FeliCaの最新事情を探る話題のその2は、おそらく都市部のユーザーが日頃最もお世話になっていると思われる「Suica(を含む交通ICカード)」の話だ。カードの発行ペースでいうと、最近では小売系のnanacoやWAONのほうが急成長しているようだが、SuicaはFeliCaサービス開始の最初期から存在しており、「交通カード」と「電子マネー」という2つの性質を持っていて興味深い。今回は、10月のFeliCa Connectで行われた東日本旅客鉄道(JR東日本)執行役員でIT・Suica事業本部副本部長の野口忍氏の講演をベースに、日本の交通ICカード最新事情を探っていく。
■相互運用は意外と大変
Suicaサービスが開始されたのは2001年末だが、これまで何段階かのフェイズで他の交通ICカードサービスとの相互運用が行われている。ICOCAやTOICAなど、他のJRサービスとの相互運用を開始していたものの、JR以外の鉄道には使えなかったりと利便性はそれほど向上していない。相互運用開始で最も大きかったイベントが2007年の首都圏での相互運用開始(PASMO)で、これを機にSuicaの利用件数が飛躍的に伸びている。次が2013年の全国相互運用開始で、これまでJR系に限定されていたICカードの相互運用範囲が私鉄や地下鉄を含む広範囲に一気に広がり、Suica(を含む主要交通ICカード)1枚あれば全国ほとんどの主要都市をまわることが可能になった。ただし課題もある。1つは「相互運用の範囲」で、主要エリア以外の特定都市をターゲットにした交通カードは「片利用」という形で一方通行での利用であり、地域系交通カードがエリア外に出ての運用は行えないという問題だ。もう1つが「地方駅での交通ICカード」の利用で、実際にICカードで自動改札から入場したら、目的の駅ではタッチする場所がなくて途方に暮れたという経験をした人もいるだろう。こちらは後ほど改めてフォローする。
野口氏によれば、こうした相互運用の実現まではかなりのハードルが存在し、エリア拡大に関する話題は悩ましい問題だという。特にサービス品質を落とさずにシステム同士を接続するというのが最大のハードルで、この部分の調整に時間がかかったようだ。おそらくは処理時間や問題発生時の対応部分だと思われるが、サービス開始から10年を経てようやく実現したあたりに、インフラに関わる部分の構築の難しさが感じられる。
■電子マネーは順調に成長中、モバイルSuicaは低い伸び率が悩み
交通カードとしては相互運用が開始されたことで飛躍的に利用件数が増加したが、電子マネーとしての利用は比較的一定ペースで伸びている。こちらは「決済可能な店舗や自販機が増えた」ことが理由として大きく、決済可能な場所が増えるのに従って決済件数も増えるという、ほぼ比例の関係にある。駅ナカと街ナカどちらとも、コンビニ決済での利用が多いのも特徴だ。モバイルSuicaはスタートから10年が経過したが、こちらは当初目標は達成した一方、会員数は現時点でもカード発行枚数である5400万枚の1割に満たないなど、携帯端末の普及率に対してそれほど大きく増えていない点が悩みとなる。これはサービス拡充で利便性を上げていくことが重要であり、モバイル端末からのチケット購入や対応端末の拡大(Android)はその一端となる。ただ、日本ではスマートフォンの中でもiPhoneのシェアが高いこともあり、おサイフケータイジャケットへの対応や、PaSoRi(パソリ)を介したSuicaカードの読み書きなど、よりいっそうユーザー層拡大を目指す方策が必要だろう。
■インバウンド需要を見越したサービス拡充
野口氏は現在JR東日本に寄せられているSuicaサービスに関する要望をいくつか紹介している。まずは前述の地方駅へのICカードサービス拡大だが、現在都心部の主要駅に設置されているような改札システムは、大量の乗客の入出処理を短時間で処理する必要があることで「非常に高価なもの」となっているのと、大量のデータをやりとりするための高速回線を必須としている。一方で、現在ICカードが導入されていない地方駅は1日の乗客もごくわずかであり、回線面での環境にもそれほど恵まれていない。さらに無人駅ともなると、機器のメンテナンスの問題がある。つまり従来のシステムを入れるのは過剰投資となり、バランスの取れた判断が必要になるという。いざ拡大する場合、反応速度や信頼性など、いずれかを犠牲にしつつ、規模に見合ったものを検討する必要があるわけだ。そして近年増えつつある外国の訪問客に対するサービス、つまりインバウンド需要への対応だ。よく寄せられる要望としては、クレジットカードでのチャージに券売機が対応していなかったり、入手方法がわかりにくい、出国時の払い戻しで窓口に殺到するといった問題が指摘されている。これは2020年の東京五輪で訪日客がピークに達するとさらに激しくなるとみられ、今後順次対策が行われていくとみられる。
だが2020年の東京五輪を巡っては、「既存のインフラを外国人向けサービスに活用できないか」ということが議論になっている。前回もレポートしたように、FeliCaの海外標準への対応や、日本各所での海外仕様の非接触対応クレジットカードや端末に対応したインフラ整備が検討されているものの、実際に2020年のタイミングに間に合わせるのは難しいといわれる。そのため、既存のFeliCaインフラをいかに無駄なく活用して運用するかが重要となる。FeliCaインフラはすでに日本各所で利用がスタートしており、インバウンド需要獲得に向けた追加サービスもまた、このインフラに相乗りしてしまおうというわけだ。
アイデアの1つは、FeliCaポケットの活用だ。例えばSuicaなど交通ICカードには「FeliCaポケット」と呼ばれる8つのアプリケーションデータの格納領域が存在しており、交通各社以外のサードパーティがデータを書き込んだりすることが可能になっている。ここに美術館や博物館、あるいは東京五輪の入場チケットなど、必要なチケット情報を書き込むことで、日本旅行に必要なオールマイティパスとして活用してもらうものとなる。コンビニやスーパーで電子マネーでの物販も可能であり、過渡期のソリューションに近いものはあるものの、日本の非接触インフラの広がりを外国からの旅行客に体験してもらうのにいい機会かもしれない。