ブンヤ暮らし三十六年: 回想の朝日新聞
友人の朝日新聞記者に「朝日の体質を知るのに最適の本」と推薦されたが、72のエピソードが脈絡なく並んでいて話にとりとめがないので、途中で投げ出した。新潮ドキュメント賞を受賞したというので最後まで読んでみたが、本としての完成度は低い。

ただ注意深く読むと、朝日の特異な体質がわかる。世間の印象とは違って、朝日は非常に保守的な企業で、いくら優秀でも社内の「空気」にさからうと、地方支局を転々とする。著者もその空気になじめず「出世街道の裏道を歩いてきた」とみずから言うが、それだけ客観的に朝日の体質を見ている。

彼が富山支局に勤務していた1973年に「微生物タンパク(石油タンパク)を含む飼料を食べた乳牛が4頭死んだ」という小さな記事を書いた。原因は飼料ではなかったが、これに反対派が騒ぎ始めた。特に朝日の松井やより記者は激しく反対キャンペーンを張り、1年後に農林省は石油タンパクの使用を禁止した。海外では微生物タンパクは普通に食品として使われているが、日本ではいまだに禁止されたままだ。

1975年に北ベトナム人民軍の参謀総長が回顧録で「ベトコンの主力は北ベトナム兵だった」と明かした。世界のメディアが報道したが、朝日は無視した。本多勝一記者などが「解放戦線」を絶賛していたからだ。これについての丸山静雄論説委員の説明は、共産党の機関誌『前衛』の原稿用紙に書かれていた。

…など無責任な「スクープ」やキャンペーンが、社会に大きな影響を与えた多くの事例があげられている。慰安婦デマは例外ではないのだ。何がこういう「空気」を生み出したのだろうか。

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