困ったものですね。
この人の異常な粘着気質や、苦悩しているさまを嬉嬉として収集し、ツイキャスまでしていることに恐怖しますね。
何を考えているのでしょうかね?
この人も十分に精神的な病を抱えていると思いますね。
こちらも晒しあげておきますね。
こういう人はブロックしても別アカウントをわざわざ作って、監視をし続ける困った人なのでどうすることもできませんね。
少し怖いのはこういう人は、自分が人のことを晒しあげておきながら、同じことをされると執拗に攻撃してくることですね。
これ以上、何かがあるようならツイッター社などにスパム報告することになるでしょう。
少なくとも彼がしている行為はほとんどネットストーカーです。
彼の行為そのものが彼が晒しあげている人たちがいうガスライティング的な嫌がらせなのですが、彼はその自覚が無いのでしょうね。
こういう目にあってから調べてみたらこんな記事を見つけました
この記事で書かれているアドラー心理学の考え方に従えば
ネットではさしたる理由もなく罵倒し続ける人がいます。
もちろんネットに限らず、悪質な職場では上司が部下を晒しあげて、大声で叱責する場面もあるのではないでしょうか。そういうときは、相手の「目的」を考えるのだと言います。
そう、このときの相手の目的は「勝つことによって、自らの力を証明したい」ということになります。
これとともに、そもそもこういう人は「晒しあげるという目的が先にあって、幾らか正当性を主張できる、晒しあげても批判されないであろう、また本人達も泣き寝入りするであろう、都合の良い人たちを対象にした」とも言えます。
他人が何かを言ってくるのは、「他者の課題」であって、「自分の課題」ではない。
アドラーは「他者の課題と自分の課題は明確に分離せよ」と言います。そして、自由であるためには、他者に認められようとしてはならない。
アドラーは「本当の自由とは他者から嫌われることである」と言いました。
「他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない」
ここに記事を書いているというのは完全に「争ってしまっていて」失敗なのですが、とりあえず新しい発見もあったことですし、記事を書いて残しておくことにします。
怒りに任せてツイートしてしまったのですが、そちらは削除しました。
こういうことが無かったらこの記事を見ることも無かったので、良かったということにしましょう。
ただし、私は鈍感力は肯定しません。
鈍感力とレジリエンスは違うのか? - あれこれ備忘録 〜はてなブログ支店〜
件の晒しあげて喜んでいる人は、この鈍感力によってそのような行為を行っているかも知れないのですからね。