産経新聞【正論】手話言語法、制定の機は熟した [2015年10月21日(Wed)]
手話言語法、制定の機は熟した 産経新聞【正論】 2015年10月2日 手話を言語のひとつと認める「手話言語法(仮称)」の制定を求める動きが全国に広がっている。手話は2006年に国連総会で採択された障害者権利条約で正式に「言語」と規定され、わが国も11年に改正された障害者基本法に「言語(手話を含む)」と記すことで初めて法的に認知した。 ≪99.7%が意見書採択≫ 手話言語法が成立し手話が普及すれば、ろう者だけでなく、広く聴覚障害者全般の社会参加を促進し社会全体の活力も高まる。安倍晋三首相が新たに打ち出した「1億総活躍社会」にもつながる。 手話は指や手、体の動きや顔の表情を使って音声言語と同様、対話・意思疎通を図り、情報を取得する。ろう者の間で受け継がれ発展してきたが、1880年、イタリア・ミラノで開催された国際会議は、口の動きで言葉を読み取る読唇と発声訓練により健聴者(聴者)のように話す口話法が手話より優れている、と決議した。 ミラノ決議は130年後の2010年、カナダ・バンクーバーで開かれた国際会議でようやく否定されるが、この間、わが国でも口話法が普及し、手話はろう学校での使用も事実上禁止された。ろう者に対する偏見を助長する結果になったともいわれる。 しかし、前世紀末から急速に見直しが進み、国内でも13年春には鳥取県が全日本ろうあ連盟、日本財団と手話言語条例研究会を立ち上げ、同年秋には全国の自治体で初めて手話言語条例を成立させた。 以後、条例制定の動きは急速に広まり、この夏までに神奈川県や神戸市など全国20県市町で制定され、20近い自治体が制定を検討中だ。言語法制定を求める意見書も全自治体の99.7%に当たる1782自治体で採択された。 昨年春時点では条例制定が3自治体、意見書採択41自治体となっており、わずか1年半の広がりは驚嘆に値する。昨年春と今年8月には手話言語法の制定を求める全国集会も開かれ、出席した与野党の議員からは「政府提案が難しいのなら与野党の議員で超党派の議員立法を目指したい」といった声も出た。 ≪6カ国が憲法で言語と規定≫ 手話は聴者の間にも確実に広がっており、9月22日、鳥取県米子市で開催された「手話パフォーマンス甲子園」には全国の高校生47チームが歌や演劇で手話の表現力を競い、開会式では秋篠宮家の次女佳子さまが手話を使ってあいさつされた。法制定の機は十分、熟していると判断する。 障害者基本法に「言語(手話を含む)」と明記されている以上、手話言語法は不要、あるいは障害者の情報アクセスの強化に向け検討中の「情報・コミュニケーション法(仮称)」と重複する、といった意見もあるようだが、ろう者の社会参加に向けた具体策を整備する上でも独立した手話言語法を定めるのが得策と考える。 このほか手話には、日本語とは別の言語でろう者が日常的に使う「日本手話」と、日本語の語順に手話単語を合わせる形の「日本語対応手話」があり、どちらを日本の手話とするか、といった問題もあるようだが、極めて学術的な問題であり法制定後の専門家の検討に委ねてもいいのではないか。 手話言語法の制定は国際的な潮流にもなっており、既にオーストリア、ハンガリーなど6カ国が憲法で手話を言語と規定、ほかにスウェーデン、ベルギーなど11カ国が法律で手話を公的言語と認めている。 ≪聴覚障害者は確実に増える≫ 昨年春の全国集会には「欧州ろう連盟」顧問で自身も聴覚障害者のベルギー国会議員ヘルガ・スティーブンスさんも出席、「手話は音が聞こえない人が社会に参加するためのドアの鍵」と手話言語法の必要性を強調した。多言語社会である欧州各国では、言語政策が長い政策課題となっており、手話に関しても、単一言語の日本に比べ受け入れやすい土壌があるのかもしれない。 制定されれば音声言語と対等の言語として、教育現場や企業での手話学習や教員・手話通訳者の養成、手話辞書やテキストの整備が進められ、ろう者だけでなく、耳の不自由な聴覚障害者全体の情報獲得やコミュニケーションにも道を開く。 われわれは東日本大震災後、被災地の岩手、宮城、福島の聴覚障害者を対象に、聴者との会話をオペレーターが手話や文字を使って通訳する電話リレーサービスに取り組んできた。東日本大震災での障害者の犠牲は健常者の2倍の率に達した。こうしたサービスを公的に強化・発展させる上でも手話は大きな力となる。 現在、障害者手帳を持つ聴覚障害者は、ろう者を含め34万人。高齢化に伴う難聴や中途失聴など「音が聞こえない人」は確実に増え既に数百万人に上るとの推計もある。1億総活躍社会の狙いは誰もが参加し活躍できる社会の実現と理解する。その一翼を担う手話言語法の早期の制定を政府、国会に強く求める。 (ささかわ ようへい) |