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「日本の企業はおかしい。欧米の企業から見たら……」ベネッセ・原田氏の働き方

ITmedia ビジネスオンライン 10月26日(月)8時13分配信

 「一言でいえば、日本の働き方は世界の非常識だ」

 ベネッセホールディングス代表取締役会長兼社長の原田泳幸氏は、企業経営者の立場から日本の企業社会における社員の働き方やワークライフバランスへの考え方について質問すると、開口一番にこう述べた。

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 近年、ワークライフバランスの課題に関する議論は、一般社員や経営者から専門家や政治家に至るまでさまざまな立場で行われており、その理想像もハッキリしてきている。しかし実際のところ、日本人のワークライフバランスは改善されているのだろうか。深夜まで及ぶような長時間の労働や休日も仕事から解放されることのない「非常識」な状態が続き、これがビジネスパーソンの日常的な仕事の質にも大きな影響を与えている。働きすぎが原因で睡眠不足などによる生産性低下がもたらす経済損失は3兆5000億円にものぼるという調査結果(日本大学 内山真教授)もあるほどだ。

 では、外資系企業のマネジメントを歴任してきた経営者には、日本企業特有の働き方に対する考え方やワークライフバランスの課題について、どのように映っているのだろうか。アップルコンピュータ(当時、現在はアップルジャパン)、日本マクドナルドの日本法人社長を歴任し、2014年6月にベネッセホールディングスのトップに就任した原田氏に話を聞いた。

●市場の競争モデルは変革した、しかし日本人の働き方は変革しない

 まず原田氏は、今の日本の働き方の原点にあるものとして戦後の高度経済成長時代を挙げた。「先進国に追いつき、追い越せと突き進んできた戦後復興期における日本の経済成長は、協調主義、生産性、品質、コスト競争力といったものが支えてきた。その時代に企業がとった戦略が、社員の企業に対する忠誠心の徹底。社宅や社員寮といったものや、終身雇用といった文化は、この忠誠心の徹底を目的に生まれ、それが今日の日本人の働き方につながっている。社員はファミリーであり、徹底して会社を優先する。そういう文化が日本の働き方の原点にある」。過度な残業も厭(いと)わず、会社を最優先して家庭を顧みず仕事に邁進するという日本の企業戦士像は、これまでの日本の経済成長が生み出したものだというのだ。

 しかし、今日の日本はどうか。高度成長の時代は終わり、豊かになったライフスタイルの中で企業が取るべき戦略も大きく転換した。この点について原田氏は、「高度成長期の日本の経済モデルは、もう終わった。例えば、コスト競争力で中国に負け、中国でさえ他国に追いつかれているような状況だ。生産性、品質、コスト競争力で勝てる時代では、もうない。今は、いかに価値を創造するかどうかが重要な時代だ」と指摘する。生産競争力だけでモノが売れる時代から、より高度で綿密な戦略と目の肥えた消費者を納得させられる価値の創出が求められるようになったのだ。

 そのような時代に、社員には何が求められるのか。会社に対する忠誠心と家庭やプライベートを顧みない長時間労働ではないことは明白だ。「これからの時代に、“長い時間を働くことが結果を生み出す”ということはない。結果こそが全てであり、そこに労働時間は関係ないのだ。そこに日本の経営者は早く気が付き、トップから変わっていかなければならない。新しい発想を生み出し、質のいい仕事をするためには、ずっと頭の中が仕事モードでは決して前向きには取り組めない。オンとオフ、仕事と家庭、頭を使う時間と体を使う時間、そのバランスがなければ、新しい発想は生まれてこない」と原田氏は提言する。

 また、このようにも話す。「島型の机を並べて上司が監督し、社員が顔を見合わせながら仕事をする緊張感のあるワークスペースも、残業を前提にした仕事のペース配分で無駄な時間を費やしてしまう働き方も含めて、日本の企業はおかしい。欧米の企業から見たら信じられないことだろう。日本の企業社会は、今のワークスタイルを脱却しない限り明日は変わらない」

●経営者の意識改革に加え、ビジネスパーソン自身もライフスタイルを変えること

 日本のビジネスパーソンはとにかく残業が多い。一方、こうして無駄な残業で長く会社にいて仕事をした社員が褒められる文化があるのも現実だ。結果を生み出すための効率が重視されるのではなく、結果よりもいかに会社に忠誠心があるかが社員の評価に繋がる場合さえある。“安いコストで、長く働く人が重宝される”という意見もあるほどだ。

 しかし、グローバルで見たらどうだろうか。かつて原田氏が日本法人社長を務めたアップル社も、世界のインターネットの覇者になったグーグルも、過労死者が出るような長時間労働で成長したわけではないだろう。世界を変革するような価値の創造によって急成長を遂げ、かつて世界経済をリードしていた多くの日本企業を軽々と抜き去っていった。日本の企業社会も、こうした会社のあり方、働き方のグローバルスタンダードから学ぶべきなのではないだろうか。

 ちなみに、こうした考え方を前提に、原田氏も自身のワークスタイル、ライフスタイルを変えてきたという。「私も60歳を前にして、猛烈に運動を始めた。東京マラソンにも5回出場して、トライアスロンにも挑戦した。毎日、朝4時から1時間でメールのチェックをして、5時からランニングをしている。この朝起きてから1時間のメール処理の生産性はものすごく高く、朝5時からランニングしながら聞くニュースの情報収集は一番質が良い。早寝早起きすると、1日の効率が劇的に変わる。仕事も、早くスタートして早く終わることが、働き方を変える第一歩ではないか」

 経営者の意識改革に加え、ビジネスパーソン自身もライフスタイルを変えることが、ワークライフバランスを改善する重要な一歩になるのだ。

●ワークライフバランスの改善が企業に与えるインパクト

 ではワークライフバランスを改善して生産効率の高い組織を作ることによって、企業の経営にどのようなインパクトを与えるのだろうか。「とにかく社員には、『残業ゼロを目指すことは、単なるコスト削減ではない』と常々言うようにしている。限られた時間の中で仕事を終わらせる習慣をつけると、仕事のスピードと質が向上する。これが残業をゼロにする企業にとっての本来のメリットなのだ。もちろん、社員にとってはワークライフバランスが改善することで生活がもっと豊かになり、メンタル面でも良い影響があり仕事に臨むエネルギーも高まる。一方で経営者にとっては、仕事のスピードと質の向上が生まれることが一番のメリットだ」と原田氏は語る。

 厳しい市場環境の中で競争に勝つためにはビジネスのスピードを上げ、そして市場に勝つためには高い付加価値を生み出す組織にしなければならない。残業を削減し、社員のワークライフバランスを改善することは、競争力のある組織を生み出すために不可欠なのである。

 原田氏は、“仕事の質”についてこう付け加える。「価値を生み出すクリエイティブな仕事というのは、何時から何時までオフィスにいれば生まれるというものではない。日常的に普段ずっと頭の中で考えているものであり、例えば私にとっては、早朝ランニングするときが一番多く仕事のアイデアが生み出される一番クリエイティブな時間だ。つまり、ある時間の中で仕事をしているのではなく、その人にとっての一番クリエイティブな時間に価値が生み出されているのだ」

 つまり、仕事の結果を生み出すために必要なアイデアや価値の創造は、オフィスにいる時間の長さとは比例せず、そしてオフィスという空間に縛られるものではないということだ。「もちろん、ビジネスは組織で動いているので自分勝手なことはせずに社内の連携はしっかりしなければならない。会社という空間はそのための場所だ。しかし、頭が働き本当にクリエイティブな仕事が生み出されるのは、時間や場所に依存するものではない」

 原田氏自身、オフィスアワーは社内の情報共有やものごとの決定をするための時間であり、本当に価値を創造するために頭を働かせているのは、オフィスにいないプライベートな時間なのだという。「体を動かしたり、ぼーっとしたり、余暇に旅行に行ったりする時間が必要。そういったリフレッシュからエネルギーが生まれて新たな価値を創造する発想が生まれる。そういった時間がなければ、メンタル面で疲弊してしまい価値を生み出すことなどできないはずだ。ワークライフバランスが崩れて心が疲弊すると、冷静なものごと判断や頭の整理ができなくなってしまう。精神的なコントロールが利かなくなってきてしまうのだ」

 こうしたメンタル面で疲弊してしまった社員が集まる組織が、どのような生産性を実現できるのかは、ここでいうまでもない。ワークライフバランスの崩れ=メンタル面での不安定さは、企業経営にも大きな悪影響を与えてしまうのだ。「人間に平等に与えられた時間をどのように使うかが、人間の賢さだ。仕事のためだけに時間を使うのではなく、自分自身の人生に投資するために時間を使うことが“賢さ”だ」

●就任から1年、原田氏が感じたベネッセの“課題”

 原田氏が2014年6月にベネッセホールディングスのトップに就任してから1年余りが経った。就任直後の7月には、同社傘下の情報処理子会社に勤めていた業務委託先社員のシステムエンジニアの男がベネッセの保有していた個人情報を大量に外部に漏えいさせるという個人情報流出事件が発覚。大きな危機に直面した原田氏は、ベネッセの社員の働き方をどのように感じ、どのような課題を感じているのだろうか。

 「(アップル、マクドナルドという外資系企業を経て)初めて日本企業の社長になって1年、ベネッセ社員の素晴らしさも企業のコアバリューもよく理解できた。そのコアバリューを進化させていくことが経営の基本だ」と語った上で、「ただ、ベネッセの組織には課題がある」と指摘した。「ベネッセは縦割りの傾向が強かった。他の部署のことをあまり知ろうとせず、自部署の業務は自前で完結しようとする、部署間の調整をするには時間と手間を取られる、良くないパターンだったと言える」

 また、縦割り型の組織は社員の序列を重視する風土を生み出し、これが新たな価値を生み出すための創造力を阻害する要因にもなる。しかし、これらの課題について、この1年ずいぶん改善を図ってきたという。

 その上で、原田氏はこれからベネッセが成長していくために必要なものとして、(1)社内でクロスファンクショナルな動きができること、(2)社内外でコラボレーションが生み出せること、(3)肩書や役職に囚(とら)われない真のリーダーシップが発揮できること、(4)ものごとを深く掘り下げて考えることができること、(5)社員同士が違う意見を持ちながら建設的な議論を重ねて互いに学び成長すること、という5つのポイントを挙げた。

 「グローバル企業は、この5つのポイントで強さを持っている。私が就任してからこの1年で、ずいぶん変えてきた。しかし、私が旗振り役として変えるのではなく、社員がこの5つのポイントを理解して自ら変わっていこうとしなければならない」

 こうしたベネッセが抱える課題は、多くの日本型企業組織が持つ共通の弱点ともいえる。ワークライフバランスの改善も、仕事のスピードや質の向上も、新たな価値の創出も、旧態依然としている日本型企業の弱点を見直し、社員ひとりひとりの意識を変え、企業風土を変革させることから始まるのだ。「トップダウンで強引に組織のあり方を180度変えてしまったら、今のベネッセのいいところが消えてしまう。慎重に時間をかけて社員ひとりひとりの仕事に対する意識を変えていかなければならない」

最終更新:10月26日(月)8時13分

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