曽野綾子著「人間の分際」これはなかなかに過激な1冊である。
人間の良い面ばかりを捉えずに、弱さ、卑しさなどのネガティブな面に目を向け、独特の観点から生き様を問う。
まえがきの要約
私はスポーツの世界が気に入らない。努力すれば必ず報いられるなどという美談を押しつけるからだ。為せば成るという言葉が日本中でもてはやされるなか、「なぜ為せば成るのに戦争に負けたのだ」という思いも強くあった。身体にハンデがある人間が、それを精神力で補うことで一流になれるだろうか?
人間というのは分際、つまり身の程を知るのが大事だ。ほとんどすべてのことに、人には努力でなしうる限界がある。若者は大志を抱くのも結構だが、抱かないのもまた賢明な判断だ。
鴨長明は、3メートル四方の庵で方丈記を記したそうだ。雨露をしのぐ場所があり、手足を伸ばして寝られる空間がある。これ以上望むものがあるだろうか。分際を心得て暮らせることは、その人にとって最高の生涯の形だ。「人並み」や「流行」を追い求めて死ぬ愚か者は、世間にたくさん存在する。
ここでは、人の努力の限界、取るに足ることの素晴らしさを説いている。冒頭から、綺麗ごとの羅列ではなく、時には鋭い切り口で人間の弱さを描く文章に、どんどん惹かれていく。さらに、最近話題の「ミニマリスト」という概念に通じるものを感じる。
本編は本人の名言集のような構成
この中で、私が特に心に残ったものを紹介する。
「人から褒められる生き方はくたびれる」
人はどういう生き方をするかなかなか難しい。私の実感では、人から一度褒められるようになったら後が大変だ、という気がする。よく気がつく人だ、などと一度でも思われようものなら、ずっとそういう献身的な態度を要求される。あの人は人付き合いのいい方で、などと言われたが最後、あらゆるところからお誘いがかかり、お返しでまた呼ばねばならず、本を読む暇もなく、ずっとパーティを開き続けていかなければならないのだ。
(中略)
だから最初からわざと、あの人は役立たずだ、気がきかない、態度が悪い、神経が荒い、親切でない、ということにしておくと、当人はそれほど気張らなくても済むのである。
『人間の収穫』より
これを読んだとき、ギクリとした。私も八方美人であり、色々な人にいい顔をして回るのが癖であった。それは決して楽なことではなく、時には無理をしていることもあったように思える。
この一節から学べることは、「無理にいい顔をせず、自分らしく振る舞うと良い」ということだろう。これを実践できれば、普段、気を遣いすぎる人は楽になれるのではないだろうか。
人は弱く、その身の程を知ることが肝心であると説く
普段、美辞麗句ばかりで、前を向くことばかりを求める自己啓発書にうんざいりしている。そんなあなたにお勧めの一冊である。本当の意味で前向きになるには、人間の弱さや闇の部分も知っておく必要があるのではないか。この本をみているとそう思わされる。