代替医療は存在しない、効く治療と効かない治療があるだけだ

代替医療大国アメリカ。いかに代替医療が社会に受け入れられるようになり、それによって人々の健康が脅かされてきたのか? 小児科医であり、ロタウィルスワクチンの開発者でもあるポール・オフィットが、政治、メディア、産業が一体となった社会問題として代替医療・健康食品業界の闇を描き出した『代替医療の光と闇 ― 魔法を信じるかい?』。訳者のナカイサヤカ氏に解説いただいた。

 

 

本書は2013年に米国で出版されたポール・オフィット著『Do You Believe in Magic The Sense and Nonsense of Alternative Medicine』の全訳である。原題を直訳すれば「魔法を信じるかい? 代替医療の常識と非常識」となるだろう。

 

代替療法の多くはかつては「民間療法」と呼ばれていて、今でも日本ではこちらの方がなじみのある言葉かもしれない。だが代替療法業界は近代的な医療(通常医療)だけが医療ではないと主張し、通常医療の代わりに用いられる医療という意味で代替(Alternative)という言葉を使うようになった。

 

その後、通常医療に足りないものを補うという意味の補完(Complementary)医療という言葉も使われるようになり、二つを合わせてCAMという略語で呼ばれることも多い。こうした補完医療を近代医療に加えた医療の体系が統合医療である。ただ、実際の使い方はこれほど厳密ではない(より耳障りの良いものを使う傾向もある)。おおざっぱには民間療法=代替医療=補完医療と考えても大きな間違いはない。

 

近代医療には欠けているものがあると感じる人は多いだろう。アメリカもこの点は同じで、通常医療は貪欲とも言って良い熱心さでCAMを取り入れてきている。20世紀末には、やがてより欠点の少ない真の統合医療が生まれるだろうとの期待があったのだ(理由は本書を読めばわかるが、過去形である)。そうした期待を持ち、民間療法だからといって頭から否定しない態度こそが、偏見のない自由な心持ちなのだと考える人は今も多い。本書はそうした「常識」に対して、「代替医療は非常識な代物でもある」と再考を促している。

 

著者ポール・オフィットは1951年生まれ、バルティモア出身で、タフト大学からメリーランド大学バルティモア校に進み、小児科医となった。専門は感染症とワクチン。米国屈指の小児科専門病院フィラデルフィア小児病院で感染病部長を務める傍ら、ペンシルバニア大学医学大学院で教鞭もとっている。

 

だが本書は偉いお医者さんが異端の療法を、権威をもって粉砕するといった本ではない。100年以上の歴史を持ち、出版業界のバイブルとまで呼ばれる米出版業界誌パブリッシャーウィークリーが、「勇敢なまでに感傷を排し、忠実なリサーチに基づいたガイドブック」と評するように、オフィットは丁寧な調査に基づいて、代替療法の実態を描き出そうとしている。

 

代替医療についての批判的検証といえば、サイモン・シンとエツァート・エルンストの『代替医療のトリック』が広く知られているが、本書は私たちが日常生活の中で出会う療法やより身近で誰もが使うだろう健康食品、ビタミン、サプリを取り上げ、それを売り込む業界についても読みやすい語り口で詳しく述べていて、博識で熱心なお医者さんに詳しく話を聞いたような気分にさせてくれる。

 

さらに本書には代替療法に魅入られた医師、治療家、患者とその家族、ビジネスマンと政治家、そして代替療法の周辺で苦闘する医師、官僚と専門家も多数登場する。自分は人々を救う大発見をしたと信じる医師、インチキ療法士に騙される天才科学者、急成長する業界で辣腕を振るう事業家、美と健康を売るセレブ女優、我が子のためと思い詰める親。アメリカの話ではあるが、多彩な登場人物のエピソードには思わず引き込まれずにはいられない。

 

 

アメリカの奇跡と魔法のお薬ショー

 

アメリカで代替医療が流行る理由として、よく指摘されるのは医療費の高さだが、オフィットは、魅力的な口上で薬を売って回っていた薬売りの伝統に注目する。医師も病院も少なかった時代に地方のお祭りなどで、薬売りが売って回った民間薬の効能書きは、まさしく魔法の万能薬だ。患者の側は藁にもすがりたいと思っていて、薬を売る側にとっては口上次第で面白いように売れて大金が転がり込んでくる。オフィットが「アメリカの奇跡と魔法のお薬ショー」と呼ぶこの民間薬の伝統の上に展開しているのが、現代のサプリ健康グッズ業界なのだ。

 

オフィットは20世紀初頭からいくつかの薬害事件を経て、薬品をより安全にすべくFDAが設立された経緯を手際よくまとめている。様々な代替療法が医学の発展の歴史のどこで生まれたかを振り返った部分とあわせてみれば、医薬の安全とは何かが理解できるだろう。同時にFDAが規制に乗り出すたびに、規制のがれに知恵を絞り、あるいは国外へ逃亡し、あるいは制度の隙を突いて生きのびてきた代替医療業界の姿も見えてくる。

 

ノーベル賞受賞の天才化学者ライナス・ポーリングが生み出したビタミンブームについての下りは、いつのまにか自分もポーリングの主張とブームに乗って急成長したビタミン業界の宣伝を「常識」として取り込んでいたことに気付かされて、愕然とするかもしれない。

 

ビタミンブームで「カネの力」を手に入れた業界が、既得権を守ろうとFDAの規制つぶしに乗り出す過程は、カネと政治の力を駆使すれば、科学的事実も国民の健康もふっとんでしまうアメリカの闇の部分を見せてくれる。さらにその後、サプリ業界が勝ち取った、フリーパスともいえる「サプリを規制しない法律」栄養補助食品健康教育法(DSHEA)には暗澹たる思いがわく。この法律が成立したことで、アメリカのサプリ業界は飛躍的に成長し、ビタミンとサプリと代替(補完)医療大国となっていくのだ。【次ページにつづく】

 

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vol.182 特集:教育とジェンダー

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