こんにちは、意識低い系サラリーマンのKENです。
ぷちこんぶ (id:peticonbu)さんの上記記事を読んで、いろいろ考えさせられました。
あらかじめ予防線張っておきますが、今回のエントリーはいつも以上にグダグダでとりとめも無いです。
命の選択
ぷちこんぶ (id:peticonbu)さんの記事は、
「2人目の子どもを産むとき、母子が危険にさらされてお腹の子どもの命優先を願った」お母さんに対し、
「既に1人目の子どもがいるのに、2人目の子どもを産む為に母親が犠牲になったら、1人目の子はどうなるんだ!?」とぷちこんぶ (id:peticonbu)さんが意見を展開しています。いまいる1人目のお子さんを愛しているからこその心の叫びが胸に染みます。
一方で、自らがいまこの瞬間に産もうとしている命を最優先に考える、というのも当然ありうる心境なのでしょう。僕は男なので想像するしかありませんが、それが母性と言えるものなのかもしれません。
これに関しては、何が正解ってわけでもないんでしょうね。いや、ひょっとしたら正解はあるのかもしれないですが、僕のつたない脳ではとうていその正解には辿り着けそうもありません。
いまが幸せだからこそ、もしこの幸せが壊れたら?ということをたまに考えてしまう
僕は男なので、出産前後の女性の心境は、仮に理屈ではわかっても、本当のところはわかりません。でも、上の記事を読んでいるときに、「もし、自分が家族のうちの誰かを亡くしたら、どうなってしまうんだろう?」ということをふと思いました。
僕には妻と2人の子どもがいます。僕はいまの生活にとても満足して幸せを感じていますが、だからこそそれが失われたときの衝撃を考えると、薄ら寒くなります。
もし家族のうちの誰かを失ったら?
もし家族のうちの誰か1人を失ったら・・・考えたくも無いですが、世の中一寸先は闇、何が起こるかわかりません。家族を1人失ったら多分立ち直れないほどの精神的ダメージを負い、廃人同様になってしまう自分がありありと思い浮かびます。
だけど、廃人になるわけにはいきません。僕にはまだ守るべき家族がいるからです。古い価値観と言われることを承知で書きますが、一家の大黒柱としては、残された家族を何が何でも、幸せにする義務があるのです。
家族を失った衝撃と悲しみは、僕以外の家族メンバーも同様ですから、そういった面での心のケアもしなくてはならないでしょう。自分だけが悲劇の泥沼の中で現実逃避している場合ではありません。
では、家族全員を失ったら?
家族のために、死に物狂いで生きる必要がある。 では、もしすべての家族を失ったら?僕は何のために生きるのか。誰のために生きればいいのか。こうなってはもはや自分が立ち直って歩いていくところがまったく想像できない。自ら命を絶つのか、あるいはそこまでの勇気は出せずに、灰色の余生を無意味に過ごすのか・・・そのときになってみないとわかりません。
もし、自分が家族を残して先に逝ってしまったら?
もちろんこの可能性も十分にあります。そうなったときは、妻に子どもたちを育てる責任をすべて任せてしまうことになる。妻は強い人なので、なんとかかんとかやってくれそうな気もしますが、そこまでの負担をかけることが心苦しい。
子どもたちが幼いうちに先に逝ってしまったら、子どもたちの記憶には父親のことなんてほとんど残らないでしょう。それがとても寂しい。子どもたちは自分たちにだけ父親がいないことをどう思うんだろう?
昔のことで友人に謝りたい
学生時代、友人と自殺について議論したことがあります。
もし、目の前で自殺しようとしている人がいたら、どうするか?
僕は、
「とにかく何が何でも止めなくてはいけない。自殺するに値するだけの相当の事情があることは自明だけど、まずは自殺を止めるのが最優先で、事情解決はその後ゆっくり行えばいい」
といいました。
友人は、
「自ら命を絶とうとするなんて、他人では想像もできないくらいの事情があるに違いない。たとえば、愛する家族を失って、生きる希望がもてないのかもしれない。僕はそんな人に『大丈夫、生きていればこの先良いこともありますよ』なんて無責任に言う事はできない。自殺したい、という人を事情もわかっていない外野が勝手に止めるのはどうなんだろう?という思いがある」
と、言いました。
僕はこれを聞いて、なんて冷たい奴なんだ、とその友人を詰めました。まずは目の前の命の確保が最優先、命あっての物種だろう!と。
もし、目の前で自殺しようとしている人がいたら、とりあえずは止めようとすると思います。その考えはいまも変わっていません。
でも、止めた後どうするのか?その人の人生を自分が変えてしまった、ということに対して、自分は責任を持てるのだろうか?
僕はくだんの友人に「冷たい奴」と言ってしまいましたが、自分の家族という絶対に失いたくないものを得た今、友人が本当は何を言いたかったのか、わかるようになった気がします。本当に冷たいのは無責任に何が何でも止めればいいいんだ!悩みや事情なんてその後考えろ!と叫んでいた僕のほうなのかもしれない。
何の結論もオチもありませんが、
今回はこのあたりで。