2015-10-23

孤高の人気者

その人のことを尊敬していた。いつも明るく振る舞い、人の頼みとあらば暖かな表情でそれを引き受けつつ責任をまっとうする。何かを他人のせいにしたところは見たことはないし、会話の引き出しが豊富趣味洒落ている。唯一の欠点ファッションセンスに欠けることだったが、それすら気にならないほど他者には愛される人だった。口を開けば笑いが起こったし、周囲にはいつも人がきが出来た。そんな彼と僕があるときひょんなことからサシでの飲みにゆくことになった。同性にも関わらず彼とのサシ飲みはとても嬉しく、プレミア感あふれる出来事だったと記憶している。

程よく酔いが回った頃僕は彼にあることを聞いた。なぜそんなにも他人のために生きられるのですか、といった内容だったと思う。彼はそれを聴いてさして考えるまもなく、それは自分のためだよ。全て自分のためだからやれるんだ、と言い切った。それはつまり他者とは関係なく己の研鑽のためなのですかと僕が聞けば、彼はそうだと返す。僕は妙な違和感を感じ、彼に他人への興味はあるのかと訊いてみることにした。すると彼はまたもや、当然他人の反応は楽しいよ、という僅かにすれ違った回答を返すのみだった。まるで笹の葉がかすかに触れ合うような涼やかな不快感を感じた僕は、さらにいくつかの質問を投げかけることにした。好きな女性は? 孤独でいられるか。嫌いなものってありますか。いささかインタビュアーのようだったと反省する僕を尻目に、何事もない様子で彼はそつなく答える。それらは前述の発言に全てが集約されていた。彼は自己の思いに基づいて他人自分を隔てながら一個の存在としてただ孤立して生きていると。釈然としない僕はついに空回りのまま酩酊してしまい、大衆は愚かですよね、どうしてこんなにも皆同じ方向を向くのか、と普段しゃべりもしないことを口走ってしまった。それに対して彼はやはり平然と、むしろ冷徹とも言える態度で、

「ああ、そうだよ。だけどそれは他人責任で、僕の責任じゃない。もちろん人の反応は好きさ」

と言ったのみだった。僕はそのセリフに対して心の中で勝手解釈を付け加えた。

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