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内科医・酒井健司の医心電信

臨床で患者さんにご説明するときに、どれぐらいまで詳しく説明するべきか、いつも迷います。できるだけ詳しくなんでも説明してほしい患者さんもいれば、あまりたくさんのことを言われてもわからないので要点だけ説明してほしい患者さんもいるでしょう。

前回、肝臓のがんが強く疑われたときには、良性の可能性があっても病理検査なしで治療してしまう場合もあることをご説明しました。コラムだとよく伝わると思います。ゆっくりと自分のペースで読めますし、そもそもアピタルをわざわざ読もうかという読者のみなさんは、はじめから医療について興味を持っておられるからです。

臨床の現場だとそうはいきません。がんの告知となると他の患者さんを待たせてでも時間をとってご説明しますが、それでも十分な時間がとれるとは限りません。

なにより、説明を受ける患者さんの心の準備ができていません。昨日までは自分がまさかがんだなんて思ってもみなかったのに、今日になって突然「がんかもしれないから手術しましょう」と言われるわけです。

気が動転して、説明されたことが頭に入らなくても当然です。しかも「肝臓のがんでは病理検査を行わない理由」以外のことも、大量に説明されます。たとえばこんな具合です。

  • 肝臓に△cm大の腫瘤が見つかりました。
  • 画像の特徴などからがんの可能性が高いですが、良性腫瘍である可能性も否定できません。
  • 肝腫瘍生検を行う選択肢もありますが、リスクがあるわりには確実ではないのでお勧めしません。
  • 手術して切除するのが標準的な治療方法です。
  • 手術以外の治療法には、ラジオ波焼灼療法や腫瘍塞栓術があり、それぞれ、メリット・デメリットがあります。
  • 手術には出血や胆汁漏などの合併症があり、手術後に肺炎などの感染症を起こすこともあります。そのほか想定していないことが起こるかもしれません。
  • 手術の前に、そもそも手術に耐えられるかどうか、呼吸機能や肝機能などいろいろな検査を行います。それぞれの検査には、小さいながらもリスクがあります。
  • 手術してがんを取り切ったとしても、再発することがあります。一般的には、今の状況では5年生存率は○○%です。
  • etc……


他にも説明されることがたくさんあります。糖尿病や高血圧といった慢性疾患なら、外来に何度か通院していただくうちに大事なことからゆっくりとご説明できるのですが、がんとなると時間的余裕があまりありません。どうしても一度にたくさんご説明することになります。

こういう説明をしていると、自問自答というか、心の中で声が聞こえてきます。

お前はそうやって『良性腫瘍である可能性』とか説明しているが、患者のことを思ってやっているのか。手術後に実は良性でした、なんてことになったときに責任を問われないためにやっているんじゃないか。

インフォームド・コンセントのつもりだろうが、実際には患者を不安にさせて自己保身をしているだけ。不安だけならともかく、『良性かもしれないのに切られるのは嫌です』と患者が治療を拒否したらどうするつもりだ。カルテに『十分な説明をするも手術拒否』と記載したら法的な責任は取らずに済むだろうが、倫理的な責任はどうなんだ。

『がんです。外科の先生にお任せして切ってもらいましょう。大丈夫ですよ』となぜ言えないのだ。


インフォームド・コンセントは患者さんのためではなく、医師の防衛のためになされているという批判には一理あります。

とはいえ、医師の裁量で説明を省略し過ぎることも問題です。説明を省略したらしたで、今度はこういう声が聞こえてくるのです。

お前は良性腫瘍である可能性を患者に伝えなかったが、患者によかれと思ったつもりか。患者の自己決定権をなんだと思っている。説明すると患者が不安になるとなぜ決めつける。医師がそんなに偉いのか。お前は説明するのが面倒くさいだけなんじゃないのか。

そもそも患者が不安になったとして、それはお前の説明が下手くそだからじゃないのか。プロなんだから、患者を不安にさせないよう、必要十分な説明をするべきじゃないか。少なくとも、その努力を放棄するな。


患者さんの代わりに専門家である医師が治療方針を決定するのは、パターナリズムと言います。患者さんの自己決定権の侵害になりますので、あまり望ましくありません。医師の責任逃れのためのインフォームド・コンセントでもなく、パターナリズムでもない説明を目指します。

酒井健司 (さかい・けんじ)

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務しています。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていないのです。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えて行くのが、このコラムの狙いです。

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