南シナ海は、あらゆる国の船に対して通航の妨げのない、開かれた海でなくてはならない。

 それが、この海域をめぐる複雑な主権問題を考える際の出発点である。

 米海軍のイージス駆逐艦が、南シナ海スプラトリー(南沙)諸島のスビ礁と呼ばれる岩礁の近くの海を航行した。

 スビ礁は中国が実効支配し、大規模な埋め立てで滑走路を備えた人工島を建設している。

 そこから12カイリ(約22キロ)以内、中国が領海だと主張する海をあえて通ったのは「航行の自由を示すため」と、米国防総省は説明している。

 領海内であっても、軍艦の通航が、いわゆる「無害通航」なら、認めるのが国際ルールだ。事態をエスカレートさせず、説明通りの目的に沿うものなら、米国の主張は支持できる。

 米軍は一昨年11月、中国が東シナ海に防空識別圏を設けた直後、予告なく爆撃機を飛行させた。これと同様、今回も行動によって意思表示をしたということだろう。

 軍艦や軍用機の派遣は、決して穏やかな方法とは言えない。場合によっては不測の事態を招く恐れもある。今回は幸い、米中の軍艦が接触するような事態にはならなかった。両国には今後も自制が求められる。

 中国外務省は「中国の主権と安全を脅かす」「地域の平和と安定を損なう」と米軍の行動に強く反発している。しかし、中国の主張には無理がある。

 そもそも中国がこれまで南シナ海で続けてきた行動にこそ、問題があったからだ。

 スビ礁は、もとは満潮時に水没する小さな岩礁だ。海洋法上は島と見なすことができない。それを埋め立てて人工島にしたうえ、12カイリ以内を領海とみなし、無害通航権のある米軍艦の通過を非難するというのは、二重三重に無理のある主張だ。

 中国は南シナ海の大半の海域について歴史的な権利を持っていると主張しているが、スプラトリー諸島で7カ所も埋め立てをする行動は、他国から見て明らかに拡張主義である。

 南シナ海は世界の貿易船舶にとって重要な航路だ。

 その自由と安全は、米中はもとより東南アジア諸国、日本を含む各国共通の利益である。

 改革開放後の中国は、広く世界に通商の相手を求めた結果、目覚ましい経済発展を遂げた。成長が鈍化した今こそ、なおさらそれが必要だろう。

 他国との対立を招くことは、中国自身にとっても、決して得策ではないはずだ。