その秋刀魚の腹のような、青光る刃面を見つめながら、私はコップで「ごくり」と水を飲んだ。
ガラスコップを、ボウルの水に落とす。
沈むコップは、先客の柳刃包丁を押しのけ、コポコポと息を吐いた。
昨晩のことを思い返すが、やはり肝心な部分がブラック・アウトしている。
何をしでかし、どんな言葉を女に吐いたのだろう?
「なんにせよ、女が起きる前に、早く買物を済ませて、風呂を沸かさなければ」
幸運なことに、まだ5千円ほど、飛び込み仕事の原稿料が残っている。
冷蔵庫を開く。
真っ赤なスイカが4分1丁、大きく場所をふさいでいる。
昨日の昼、大家の未亡人がくれたものだ。
今年初のスイカだった。
しかし、女はスイカを好まない。今度もまた、私ひとりで食べることになるだろう。
食材を確かめてから、私は隣の4畳半で服を着、そっと家を出た。
雲ひとつない快晴の日だった。
その日は6月の日曜日で、雑誌編集者の女の2週間ぶりの休日だった。
それは、ヒモにとっても、久々の休日になるはずだった。
正確に云えば、女の「休日感情」のおこぼれにあずかる日だ。
本来、ヒモに休日などあり得ず、ましてや、休日を選ぶことなどできはしない。
青空を見上げると、3本の切口の残像が、くっきりと空に浮かんで見えた。
私は首をすくめ、スーパーへと急いだ。
部屋の隅に置いた、ラジカセタイプの古いCDプレイヤーから、NEW ORDERの音が鳴っている。
セットしたのは私だ。
私はあまりその音を好まないが、女の好みだから今日のところはしょうがない。
畑に囲まれた練馬の6畳間に、NEW ORDERもあったもんじゃないが、云わばそれは「山の神」へお伺いをたてる音だった。
「少しだけど、Kから貰ったんだ」
無言でテーブルへついた女に、私はパイプとライターを差し出した。
火皿には、小指の先ほどの褐色の練物――マナリ産のチャラス(大麻樹脂)――が詰めてある。
それはこの休日のために先日、近所に住む後輩から分けてもらったチャラスだった。
女には、驚かそうと内緒にしてあった。
それに実は、後輩に握らせた2千円は、女の財布からこっそりと抜き取った金だった。
湯上がりの女は、濡れた黒髪を藍色のタオルで巻き、頬を火照らせ、からだから薄っすらと湯気を上げている。
もともと、体温の高い女だった。
私も女の後に、さっと風呂に浸かっていた。
女はチャラスを見ても、別段喜びもせず、「そう」と、物憂げな仕草で受け取ると、さっそく火をつけて吸った。
女の背後の襖には「熊の爪痕」がある。
私の背後のサッシ戸は、大きく左右に開けはしてある。
部屋にただよう煙は、刺し込む太陽に照らされ、ゆっくりと、緑が光る小さな庭へ吸い込まれていく。
互いに、無言でパイプを回した。
3服すると、私は両手を後ろの畳についた。
風呂上がりのチャラスは、たちまち効いてくる。
テーブルの上にはすでに、私が用意した、酒菜の鉢や皿が並べてある。
それぞれ日を分けて糠に漬けてあった、蕪と胡瓜とセロリ、人参と牛蒡は、いい塩梅に漬かっており、鉢に盛った彩りもきれいだ。
輪切りにした「辛子蓮根」は、チャラスと一緒にKから貰ったものだった。
女の1番の好物の、5本の「仏陀の耳」――その形状から女が名づけた「ラム・チョップ」の愛称――は、バルサミコ酢と醤油をきかせて焼いてある。
付け合せはいつもの通り、たっぷりのクレソンとレモンの半切り。
盛り付けた大皿は、女の眼の前に置いた。
その脇にあるのは、卵黄と胡麻をまぶした「ユッケ」の鉢だ。
そのまったくサシの入っていない赤身の牛肉だけは、スーパーの先へ足を伸ばし、肉屋の主人に相談して買ってきた。
もうひとつ、ガラス製の大きな深皿がある。
その底へ氷を敷き、透けるような白い「稲庭うどん」を盛った。
薬味は大葉と葱と胡麻、生姜に大蒜に山葵、それと海苔を、幾つかの小皿に盛った。
酒は、大ぶりのグラス一杯に、冷えた「ブラッディ・メアリー」を用意した。
(このブログで、くどいほど言ったが、)
「大麻とブラッディ・メアリーは出会いもの」である。
ごくありふれたカクテルが、極上の「ウオッカ出汁冷製トマト・スープ」に変わる。
グラスにレモンを絞り、塩胡椒をし、ウスターソースやタバスコを垂らす。
私は女の顔色をうかがい、それらをグラスにふりかけた。
マドラーで軽くかき回すと、一息つき、女の前に、そっと差し出す。
女は黙ってそれをひと口すすると、ひとつうなずいた。
女は眼を合わそうとしない。
私は女の背後の「爪痕」を、わざとしばらく見つめ、女へ視線をもどした。
女は眼を伏せ、手掴みで「仏陀の耳」に齧りついた。
どうやら女は、昨夜の出来事を、自分から話す気はないらしい。
そこで私はきっぱりと、女へかける言葉を、捜すことをやめた。
すると、NEW ORDERの音が、やけに心地よく聞こえ始めた。
そして、ゆるゆると、向かい合った女のからだから、休日の開放感が伝わってきたように感じられた。
背後で、猫が鳴いた。
振り返ると、いつもの片眼のノラ猫が、縁側に座っている。
私は鉢から、濡れた短冊の赤身を箸でつまむと、猫の前に落とした。
猫はカツカツと歯音を鳴らし、わずかな生肉を喰った。
うどんをすする音がした。
首をもどし、女を見た。
が、女はやはり視線を合さず、黙々と、うどんをすすり続けた。
猫が鳴きながら、私の膝に、首をこすりつける。
その潰れた片眼には、5センチほどの傷跡が、溝のように斜めに走っている。
私はまた首をすくめて、糠漬けに箸を伸ばした。
翌日の昼、女の出勤を見送った私は、冷蔵庫からスイカを取り出した。
菜切包丁を握ると、スイカを切った。
二日酔いで食べるスイカが1番旨い。
スイカを齧りながら、6畳間に入り、押入れの襖の前に立つ。
あの「爪痕」の上には、墨文字をしたためた、5枚の半紙が貼ってある。
昨夜、久しぶりに女と筆をとった。
私は酔うと、筆を走らせたくなる癖がある。
女には毎度、うまく書こうとはせず、ただ好きな言葉を、気持よく書けと云ってある。
今回の女の書は、
「ホッピー」
「ホルモン」
「焼酎」
「鮪」
の4点。
私の書は「六畳襖の上張り」の1点。
私はため息をつくと、台所へもどった。
そのあと、いつものように時間をかけて、3本の包丁を砥いだ。
研ぎながら、石神井公園駅近くの古本屋で引き取ってもらえそうな、手持ちの本や写真集や画集を数えた。
その金で、いい「鮪」を買い、今夜こいつで引こう。
そして、明日は「ホルモン」に「ホッピー」としよう。
まだ数日は、気を引き締めなければ。
「山の神」に山へもどっていただくには、死んだふりは勿論、用意出来る限りの「供物」を、6畳間のテーブルへ並べるしかないのだから――。
私は口の中でぶつぶつ呟きながら、丁寧に、柳刃包丁を研ぎ続けた。
あの「熊の爪痕」のことは、その後も女へ聞くことはできず、女も最後まで、語ることはなかった。
それでよかった。
と、思う。
そして今、この6畳間の押入れの襖には、やはり破れ目を隠すため、3枚の半紙が貼ってある。
やはり、先夜、酔払ってひとり、筆を走らせた半紙だ。
「鮨三昧」
「葱鮪鍋」
「鮨決戦」
次回か、その次のブログに、鮨をネタにした「三題噺」を御披露しよう。
私にとっては「大ネタ」である。
なにせ落ちは、超大物格闘家M氏と、「鮨食い対決」をした話なのであるから。
乞うご期待。
「The SHELVES(ザ・シェルビス)シングル小説発売記念トークライブ」
6月18日(木)、新大久保の「ネイキッド・ロフト」にて、The SHELVISのファースト・シングル小説発売記念トークライブを催します。
●開場18時30分/開演19時30分
●予約¥1,300/当日¥1,500(+飲食代)
予約は電話03-3205-1556(17時~24時)
[出演]
●The SHELVISメンバー
●末井昭(著書『自殺』が講談社エッセイ賞受賞)
●頭脳警察 のPANTA(遠藤周作原作、マーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙』に出演)
●MCは、モダン・フリークス主幹、福田光睦
[内容]
●1部は、The SHELVESのメンバーによる、シングル小説出版までの苦労話。
つまり、メンバーによる曽根 賢(PISSKEN)のデタラメぶりを糾弾する40分。
※間に「シングル小説PV」を初公開!
●2部は、曽根の元上司の末井昭氏と、曽根のトークライブ50分。
氏の講談社エッセイ賞を受賞した『自殺』についてを中心に、やはり曽根のデタラメぶりを語ってもらう。
●3部は、曽根が以前に編んでいた雑誌『BURST』の1号目より、「暴走対談」のホストをつとめてもらった頭脳警察のPANTAと、曽根のトークライブ50分。
秋に公開される映画『沈黙』撮影秘話を語ってもらう。
※最後に、PANTAが1曲、生で歌ってくれます!
[同時中継]
●モダン・フリークスの「進捗ナイト」の番外編として、トークライブ全てが[ニコ生動画]にて同時発信されます。
●同様に、[ロフト・ラジオ]にて同時中継されます。
P.S.
以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
●「詩作品」(手書きした原稿用紙を額装したもの――10,000円)
※宅配便着払い
●原稿と編集&コピーライトの仕事。
(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と5,000円ほどで)
●pissken420@gmail.com