つんく♂不在のハロプロはどうなる?
母校・近畿大学の入学式で演奏するつんく♂さん=2015年4月(c)朝日新聞社
批判していたファンの間にも動揺が……
がんで声帯摘出に至ったつんく♂の闘病記『「だから、生きる。」』は彼がプロデュースしていたハロー!プロジェクトのファンには涙なくして読めない。ハロプロメンバーに対する歌唱指導のために自身の喉を休める暇がなかったことなど、身を削ってプロデュースに打ち込んでいたことが語られる。
彼の「ロック観」も興味深い。彼の言葉には何かというと「ロック」が登場し、「ロックか否か」が判断基準となる。
先日NHKで放映された、つんく♂の現在に密着したドキュメンタリー。彼が食道発声法に取り組んでいることが伝えられたが、その場面を撮ることは拒否された。「ロックな感じがしないから」というその理由に、彼の中での「ロック」という物差しの健在を知り、胸を打たれた。
本書によれば、「何がロックか」の基準は変わる。
以前は自身のコンサートに家族が来たり、特売やセールやポイントを気にしたりするのは「ロックちゃうで」と思っていたが、結婚後は一転、家族が見に来るのも、フードコートでラーメン食って、ポイントためるのも「実はロックじゃないか!」と思うようになり、自作詞に「フードコート」が登場するようになったという。食道発声法に取り組む姿を「ロック」と思うときが来るかもしれない。
この本でファンが注目したのは、彼の闘病ぶりとともに、ハロプロのプロデューサーを降りていたことだ。
それも病気が直接の原因ではなく、病気の発覚前の2013年秋、所属事務所・アップフロントグループの会長からの提案によるものだった。「僕としてはまだまだ続ける気も、展望も大アリだった」との文章には口惜しさが伝わってくる。
公式に明らかにされたのは今回が初めてだが、つんく♂のハロプロ離れの気配は2014年あたりから感じられた。
ハロプロの諸グループのコンサート冒頭で流されるメンバー紹介のVTRでは、最後に「Produced by つんく♂」の文字がどーん、と登場するのが恒例だった。
メンバー一人一人の映像で上がる歓声よりは一回り小さな、微妙な歓声が客席から上がるのもお約束。それが道重さゆみのモーニング娘。卒業公演を含め、14年後半あたりから消えていた。今年に入ってからはCDジャケットからも名前が消えていた。
前後して、つんく♂以外のディレクターらがハロプロについて語る場面が増えてきた。
これまではハロプロのスポークスマンはもっぱらつんく♂で他のスタッフが表に出てくることはほとんどなかった。しかし2014年あたりから事務所が何本も立ち上げたネット番組や雑誌で、制作の舞台裏を社内のスタッフが語っている。
ハロプロへの貢献をどう見るか
ハロプロの楽曲の大半を作り続けてきたつんく♂の貢献をどう見るかは意見が分かれる。
つんく♂の歌詞には独特の言語感覚がある。
タイトルだけを取っても「ピョコピョコウルトラ」「1億3千万総ダイエット王国」「同じ時給で働く友達の美人ママ」「Danceでバコーン!」「青春小僧が泣いている」……。こんな曲がアイドル歌手のシングルなのである。
ゼロ年代後半のハロプロの低迷を「つんく♂の限界」に見る意見は少なからずあった。
彼の曲は「何度も聞いているうちに良さがわかってくる」という意味で「スルメ曲」とも言われているが、何度も聞かないと良さがわからないのって、流行歌としてどうよ、とも思う。
つんく♂と入れ替わるように、2013年前後から、ハロプロには続々と新グループが誕生し、作家陣も多彩になっている。
2013年に結成された5人組Juice=Juiceが7月に出したファーストアルバム「First squeeze!」のディスク2には様々な作家が多彩なジャンルの曲を提供、「名盤」と評価が高い。
里田まいが所属した「カントリー娘。」を引き継ぎ、2014年にリニューアルした5人組「カントリー・ガールズ」は少し懐かしいアイドルポップスを歌っている。ハロプロ内の大半のグループがもっぱらつんく♂曲を歌っていた以前よりは、わかりやすいアイドルポップスが増え、グループごとの性格づけが明確になったように思う。
アップフロントのセンスは健在
つんく♂の降板は、望ましいことだったのだろうか。
彼のその言語感覚をこそ支持するファンも多い。モーニング娘。現リーダーの譜久村聖も「一日中頭から離れない。タイトルを聞くと変だし、『青春小僧って誰?どういう意味?』って思うんですけど、はまっちゃうんです」とインタビューで語っていた。
つんく♂をリスペクトする作家の朝井リョウは柚木麻子との対談で「(「First Squeeze!」のディスク2は)素晴らしかったけれど、あれがあんまり素晴らしいと言われてると不安になるんですよね。……みんなつんく♂さんの曲のことを覚えてる?って思って」と発言している(「CDジャーナル」9月号)。
つんく♂を批判していたファンの間でも、降板が現実になってみると動揺がみられる。
彼のがん発覚直後「早く元気になってくれよ。昔みたいに糞曲とけなしたいんだよ」という趣旨のツイートを見かけたことがある。
これまでもハロプロの運営側とファンは愛憎半ばするものがあった。googleで「糞事務所」と入れて検索すると、世の中に「事務所」と名のつくものは山ほどあるのに真っ先にアップフロントグループが上がる。そんなに嫌ならファンをやめればいいのに、と思うがそうもいかないらしい。
しかし、つんく♂不在でもアップフロントの独特のセンスは健在のようだ。だれが今さら「カントリー娘。」がよみがえると予想していただろう。
2014年に結成されたハロプロの最若手グループの名は「こぶしファクトリー」。あいさつでは「こぶしファクトリーです!」と唱和しながらこぶしを突き出す。
メジャーデビュー曲のタイトルは「ドスコイ! ケンキョにダイタン」。歌いながら四股を踏み、メンバー同士が相撲を取る。
「社内のミーティングで、こぶしだから相撲でしょ、ということになって」というスタッフの話を聞くと、絶えずファンの期待の斜め上をいくこの事務所にはまだ期待できるかもしれない、という感じにさせられる。
最初に言及したNHKのドキュメンタリーでは、最後、つんく♂が身ぶり手ぶりで自作曲を提供した歌手のクミコにディレクションする場面が映されていた。願わくば、ハロプロの少女たちに彼がこうして指導する場面を、また見たいと思う。
※この記事は、WEBRONZA「つんく♂さん「降板」とハロプロのゆくえ」の記事として、2015年9月25日に掲載されました。