ウチの前を365日欠かさず走っているお爺さんがいる。
オレは今、38なんだが小学生の頃にはすでにこの爺さん(当時はおじさん?)の存在を認識していた。
名前を知ったのは一昨年の夏だった。
あの爺さん、ずっと前から走ってるけど誰?
ウチの前をまるで苦行を受けた様な必死な形相で、走っている、というより前のめりで転びそうなフォームで歩くより少しだけ速く走って?いる爺さんに、ちょっとだけ興味を持ったオレはオカンに尋ねた。
あ~玉尾さん?
あの人、xx町の人だよ。
xx町はウチから車で15分程の町だ。
え?
あっこから走ってきてんの?
そう聞き返すと
あの人もっと広い地域を走ってるよ
だって。
ふーん…
あの爺さん何歳なの?
矢継ぎ早に聞き返すと
90過ぎてるみたいだよ
と、返ってきた。
それから暫らくして、配送の仕事を始めたオレは、この爺さんを至る所で見掛ける事になる。
オレの配達エリアは一周するだけなら車で40分程だ。
そのエリアの中に玉尾の爺さんの家があった。
ある日、見慣れない住所に1通の封書を届ける事になった。
ゼンリンの地図を広げ、番地を確認すると
玉尾xx
(ここだな)
大体の土地勘はあった。
後は近くまで行けばわかるだろうと思い、目的地を目指した。
途中の道で玉尾の爺さんを見掛け、
(お、頑張ってるな)
咥え煙草で玉尾の爺さんを見送り、目的地周辺に到着した。
日中の住宅地は意外と人がいないもので、遠くに見える畑で作業している人は見掛けるが、住宅エリアは閑散としていた。
(ここら辺なはずなんだけどな?)
しばらく周辺を歩き回り、車に戻って地図を眺めていると、1台のタクシーが通りかかった。
すぐさまタクシーを止め、道を聞くと
あぁ、あそこの家の庭を通り抜けた先にあるよ
との事。
道理で分からない訳だ。
二階建ての家の陰に隠れた平屋が玉尾xxさんの家だった。
教えられた通り、手前の二階建ての庭を抜け、目的の平屋にたどり着いた。
呼び鈴らしき物が見つからなかったので、引き戸を開け
どもー、お届け物でーす。ごめんくださーい
と、声を掛けると
えらく腰の曲がった婆さんが無言で出てきた。
と、同時に後ろから聞こえた砂利の音
蛍光黄緑タンクトップにレモンイエローの短パン、つるつるのハゲ頭の玉尾の爺さんが立っていた。
あ、どーもー、お届け物でーす。
と、封書を差し出したんだ。
汗だくで、苦しそうに口で呼吸をしていた玉尾の爺さんは
はい、どーもー。ごくろーさーん。
と、ゆっくりとした口調で封書を受け取って、家の中に入っていった。
封書の表に書かれていた文字は
2014年度シニアマラソン大会のお知らせ
あの爺さん、止まると死ぬんだな
きっと。
最後まで読んで頂きありがとうございました。