2009年コペンハーゲンでIOC総会を取材したと称する記事について

2013.9.14
上杉隆 氏は2013年9月、「【2020年夏季オリンピック】IOC総会、まもなく開催都市決定」という記事を自社サイトに寄稿した。記事には、2009年10月にコペンハーゲンで開かれたIOC総会を取材した話が書かれている。しかし、当時の各国の招致活動に関する上杉氏の記述には事実関係の誤りが多い。

<以下、囲みは引用>
前回、コペンハーゲンでのIOC総会、東京は二回目の投票で落選した。しかも一回目の獲得票よりも数を減らす(マイナス2票)という失態を演じ、招致活動の問題点が多く指摘された。

一方で、 当選を果たしたブエノスアイレス は、サッカーの神様ペレや カルロス国王 をデンマークでの総会に送り込んで、最後の訴えを繰り広げた。2回目、3回目と投票を重ねるごとに票を増やし(20票ずつ)、最終的にはダブルスコアでマドリッドを退けた(34票差)

2位になったマドリッドは、 フリップ王子 とサッカー界の若きスター、ラウルを会場に送り込んだ。しかも、ラウルはメディアセンターまでやってきて、世界中から集まって来た記者たちにサインを書き続けるサービスまでしていた。

シカゴは、オバマ大統領が夫妻でコペンハーゲン入りした。またプレゼンでは シカゴ出身の歌手 などが積極的に参加して、華やかさを演出していたが、一回目の投票で姿を消した。

4年前、IOC総会の取材で現地コペンハーゲン入りしていた私は、結局、 東京がいったい何をどうしたかったのか、皆目、見当がつかなかった

目次


1. 2009年総会で決定した開催地はリオ・デ・ジャネイロ

上杉氏は「 当選を果たしたブエノスアイレス 」と述べているが、2009年コペンハーゲンの第121回IOC総会において決定したオリンピック開催地は、ブエノスアイレス(アルゼンチン)ではなくリオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)である。


2. アルゼンチンにもブラジルにも国王はいない

上杉氏は記事で「 当選を果たしたブエノスアイレスは、...カルロス国王をデンマークでの総会に送り込んで 」と述べており、2009年当時に出演したラジオ番組では「 ブラジル国王 」と言っている。

<以下、囲みは書き起こし>
上杉  スペインがきわめてIOCに訴えるというのと、当日もスターを連れてきてメディア・センターを廻したりですね、たとえばスペインのラウル選手がずっと時間の合間をみてメディア・センターに出てきてですね、色んな記者と交流したり、あと ブラジルの国王 とかも入ってきたりですね、まあそういう意味で巧いなと。



3. フェリペ王太子が2009年のIOC総会に出席した記録はない

上掲記事には「 マドリッドは、 フリップ王子 とサッカー界の若きスター、ラウルを会場に送り込んだ 」とあるが、この「 フリップ王子 」の記述を上杉氏は後に「フェリペ皇太子」に変えている。これはスペインのフェリペ王太子を指している様だが、当時の王太子の行動記録を見る限り、2009年10月1日はマドリードでテロ犠牲者追悼コンサートに出席し(RoyalDish.com)、10月4-8日はアメリカを訪問しており(RoyalDish.com, Royalty News, ABC News)、IOC総会開催期間(10月1日-9日)にフェリペ王太子がコペンハーゲン入りし総会に出席したという記録はどこにも見あたらない。

サッカー界の若きスター、ラウル 」と上杉氏が書いているラウル・ゴンサレス選手は当時32歳である。


4. プレゼンテーションを行った中に「シカゴ出身の歌手」はいない

シカゴについて上杉氏は、「 プレゼンではシカゴ出身の歌手などが積極的に参加して、華やかさを演出していた 」と述べている。しかしIOC総会でのシカゴのプレゼンテーションに登壇した人物(下記)のなかに「 シカゴ出身の歌手 」はいない。招致応援団の著名人のなかにも、そうした人物の名前は見られない。

※登壇順
アニータ・デフランツ(IOC委員)
ローレンス・プロブスト(米オリンピック委員会会長)
リチャード・M・デイリー(シカゴ市長)
パトリック・G・ライアン(招致委員会会長)
ブライアン・クレイ(金メダリスト)
リンダ・マスタンドレア(金メダリスト)
ダグ・アーノット(運営監督)
ロバート・ストブルトリック(金メダリスト)
・ミシェル・オバマ大統領夫人
・オバマ大統領


5. 論調の違い

上杉氏は上掲記事で、2009年における東京の招致活動について「 結局、東京がいったい何をどうしたかったのか、皆目、見当がつかなかった 」と述べているが、当時自らが書いた記事では以下のように述べている。

今回の東京のプレゼンテーションは環境重視で一貫していた 。石原知事のみならず、政府専用機で駆けつけた鳩山首相も環境重視を打ち出し、歩調を合わせていたのが印象的だった。

鳩山首相はもともとは東京オリンピックにかなり慎重な立場だったのだ。だが、環境問題という共通のテーマが、かつての敵味方をつなげる役割を果たしたのだろう。

ちなみにこの記事の中で、上杉氏は「 一部、 応援弾丸ツアー に同行して 」の取材だったと述べている。当時のブログには写真が数点掲載されている。


上杉氏はその後、上記1、2に関しては記事を訂正し、同じ内容のものをメルマガ(まぐまぐ)で配信している。