ある期間(12月の1週間)日本赤十字和歌山医療センター救命救急センター(ER)を受診した15歳以下の患者104人中、16人のキラキラネーム患者とそれ以外を定義に基づき決定。そこで、キラキラネームでない患者の受診時間、救急車利用度、重症度を比較することで、親の公共空間(救急外来)に対する配慮を比較したという論文になります。
結果は救急車利用、重症度に差はないものの、キラキラネームの患者は深夜に来る割合が非キラキラネーム患者の3倍高く、有意差を持ったというものです。
親たちの公共空間に対する配慮の欠如の可能性とまとめています。
正直感想を言うと、和歌山という1地域、104人という少ないサンプル、キラキラネームの定義(ひらがなまじりは除く)、を含めて結論はなんとも言えないと思われます。そしてこれは著者らも論文で言及しています。それこそ救急車利用、重症度にも差が出たら確度が上がったでしょうが、これで親の配慮の欠如と決定はできないでしょう。
しかし小児科領域の臨床雑誌にこのような論文を載せるということは、ある意味若手にとって素晴らしいことだと思います。(著者は研修医)臨床において疑問を論文化して発表することはとても大事なことです。(私は苦手ですw)そして有意差が出ればそれは一つの意見となります。
生活保護患者の医療態度なんていうのも以前記事に書いたことがありましたが(みわよしこさんと生活保護について論戦)、どうしても臨床研究というのは思い込み、バイアスが排除されにくいものです。特にこのキラキラネームの定義がスタッフが思うという部分がある以上、バイアスが入りまくります。
キラキラネームをつける親たちは公共空間に対する配慮の欠如がありそうだけど実はないという仮説で動いたら有意差がついてしまったと著者は言っていましたが、医学論文の有意差なんてちょっとしたことで変化するいうことを皆さん理解していただければと思います。他の論文が積み重ねて出ることで学問は形成されていくのです。
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