NNNドキュメント「妹、和子より」
2015年10月25日(日) 26時55分~27時25分 の放送内容
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番組詳細説明(内容)
【見どころ】
第二次世界大戦の激戦地だったフィリピン・レイテ島に戦後、約80回渡っている福岡市の88歳の女性。戦死した兄の面影を追いながら日本兵8万の慰霊を続けています。一方、この戦争では日本軍によって多くのフィリピン人が命を奪われました。憎しみの対象だった日本人。女性は長年の訪問の中で“過去”を乗り越え現地の人との間に強い絆を結んできました。「悲惨な戦争を繰り返さないために」戦後70年、女性の思いとは―。
【内容】
第二次世界大戦の激戦地で、8万人の日本兵が命を落としたフィリピンのレイテ島。戦後、この島をおよそ80回訪ねてきた福岡市の88歳の女性がいます。女性は、未だ遺骨も戻らぬ兄の面影を追いながら日本兵の慰霊を続けてきました。
戦時中、日本軍に占領されゲリラとして抵抗したフィリピンの人たち。日本軍によって多くの命を奪われた現実があります。憎しみの対象だった日本人。女性は長年の交流の中で“過去”を乗り越え現地の人との間に友情を築いていきました。兄を亡くした哀しみの象徴だったレイテ島は自分にとって第二の故郷になったと語ります。
戦後70年。今年も変わらずレイテ島を訪ねる女性の姿をカメラは追いました。「悲惨な戦争を繰り返さないために」女性の思いとは―。
福岡市博多区に住む青木和子さん(88)。戦後、第二次世界大戦の激戦地の1つフィリピンのレイテ島におよそ80回渡ってきました。レイテ島には、今なお多くの日本兵の遺骨が残されています。青木さんの兄・等さんもレイテ島で戦死しました。しかし青木さんの手元に残るのは終戦の2年後に届いた1枚の紙切れ、死亡告知書だけしかありません。
地元の福岡県大牟田市も空襲で焼かれ何もかもをなくした青木さん、戦後は九州最大の歓楽街・中洲でバーを経営し、生きるために懸命に働きました。しかし、兄の33回忌にあたる1977年、偶然知ったレイテ島への慰霊団に参加し、その後はバーの経営をやめ、毎年のようにレイテ島へと渡るようになったのでした。「なんとか兄の遺骨を捜したい」その一心だったと言います。
「日本人に家族を殺された、激しく日本人を憎んでいる」これは現地に住む男性、トーテンさん(89)が青木さんに投げかけた言葉です。トーテンさんは戦時中、日本軍に家族数人を殺されました。日本人を憎悪したトーテンさん、ゲリラとなることを志願し日本兵と戦いました。青木さんはトーテンさんとの出会いから自分が戦争で兄を失った被害者というだけではないことを知ることになります。あの戦争で日本軍がフィリピンの人たちにとって加害者だったという現実―。実にフィリピン人の犠牲者は100万人以上になるといわれています。現地の人たちにとって日本人は憎しみの対象だったのです。当初は青木さんが遺骨を捜すために協力を求めても、当然ながらまともに相手をしてもらえませんでした。時には敵意を剥き出しにされたこともあったと言います。それでも現地の人との交流を求め続けた青木さん、いつしか互いを許し、認め合う関係を築いていきました。家族を日本兵に殺されたトーテンさんも交流を通じて青木さんを理解し、協力してくれるようになりました。そして青木さんを“妹”と呼んでくれるまでになりました。トーテンさんの言葉です、「戦争をした国と国は悪い、でも1人ひとりの人間同士は悪くないんだよ」。
現在、青木さんは現地の貧困にあえぐ人たちのため衣類や子ども用の文具を日本から送り届ける活動を行っています。それは戦後の自分の姿が重なったからであり、交流が深まるにつれ、遺骨を捜し、荼毘に付すための協力に惜しみなく手を貸してくれた現地の人たちへの感謝の気持ちからでもありました。
番組では青木さんのレイテ島への慰霊の旅に同行。かつて日本軍がフィリピンの人たちに与えた哀しみや被害に目を向けるとともに、戦争の被害者と加害者、双方の立場を超えた交流を見つめます。
最愛の兄は、かつてレイテ島で戦死した。妹は兄の面影を追い通い続けた今年、ある印鑑を見つける。これは大切な遺品かも知れない。印鑑の持ち主を見つけることはできるか?
出演者
- ナレーター
- 小山茉美
番組内容
太平洋戦争の激戦地だったフィリピン・レイテ島。この島に戦後、約80回も渡っている福岡市の88歳の女性。帰らぬ兄の面影を追いながら日本兵8万の慰霊を続けています。一方、この戦争では多くのフィリピン人が犠牲になりました。憎しみの対象だった日本人。女性は長年の訪問の中で“過去”を乗り越え、現地の人たちとの間に強い絆を結んできました。「悲惨な戦争を繰り返さないために」戦後70年、女性の思いとは。
制作
福岡放送
その他
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- ジャンル
- ドキュメンタリー/教養 - ドキュメンタリー全般 ニュース/報道 - 特集・ドキュメント